簪、目簪、目
坤は細長い金属の棒を陽に翳す。
高くなった陽は棒の先端の赤い物をキラキラと光らせた。
「おや、良い品だ」
坤は聞き覚えのある声に驚いて、声の方に顔をやった。
背負子を背負った坤の師が立っている。
「お帰りなさいませ」
坤は言って、ぺこりと頭を下げる。
仕事に出たのは数日前だ。長丁場だから比較的難しいものだったのだろうと坤は師の足から頭までを見つめた。浅葱の衣も頭巾もいつも通りに汚れや破れはなく、指先から顔、足まで見える部分に怪我もなさそうである。
「お疲れですか」
坤は師の化粧の施された美しい顔を見て言う。
「お前こそ、色々と大変でしたか」
「え」
「色々となんというか」
師は言いながら、坤の隣、小さな橋のヘリに座り、櫛を取り出した。
「朝、おにぎりでも食べました?」
坤はきょとんとした顔で師の方を見る。師は人間たちの話を聞きながら真形理を見つけるのが仕事だ。だから坤の朝のことも言い当ててしまったのかもしれない。
「ごはん粒が髪についてますね……あぁ二つ目」
あ、
坤は俯いた。
師は肩を震わせて坤の髪に櫛を通していく。仕事以外のときは坤は髪をといてもらうことになっていた。坤は要するに下手なのだ。
「そのサンゴかんざし、つけましょうか?」
坤は再び顔を上げる。
「ダメです、これ贈り物」
へえ、
師はいつも通りの手際だ。軽く力を入れるときと入れないときがあるのは癖毛のせいだろう。
「硝子……びーだまっていうらしいです。飲み物の中に入ってて」
へえ、
師は、相槌をうつだけで手を止めない。
「青い目の人なんです。青い目ってこういう澄んだ赤が似合うと思うんです」
「そうなんですか」
師はくすん、と鼻を鳴らした
「本当はここに石が付いてたらしいんです……でも仕事のときに壊れて。鏡台に置いてたから」
坤はぽつりぽつりと話す。
「ごはん粒、また付いてます。食べる前に括ったほうがいいですね、たぶん」
師は坤の髪を持ち上げて横で括る。
「これ、いつ、お持ちしたらいいと思いますか?」
「私がお前の髪を括るのが終わって……背負子を置いた頃が良いと思いますよ」
丁寧に紐を縛っていく師の指を坤は目で追いかける。
「すぐ?」
「だから私が背負子を部屋に置いてからですよ……あなただって準備があるでしょう? はい、できた」
いつもの左右で斜めに交差させた結び方だ。長さがまちまちの癖のある髪なのでこうしているらしい。
「かしこまりました」
坤はこくりと頭を縦に振る。
「お前は本当に素直ですねえ。それを誰にあげるつもりか、背負子を置く間に忘れることにしときますんで……あぁ忙しい」
師はぽんと坤の頭を撫でて、立ち上がった。