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    yu__2020

    物書き。パラレル物。
    B級映画と軽い海外ドラマな雰囲気になったらいいな

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    yu__2020

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    とある街で怪異専門探偵事務所を営むアズと、押しかけ助手の双子の調査録。
    5話。ヴィ様の元に届いた不穏な荷物と吸血鬼と芸術と人間のお話。パート2。ネタバレするとアズが女体化したりする。

    ##アーシェングロット探偵事務所怪異調査録

    銀幕のメトセラ 二話目人間好き
     
     リドルは鑑識と共にヴィルの家にやってきて、裏庭に案内されて小屋の中に入ると、むうっと難しげに置かれた箱を見つめた。
    「箱を開けてからは触っていないね」
    「ああ、もちろんだとも」
     微笑むルークを、リドルはじっと見上げてアズールの方にチラリと目をやった。
    「ああ、そうでした。ルークさん、こちらがリドル警部です。リドルさん、彼が言っていたルークさんですよ」
    「ああ、なるほど。協力に感謝するよ」
    「メルシー。ムシュー」
     微笑むルークを、リドルは案外普通の人間だったな、と内心思いながら彼の目の前に置かれた箱へ近づいた。
    「随分見事に加工されているな……」
    「ああ、それなりに技術力を持った人間だろうね。ここに包まれていた包装紙とリボンもある」
    「ああ、ではそれも袋に……巡査、何をしているんだい」
    「すみません、すぐに!」
     外にいたデュースが鑑識と共に入ってきて、リドルの横にピシッと立った。
    「では、ミスター……」
    「ハント、ルーク・ハント。よろしく薔薇の君」
    「……は? え、ああっと」
    「気にしないでください。彼の癖みたいな物ですから」
     アズールの言葉に、リドルはなんとも言えない顔でアズールを見やったが、咳払いをして取り敢えず話の主導権を元に戻そうとルークに目をやった。
    「よろしい。それでルーク。この箱が届けられた時のことを聞きたいのだけど」
    「ああ、分かった。届いたのは他のファンからのプレゼントをまとめて送って貰うようにしているんだが……。それの中に混ざっていた」
    「どうしてそれがそのストーカーの物だと分かるんだい?」
    「匂いとか独特、と言うと信じて貰えないかな。何、一番分かりやすいのは、彼、もしくは彼女は送送り元の名前や住所が無い事だ。まあ、当然と言えば当然なのかもしれないね」
    「確かに、普通ファンはファンレターへの返事を貰ったりしたいというのもあるでしょうし、何も書いていないのは普通無いですね」
     デュースは頷き、リドルはそう言うものか? と一瞬首をかしげていたが、なるほど、と納得して
    「そういう事なら分かった。それで?」
    「大体、配送時間は午前の十時くらい、それと夕方十八時頃の二回だ。確か、リビングにまだ受け取った送付状の控えがあるはずだ」
    「後で見せてください」
    「ウィ、もちろん。そういう訳で、明らかに異質なそのプレゼントを他からより分けて、裏庭の作業部屋に運んでから、ヴィルが出ている間にアズール君を呼んだと言うところだ」
    「君は、アズールに電話した時点で、別のことも言っていたそうだね」
    「ああ、気になっていろいろ調べていたんだ。特にヴィルと直接、或いは仕事で間接的に関わった人たちをざっとね。まとめた資料が必要なら、後で渡そう」
    「ああ、それは助かる」
    「アズール君から、遺体のことを聞いてね。事前に写真を用意しておいたよ」
    「君は、彼の身体の特徴を見たことがあるかい?」
    「ああ、私は直接見たことは無いが、彼のご家族に聞いて、写真を送って貰ったよ。ここ最近撮った物だそうだ。ここにタトゥーが写っている。これでなんとかなるだろうか」
     ルークのスマホを見つめ、リドルはなるほど、と頷いて
    「それを後で僕に貰えないだろうか。確認に使いたい」
    「勿論」
     リドルはよし、と頷いて他に何か無いかを確認してから
    「ご協力に感謝する。正直ここまでスムーズに話が進むとは思わなかった」
    「ふふ、それが善良な市民の義務だからね。というのはまあ半分冗談だが、ヴィルの安全に関わる物だから、出来る事は協力したいと思っているんだ」
    「我々も全力を尽くそう」
     手帳を閉まって、リドルとデュースは小屋の外に出た。入れ替わりに鑑識が中に入り、中にいたアズール達も外に出て庭を歩き出した。
    「それで、シェーンハイト氏はどこに?」
    「リビングにいるはずだ。こっちへ」
     リドルを伴い、ルークは家の中に入り、リビングに彼らを案内した。
    「終わったのかしら」
    「あらかた終わりました。もう少しだけ確認をしたら一旦引き上げます」
    「そう」
     ヴィルは立ち上がって
    「それで、あの頭蓋骨の持ち主は?」
    「まだ確定はしていません。これからモルグに持ち帰って確認をします」
    「……あたしに関わった人間なんじゃないの? 大抵、ああいう物はそうだと思うけど」
    「思い込みは混乱と認識の歪みを引き起こします。そうかもしれないし、違うかもしれないというのが現時点で言えることです」
    「……なるほど。誠実だこと。まあ良いわ」
     お茶でも飲んでいく? と手で用意していたポットを指し示すヴィルに、リドルは頭を下げて
    「公務中なので。少し気になったのですが、メッセージカードのような物があったと」
    「ああ、これね」
     テーブルの上に置いていたカードをリドルに渡し、ヴィルは腰に手を当て
    「一応先に言っておくけど、パーティーには行く予定よ」
    「……ヴィル、それは……考え直さないか」
     ルークはわずかに悩ましげに首を振り、リドルとアズール達もヴィルを見つめ返した。
    「それは……しかし。危険です。これは犯行予告の可能性だってある」
    「そうですよ。警察が犯人をパーティまでに捕まえてしまえばまあ、問題は無いと思いますが」
    「何言ってんのよ。犯人が確実に捕まえられるチャンスでしょう。ルーク、あんたがそんなんでどうするの」
    「それは、確かに私はハンターだけどね。人間を捕まえるのは……」
     うっかり力を入れたら死んでしまうのでは、と真面目に心配するルークに、リドルとデュースは顔を引きつらせた。
    「それに、パーティには他にも人がくるのですから、下手をすればヴィルさんの正体だって表沙汰になるかもしれないですよ」
     ここまで来たのにと、アズールが言うと、ヴィルは肩をすくめて
    「まあ、いずれまた死んだことにしないとだったし。とにかく、あたしの気持ちは変わらないから」
     ルークは困った、と首を振り、アズールはリドルの方に目を向け、同時にため息をついた。


    「困りましたね」
     リドル達と共に外に出たアズールは、どうしたものかと思案しながら呟いた。
    「いずれ死んだことに、と言っていましたが、どういうことです?」
     ジェイドの言葉に、アズールは考え込んだまま
    「ああ、昔と違って、今は映像や画像で記録が残るでしょう。ヴィルさんの場合、彼が老いないというのがある程度するとバレてしまうんですよ」
    「あーなるほど」
     フロイドは頷いてからん? と首をかしげ
    「なんで俳優なんてやってんの? 目立つじゃん」
    「それは僕にも分かりません。僕が会った頃にはもう役者をやっていましたからね」
     当たり前のようにリドルの車にアズール達は乗り込み、リドルとデュースは思わず顔を見合わせてからリドルが吠えた。
    「ちょっと誰が乗って良いって言った? 降りないか!」
    「えー! オレたちにここから歩かせるの? 金魚ちゃんひどくね?」
    「はあ、フロイド、仕方が無いですよ。この車小さいですからね。お前達への配慮でしょう」
     アズールはフロイドに合わせて答え、ジェイドがそれに続く。
    「おやおや、それはそれは申し訳ない。ですが、このくらいの時間でしたら狭い車内でも大丈夫ですので! 僕達狭いところが得意ですからね」
    「うぎいい! 誰が小さいだって!?アズール! 今度こそその眼鏡たたき割るよ⁉」
     助手席から掴みかかろうとするリドルを、アズールは朗らかに眺めて
    「ああ、怖い怖い。さ、巡査、リドルさんを落ち着かせるために署に戻りましょう」
    「……はあ……」
     明らかに自分の上司で遊んでいる三人に、デュースは何も言えずにエンジンを掛けた。
     三人とも、散々お互い小突き合っていたとしてもリドルを――それを言えば恐らくデュースもだが、からかうとなると突然流れるように息ぴったりなのは、どういう事なのだろう。
     デュースは分からない……と呟きながら運転に集中しようとアクセルを踏んだ。
     立ち去るアズール達を窓から眺めていたヴィルは、眉をひそめて振り返りルークを睨んだ。
    「言いたいことがありそうね」
    「沢山あるとも。でも、ヴィルの意思を尊重したいからね。私も君を守るために全力を尽くすよ」
    「一応、あたし丈夫なんだけど。人間より」
    「でも、心臓に穴が開いたら死ぬだろう?」
    「まあね。杭なんて打たなくても普通に死ぬわよ。頑丈で再生力が高いだけだし」
     ヴィルはソファに座って足を組んで、
    「それでも、人間よりはずっと丈夫。本当に、あんたたちは気を抜くとすぐにどっかいなくなってるんだもの。おちおちよそ見もしてられないわ」
    「何分、せわしない生き物なのでね」
     ルークは機嫌良く答えてお茶を入れてヴィルの前に差し出した。
     

     在りし日

     床に倒れて転がりながら、アズールは無様だと、目の前の鏡を睨んだ。
    「ほら、しっかりしなさい」
     手を叩き、辛抱強く声がアズールにかけられ、彼は感覚があまり無い足に力を入れた。
    「元の足の数が多いから、減ったせいで余計に頭と身体がバラバラになってるみたいね」
    「ええ、はい……」
     手すりに寄りかかって流れてくる汗を拭い、アズールは震える膝を拳で叩いて力を入れる。
    「さあ、もう一度よ。さっきより五歩長く歩けているから、成長はしているわ」
    「はい」
     二本の足がまるで自分とは別の生き物のように、コントロールが出来ずにアズールは奥歯を噛みしめる。他にやることはまだあるのだ。それだというのにこんな物で躓くなんて、とアズールは焦りを感じながら身体を動かそうと藻掻いた。
    「焦らないの。天地のない空間と、そうでない空間ではそもそも全く感覚は違うのよ。身体に重さと足をまず認識させなさい。歩くのはその後」
    「ですが、はやく動けるようにならないと」
    「どうせ先は長いのよ。ここで焦ったところで何も意味は無いでしょう。さ、ゆっくり」
    「ぐ……」
     アズールは震えながら足に力を入れて持ち上げ、前にのめるように重心を動かした。何もかもが分からない。足を一歩上げたとき、どうして前に出せるのかも、倒れずにいる方法も分からない。
     がくんと手すりに着いたまま膝を付いたアズールに、彼はグラスの水を渡してタオルを放った。
    「水分が抜けてるみたいよ。少し飲んで休憩なさい」
    「……はい」
     見上げたヴィル――当時はまた別の名前だったが――の顔は、不思議なことに馬鹿にするような所は無く、アズールは呆けたように頷いて、大人しく受け取った。
    「何? その感じだと、出来ないのを馬鹿にされると思った、とかかしら? しないわよ。努力する人間を馬鹿にするのは最低な奴のすることだし」
    「……は、ああ、そうですか」
     新鮮なとも思ったが、どこか一瞬だけ懐かしいと思う言葉に、アズールはふうっと息をついてぎこちない動きの自分の人間の足を見下ろした。
    「それにしても、人魚が思う相手を追わずに自分で陸に上がるなんてね」
    「人間のおとぎ話なんか、所詮はただの願望ですからね。人間ごときのために陸に上がるなんて、よほどの物好きですよ」
     ふん、と肩をすくめるアズールに、ヴィルはあきれたような顔で
    「あんたは、一人で陸に上がったんだから、更にその上って事じゃないの」
    「それは否定しません」
     視界がどうにも霞み、アズールは目元を押さえて呟いた。
    「目のピントが合っていないようね。薬の影響かしらね……。眼鏡、買った方が良いわよ」
    「眼鏡……」
     ぱちっと瞬きをして目元を押さえるアズールに、ヴィルは机の上にある小さなモノクルを手にして振る。
    「視力が弱い人間が付ける物よ。まあ、付けると男の魅力が上がるなんて、言う奴もいるけど」
    「人間に良い印象を与えられるなら、考える価値はありますね」
    「そうね……。今のあんた、焦点が合わないせいで相手を睨んでいる状態だし」
    「え……」
     思わず目の前の鏡に顔をまじまじと見つめてアズールは呻き、ヴィルは面白がるように彼を見下ろした。
    「アズール、人間が嫌いみたいね」
     より正確に言えば恐らく自分以外が信用できないのだろう、とは言わず、ヴィルは問いかけた。アズールは手すりに掴まって立ち上がろうとしながら
    「ここにくるまでに正直、彼らの生態を観察しましたが、あまり実りがあるとは言えませんでした。貴方は、よくあれらと長く付き合っていますね」
    「長く見ているとそれなりに面白い物があるわよ」
    「ですが、そもそも寿命が違うでしょう。貴方からしたらあっという間に通り過ぎていく者達でしょう」
    「そんなにしっかり関わるわけじゃ無いもの。別に大したことではないわ。私は性質上、人間と近いところにいないとだしね」
    「な、る、ほ……うっ」
     ずる、と足が滑って膝を強かに打って、アズールはごろごろと床を転がった。
    「まあ、もう五時間やったんだから、もう少し休憩した方が良いわね」
     ひらひらと手を振り外に出ていくヴィルを、アズールは床に転がったまま見上げて見送った。

     その日、自主歩行練習を切り上げて、アズールは杖をつき、壁に手を添えながら彼の屋敷の中を移動しながら壁の絵や棚に置かれた調度品を眺めていた。
    「何かあった?」
     仕事から帰ってきたヴィルは、帽子を取って壁に掛けながら問いかける。
    「芸術という物を少し学び始めていますが、ここにあるものはなんだか随分系統がバラバラですね。それに、あまり有名では無いものも多い気がします」
    「ああ、それ? それはここ最近あたしが気に入ってる画家の物よ。全く売れないんだけどね……。いずれこの絵が評価される日も来るでしょ」
    「いずれ?」
    「いずれよ。もしかしたら来ないかもしれない。でも、気に入ったから買ってるだけ。まあ、博物館に収蔵したいというのがあれば寄付でもするかしらね」
    「投資のためでは無いんですか」
     アズールの問いに、ヴィルはどこでそんなの覚えたのよ、と肩をすくめ
    「違うわよ。ただの趣味」
     ヴィルはアズールの身体を引っ張り上げて彼の部屋に運びながら
    「いずれ分かるわよあんたも。あたしたちは芸術を鑑賞することは出来る。でも」
    「生み出すことは難しい、ですか」
     最初に会った頃もそんなことを言っていたのを思い出し、アズールは呟いた。
    「そうよ。出来なくは無いけど、あっちの連中の芸術、なんかちがうでしょ」
    「それについては否定はしません。僕は深海出身ですから、文化の違いはより大きいですし」
    「オクタピットは昔から芸術家も多いわよね。海の魔女が生まれたくらいだし」
    「そう言われています。大抵は変わり者扱いで深海の更に深い淵に追い立てられるのが常でしたが」
    「まあ、どこもそんな話ばかりね」
    「ええ。そう言うなら、貴方の方がここではそういう立場では?」
    「ふん、あたしが弱い生き物に見える?」
     ぷらん、と猫か犬を運ぶようにアズールを部屋に放り、ヴィルは腕を組んだ。ひっくり返ったまま、アズールはいいえ、と首を振り
    「猛獣かそんな類いの」
    「もう少しちゃんとした言葉を覚えなさいあんたは」
     ヴィルはアズールの部屋に掛けられている絵の方に目をやり、
    「これも、今でこそそれなりに有名になったけど、彼が生きていたときは全然で、パトロンとして色々工面してたんだけど、どうにもね」
     懐かしげ、と言うには若干悔しさのような物を滲ませる声に、アズールはもぞもぞとどうにか向きを変えてベッドの上で転がり、起き上がって絵の方に目をやった。
    「生前、ですか」
    「そう。元々病弱だったから、すこし音沙汰が無いうちに亡くなっていたわ。本当に、人間というのは短命で困るわ。たかだか五十年程度の間で色々な物を作って、気付かれないままいなくなるんだもの」
     ヴィルはそう言ってさっさと部屋を出て行き、アズールは痛む足を押えながら、壁の絵を見つめた。


    「人間好き、ですか」
     ジェイドは思わず呟き、フロイドはふーん、と首をかしげた。
     事務所に戻って、ジェイドの入れた紅茶を飲みながら、そんな話をしたアズールに、ジェイドとフロイドはじっと黙って聞いていた。
    「そう、思いました。当時も今も」
     アズールは紅茶のカップを見つめて答えた。
    「彼はぼんやりと聞いたところではローマ帝国が栄えていた頃にはもういたという話です。少なくともその頃の話は彼が少ししたことがありますからね」
    「すげー……。下手したら四千とかのレベルじゃん。紀元前」
    「僕もそこまでとは……初めて知りました」
    「ええ。当時の詩人の話をしていたことがありました。彼らの作品の多くはその後の帝国の崩壊に向かって徐々に毀損されたとかで、多くは残らなかったとか。あの人は、芸術という物、人間が作った物を好むんですよね。時にそれを作った人間達へも、情を向けている気はします」
    「ふーん、でもさ、結構吸血鬼って迫害とかされてたって聞いたけど」
    「ええ、何しろ、彼らの食料は人間ですから。大抵の吸血鬼は人間とは敵対関係でしたから、迫害というか、生存をかけての戦いは多くあったようです」
    「あれ、食い物、ってそういやベタちゃんってどうやって生きてるの?」
     フロイドは思わず声を上げ、ジェイドもそういえば、とお互いに顔を見合わせた。
    「だって、お茶飲んでたじゃん」
    「ええ、長い間訓練したとかで、大抵の人間の飲食物は摂取できるようになったそうです。ただ、基本的に栄養にはなりませんので、彼の名義で献血の管理をする組織から、少量を分けて貰ってるそうで、それで栄養は取っているようですよ」
    「ふーん」
    「色々大変なんですね。というか」
     ジェイドはちらりとアズールに目をやり
    「アズール、ヴィルさんのところで歩行訓練をしていたそうですが、陸に上がったときは一体どうしたんです?」
    「それ、オレも気になった」
     二人の言葉にアズールはわずかに顔をしかめたが、諦めたのかあっさりと
    「ああ、それこそ最初は地面を這って、物乞いのような感じでしたよ。何人かの人間……恐らく人買いですね。彼らが座っておくだけならなんとかなりそうだからと、売春宿に売ろうとして連れて行かれそうになったり、中々散々でした。貧民窟の隅でどうにか小銭を用意して、なんてやっていたときに通りかかったヴィルさんに拾われたんですよ」
     ひく、と二人の顔が引きつったのに気付いて、アズールは首をかしげ
    「なんです?」
    「宿に実際に連れて行かれたりは?」
    「変なことされたりとかは?」
    「別に無いですよ。魔法使えましたし。僕が陸に上がった当時は、悪魔の仕業だった魔法がオカルト分野、神秘主義とも絡まって割と見過ごされていたので、いやータイミング良かったですねあの頃」
     平然と、何事も無いように答えるアズールに、ジェイドとフロイドは、ああ、そう……、となんとも言えない顔で呟き黙りこんだ。
    「ん、でも探偵やり始めたのって結構最近じゃね?」
    「ええ、元々はもう少し別の商売やってみたりもしましたが、願い事を叶えるとか……。ただ、どうにも金払いが悪いから、もう少しなんとか単価上げたくて」
     アズールは、その話はこれでおしまい、と手を振り
    「それより、今回の件ですよ。ヴィルさんがパーティに出る、というのは、恐らくどうやっても止めることは出来ないでしょう。そうすると、どうしたらヴィルさんに危害を加えさせないで、相手を捕まえられるか、という話ですね」
    「逮捕が先、という予想は無いんですね」
     ジェイドは苦笑いをしてアズールの話に乗って答える。
    「リドルさんや、人間の科学力を侮ってはいないですよ。ただ、恐らく今回はパーティを押えた方が早いという話になるのは無いかと」
    「まあ、囮捜査みたいなもんだよねぇ。しかも、人間よりも強い身体だから割と気を遣う必要は無いだろうし」
    「しかし、問題は相手が著名な俳優である点ですね。警察でそこはどうなのでしょう」
    「リドルさんは割と確実性を取る人ですから、あまり賛同しないでしょうが、上の方々はそう考えない方も多いようです。彼の直属の上司はまだ良いそうですが」
    「ふーん、だれ?」
    「会ってないから分からないでしょうが、トレイン本部長という方です。リドルさんに負けず劣らず、秩序と規律を重んじる方ですね。まあ基本的に僕らが関わることは無いでしょう」
    「いわゆる政治というやつですかね。ここの街の市長、確か元警察官僚だったはず」
     ジェイドはキャビネットからファイルを取りだしアズールに渡すと、アズールはパラパラと中身を眺めて
    「本当に、こんな物いつの間に作っていたんですかお前は……」
    「少し暇でしたので。フロイドも手伝ってくれたんですよ」
    「すごいでしょー」
    「……はあ」
     ファイルの中身を眺めながら、アズールは頷いて
    「まあそういう訳ですので、今回、肝になるのはその……」
    「テネーブルの新作発表パーティ。でしょー」
    「……案外詳しいですねフロイド」
     意外そうに呟くアズールに、フロイドはスマホの画面を見せて
    「だってオレあそこの靴チェックしてるし」
    「フロイドは靴が好きですからね」
    「なるほど。それなら、丁度良いですね」
     アズールはにっと笑って、二人をちょいちょいと手招きして話し始めた。
     ジェイドとフロイドは、聞いているうちににやぁっと表情が綻び
    「そういう訳ですので! 早速サムさんの所に材料を調達してきてください! 僕は上で準備をしています」
    「了解しました」
    「りょうかーい!」
     軽やかに事務所から出て行く二人を見送りアズールはジャケットを脱いで袖を捲り、よし、と腰に手を当てた。
     

     買い物から帰ってきた二人は、事務所に顔を出し、あれ? と首をかしげた。
    「もう上に行ったのかな」
    「そうですね」
     二人は階段を上がって、ガタガタと音のする三階の方に目を向けて、階段を上った。
    「アズール?」
    「ああ、買い物は済ませましたか?」
     三階の廊下を歩いて行くと、ゴトゴトと物音がしてアズールが空き部屋の一つから顔を出した。
    「アズール、そこ僕の部屋ですよ」
    「お前の! 作業部屋! 僕が部屋割りまで考えていたのに結局僕の部屋に入り浸っているくせに自分の部屋とよく言えますね!」
     だん、と足踏みをしながらアズールは思わず大声を上げ、ジェイドはおやおや、と肩をすくめた。
    「細かいことを気にしたら、また爪を噛んだりしますよ」
    「しませんよ。さあ、早く材料をこっちに」
     ジェイドがテラリウムを作るのに使っている作業台をたたき、アズールはせかせかとエプロンを着けてゴム手袋を手に付けた。
     ジェイドとフロイドは紙袋にパンパンに詰まった普通なら見当たらないような、よくわからない植物の枝やら根を見つめた。
    「ねえ、これ何?」
    「あちらに生えている薬草類ですよ。まあ、正直薬の生成レベルならヴィルさんの方が上手いのですが、今回ヴィルさんが飲むわけじゃ無いですし良いでしょう」
    「なるほど?」
    「んー?」
     よくわからないという顔のまま、ジェイドとフロイドは、テキパキと何かを作り始めたアズールを見つめて居た。
     部屋の隅で様子を見ていようとした二人に、アズールはぐるっと振り替えり
    「何をしているんです。休む暇はありませんよ。さあ、ジェイドはこのキノコを刻んで! フロイドはこの実の皮を剥いて、すり潰してください」
     器を渡され、二人は素直に返事をしてアズールから器を手に取り、床に座って作業を始めた。


    「……で、これは?」
     ヴィルは目の前の瓶を見つめて、面白がるような様子で首をかしげ、問いかけた。
    「匂い、色……変身薬の類いに見えるけど?」
     ヴィルは瓶の蓋を少し開け、色味を光に透かしてから考え込むように呟いた。
    「そうなの?」
    「そんな物作らされていたんですか僕達」
     どういうことかとアズールに目を向けたジェイドとフロイドに、アズールは胸を張り
    「ええ、さすがはヴィルさんですね。これは見た目の性別を変える薬です」
    「ああ、やっぱり」
    「どういうことだいアズール君?」
     ルークは思わず首をかしげ、ジェイドとフロイドも不思議そうにアズールを見つめた。
    「ヴィルさんがテネーブルのパーティに出るのは、まあ確定です。そして、警察も今捜査をしていますが、恐らくこのパーティで犯人を捕まえる事を考えていると考えています」
    「そうね。彼、リドルだっけ? 頑張ってくれているのは分かるんだけど、何しろ捜査の材料が彼らでは少ない物ね」
    「ああ、遺体からはあまり分からなかったと、申し訳なさそうに報告してくれていたね」
    「ええ、そうすると、パーティ会場でヴィルさんを無傷で守りつつ、犯人を見付けて捕まえる必要があります」
    「無傷で、というのは?」
    「簡単よ。傷を作ったらあたしが人間じゃ無いのがバレる。色々自分でも調べたことがあるんだけど……。 人間とは血液も何もかも違うの。そんなのが病院に運ばれてみなさいよ。大騒ぎよ」
    「それに、ちょっとした怪我はすぐに治ってしまう。そんな現場を多くの人がいる場所で見られては事だ」
     ジェイドの疑問に、ヴィルとルークが答え、ジェイドとフロイドはむうっと難しげに眉を寄せた。
    「なるほど。丈夫な身体だから大丈夫というわけでもないのですね」
    「それに、銃弾を身体を霞にして避けるなんて芸当やったらまずいでしょ」
    「そんなことできるの? すげー! ベタちゃんやって見せて」
    「誰が! ベタちゃんよ⁉敬いなさいっていったでしょうが。全く」
    「ぐえ……」
     ヴィルがフロイドの頬を片手で掴みあげて揺さぶり、フロイドはバタバタと両足をばたつかせた。
    「……いってー……」
    「全く、ヴィルさんにそんな口をきくなんて」
    「わかったよー。……じゃあベタちゃん、先輩」
    「……なんか気に障るけど。まあ良いわ。で、その薬をどうするというの?」
    「はい、いろいろ考えましたが、まずルークさんは付き人なのでヴィルさんの側にいるのは問題ありません。彼の能力も申し分ないです」
    「そう言ってくれると嬉しいね!」
    「ですが、一人でヴィルさんを守りながら、敵を確認して相手を捕まえるのは無理です。誰かが捕まえている間、ヴィルさんの側にいなくてはいけないです」
    「確かにそうですね」
    「警察が見てくれているとは言え、彼らも基本はスタッフや招待客の中に紛れるしかありません。側にいるのに疑問を持たれては逃げられてしまうでしょう」
     アズールはそこで、と瓶を手に取り
    「ヴィルさんと至近距離にいてもバレないとなると、男性よりは女性が良いと考えました。その方が犯人も近寄っても平気と考えるのでは無いでしょうか」
    「……まあ、そうね。ボディガードみたいに男が張り付いていたらやっぱり近寄りがたいでしょうし」
    「ああ、確かに。しかし女性……。ヴィルの側に立ってても問題なく……。今回のような危険な場にいられる女性というのは中々人選が難しいのでは無いかな」
    「確かに。警察官は割と女でもやっぱ独特の雰囲気あるから、犯人にはバレそうだし」
    「それもそうだけど、あたしの側にいられるって、恋人役として立つことになるわよ? その辺も考えないと」
    「その時点で滅茶苦茶難易度上がるじゃん……」
     都合良く人材なんているの、とフロイドが眉をひそめると、アズールがふふん、と得意げに胸を張り、ジェイドとフロイドが手伝わされた、例の液体の入った瓶を懐から取りだした。
    「そこでこれです。僕達の中の誰かが薬で姿だけ変えて、ヴィルさんの側にいるようにするんです」
    「んー、まあ、なるほど」
    「顔や印象類は、姿を変えてから僕かヴィルさんの魔法で少し弄って調整をする必要はあると思いますが……。丁度良い人材なんてそうそうありませんからね」
    「確かに、事情を知っている誰かから選ぶのが一番だろうね」
     ルークも納得し、アズールはそうでしょう、と頷いて瓶を机に置いた。
    「まあ、ジェイドもフロイドもどちらでも見た目は保証しますよ!どちらにやらせましょうか」
     思わずジェイドとフロイドが顔を上げ、はあ? と素っ頓狂な声を上げた。
    「え、そこは普通にアズールが」
    「飲むべきじゃねーの?」
    「あたしもてっきりそうだと思ったわ」
    「ウィ、私もだ」
    「……は?」
     凍り付いたように笑顔を引きつらせたアズールに、ヴィルは瓶を振って
    「そもそも、あんた、自分が作ったものちゃんと問題ないか確認したの? 教えたでしょうが」
    「いや、まあ確かにまだ確認は……していませんでしたが。しかし」
    「ヴィルと一緒に居たこともあったのだから、私は適任だと思うな」
    「はい、それにアズールの魔法もありますし。何でも出来ますよね」
    「そうそう、アズールの魔法すごいもんねぇ」
     全員の目が自分の方に向けられ、ついでに双子からの――本心からではある物のとても面白い事が起きそうな気配を敏感に察した――褒め言葉に、アズールは良いでしょう! と瓶を取った。
    「僕の作ったものの良さを見せて差し上げますよ」
    「そうしてちょうだい」
     ぐいっと薬を飲み干すアズールを、ヴィルはなんとも言いがたい苦い笑顔で見つめて答えた。
     薬の効果はすぐに出て来て、飲んで少し経つとアズールの髪が伸び、逆に身体はどんどん小柄に、着ていた服から手足が見えなくなり、靴が脱げていった。
     時間にして五分ほどだろうか、変化がしなくなったことを確認したアズールは、ぶかぶかの袖をたくし上げて自分の手を見下ろし
    「お、おおお! どうですか! 成功ですよ⁉」
    「あら、ちゃんとそれなりになったじゃない」
     ヴィルに鏡を示され、アズールは裸足のまま鏡の前に立って、おお! と再び声を上げた。
    「お、思ったよりも小さい気が……」
    「一応平均的な女性の身長じゃなかった?」
    「そのはずだね。ただ、何しろ元々の身体が大きい部類だと、びっくりするかもしれないね」
     ルークの言葉に、アズールはそう言うものかと十センチほど低くなった視界に目を瞬いた。
    「い、一応ちゃんと人間のメスですよねこれ」
    「……少なくとも足は八本では無いわね」
     ジェイドとフロイドは、思っていたのと何か違ったのか、或いは何か、現物を目にして考えが変わったのか、相当に狼狽えてアズールを見下ろし
    「え、アズールこれ大丈夫?触ったら折れない?」
    「どうしましょう。こんなに細くて小さくなってしまって。食事の量をアズールに任せていたせいでしょうか。これでは立つことだって」
    「落ち着きなさい」
     ばしっと背中を容赦なくヴィルに叩かれて双子は沈黙し、アズールは
    「やりました!やはり僕の魔法薬作りの力、なかなかの物ですね!」
     と一人成功したことにはしゃいでいた。
     ――ある意味、気の毒ではあるのかしら
     おろおろとする双子とはしゃぐアズールを眺めて、ヴィルは思わず苦笑いするしか無かった。

    魔法の薬
     
    「……うん、全く理解が出来ない」
     リドルは目の前の状況を見て、ヴィルやアズールからの説明を聞いた上で思わずきっぱり答えた。
    「まあそうなるわね」
    「ふふ、まさに魔法だね」
    「いや、もう何をどう言えば良いのか……。確かに、捜査は……進展は無い、けど」
    「はい、今日会議でも……。パーティでの捕獲作戦をメインに考えて動くべきだという結果になりましたね」
    「本部長は反対をしているんだけど、今の署長と、今の市長が友人でね。市としては、警察へ予算配分が多いと不満を言っている層に、アピールする必要があると言ってきたそうだ」
    「政治ねぇ」
    「まあ、そうなんだが……。しかし、だからといって……」
     リドルは、ちらりと視線をアズールの方に向け、訳が分からない、という顔で呻いた。デュースは完全に視線が宙を泳いでいてどうにもならなかった。
    「魔法、すごいですねー」
    「まあ、僕の手に掛かればこれくらいはお安い御用です! リドルさんも必要なときが来たらご用意しますよ」
    「絶対に! ごめんだ!」
     がちゃんと思わず飲んでいた紅茶のカップとソーサーを激しくぶつけ、リドルは叫んでいた。
    「ま、そういう訳だから、話が決まったらサクサク決めていきましょう。まだ少し時間はあるしね。そういう訳だからアズール」
    「はい何でしょう」
     声も変わったアズールに、ヴィルは仁王立ちをしてアズールを見下ろし
    「何を言ってるの。あなた、ハイヒールでダンス、踊れるの?」
    「……は?」
    「ダンス、ですか。無理じゃ無いでしょうか」
    「アズール、あんまりそういうの得意じゃ無いよねぇ」
     ニヤニヤと笑うジェイドとフロイドに、そんなことありません! と叫ぶアズールを、ヴィルはならばとルークに合図を送り
    「このヒールの靴を履いて見なさい」
     どん、と出されたハイヒールを、アズールはうっと見下ろした。どう見ても細いピンヒールで、つま先は見事なポインテッドトゥだ。確かそんな名前だ。
    「い、良いですよ」
     アズールは、ぶかぶかなシャツとパンツを押さえて靴を履いて、ゆっくり立ち上がった。
    「歩いてみなさい」
    「いや、もうこれ、無理じゃね?」
    「ああ、まさに生まれたての子鹿のような可憐さだね!」
    「海の言葉なら陸揚げされたマグロとか……鰹とか、ですかねぇ」
    「もうちょっとマシな魚いるでしょうが!」
     ぷるぷると腰の引けた格好で足を震わせているアズールを、ヴィルは冷たい目で見下ろし
    「……あんた、その状態であたしの横に立てると思う?」
    「……そ、れは……、あ、ジェイドかフロイドなら!」
    「フロイドはテネーブルに詳しいですから、スタッフとして潜り込ませた方が良いと思いますよアズール」
    「あら、そうなの。じゃあそれで。ジェイドは……あんたはその板に付いた感じだとスタッフで良いわね。となると、アズール、あんたが一番やることがないって事よ」
    「そ、そんなことはあああっ!」
    よろけるアズールを、ジェイドとフロイドが思わず支え、アズールはぜえぜえと肩で息をして死ぬかと思った! と叫ぶ。
    「まあ、その……その辺は上手くやっておくれよ。またあとで人員の配置などを相談しよう」
    「ええ、そうしてちょうだい」
    「あの、お疲れ様です」
     リドルとデュースは、複雑な顔で出て行き、ヴィルはかつ、とヒールの音を高らかに鳴らしてアズールに宣言した。
    「アズール、あんたはパーティ当日までにちゃんとそれなりになるように特訓よ。歩行訓練とダンス! あたしの特別講義、二回目を受けられるなんてありがたいと思いなさい!」
    「あ、あれをまたやるんですか! 悪夢じゃないですか!」
    「何言ってるのよ。これがクリアできれば、探偵なんだからそれこそ潜入捜査とかもっと簡単にできるじゃない」
     物は考えようでしょう、と言われ、アズールははっとして頷き呟いた。
    「……は、た、確かに」
     ジェイドとフロイドは、乗せられているのでは? と思いながらもアズールに頑張ってと手を振っていた。
     この後起こることなど絶対楽しいに決まっていると、彼らの本能が察知していた。



    ++++++++++++++++++++++++++
    六章!!!!
    というのとは全く関係無くサンコイチでキャッキャうふふとしている探偵物です。
    趣味を隠さない流れですが、少年漫画にあるような定番ネタ的な扱いでのアズの女体化になるようにはしました。多分きっとめいびー
    三話目もフルスロットルで趣味に走っていますのでご容赦くださいませ。
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    DONE🦈のふりして🐙にちょっかい出そうとしたらとっくにフロアズしていたみたいで自爆した🐬のジェイアズ
    【ジェイド・リーチはフロイド・リーチがうらやましい】 誓って言える。決して下心などは無かったのだ。それはそれは可愛らしい、稚魚の悪戯のつもりだった。すぐにネタバラシをする気でいたし、そもそも続けられるほどの辻褄だって合わせていない。
     片割れに許可を取る前にタイを解いてシャツのボタンを二つ外した。目と声を魔法で変えて、髪に手を入れ分け目を変えた。好奇心は猫をも殺す。そんな陸のことわざを思い出したが、まさかウツボまでは殺せまい。そう思ったから。だから僕は、愛しの片割れに姿を変えて、VIPルームの重厚な扉を蹴破った。
     その時は、とてもわくわくとした気持ちで。
     幼い頃より何度か繰り返してきた入れ替わりのこの遊び。髪型を変え、口調を変え、態度を変えればそれだけで大抵の人魚は僕達の入れ替わりには気付かなかった。色や形を変える魔法を覚えてからは、両親ですら疑問を抱かず僕をフロイドと呼び、フロイドをジェイドと呼んだ。最近では魔法の精度も真似をする技術も上がっていて、自分自身ですらフロイドとの見分けが付かないほどだ。鏡ではなくガラスの向こうに片割れが居るのではないかと思うくらいによく似ている。そんな自分の姿を見て思ったのだ。果たしてアズールはこれが僕だと気付くだろうか、と。一度そう考えれば、僕の好奇心はおさまらなかった。
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