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    ソロイリ
    ソロもイリヤも、お互い、相手の顔大好きだとは思うんですよね

    #レカペ2301
    lecape2301

    学習能力 イリヤ・クリヤキンの機嫌がすこぶる悪い。
     眉間に寄った皺の深さをちらりと見て、ソロはイリヤに気づかれないように、小さくため息をついた。
     眉間の皺は、いつものことだったが、あの深さはいつもの比じゃない。
     あれは……あれは、かなり怒っている。
     なるべく、その逆鱗に触れないように、ソロは目を伏せた。
     前に、あのレベルの皺の深さをみたのは、確かトルコに行ったときだった。
     イリヤが侵入時に当て身を食らわせて昏倒させておいたはずの男が、撤収ぎわにいきなり立ち上がってソロの右頬を切り裂こうとしてきたのだ。
     カウボーイ!と鋭く叫んだイリヤのおかげで、ソロの自慢するなめらかな頬の皮膚は無事だったが、とっさに顔をかばったせいで、前腕に少し深めの傷を負った。
     腕に走った痛みは思った以上に鋭くて、正直まずいことをしたかな、とは思ったが、でもそれも仕方が無い、とソロは考えた。
     避けてしまえば、その刃先はイリヤに向かっていただろうし、「戦利品」を抱えていたイリヤも、自分と同じように少しでもダメージを防ぐような動きしかできなかっただろう。
     痛い思いをしたのが、ソロだったか、イリヤだったか、それだけの違いだ。
     結局男は、ソロに蹴り上げられ、イリヤにヘッドロックを掛けられて、またぐにゃりとなって……そのあとどうなったかは、ソロは確認していない。
     男の身体から力が抜けた後、それこそ殺されるのかと思うくらいの目つきのイリヤに顎を掴まれて右頬をチェックされ、腕がちぎれるかと思う程度の止血を施されると、イリヤに襟首を掴まれるようにして、その場を後にしたからだ。
     あのときもそういえば、怖ろしく乱暴に手当されながら右腕をチェックされたあと、また万力みたいな力で顎を掴まれて、顔中を調べられたんだった。
     念入りなチェックに、大丈夫、お前の好きな顔は無事だよ、と軽口を叩いたら、ギロリと睨まれて、顎の骨を砕かれそうになった。
    「だって、お前、俺の顔が好きだろ?」
     前に、自分の一体何処が気に入ったんだ?とソロが尋ねたときに、少し考えて「顔」と、確かにイリヤはそう言ったのだ。それにはソロも同意見で、ソロは自分の顔が気に入っているし、同じくらい、イリヤの顔も好きだった。
     なのにイリヤは、そう言ったソロの顔を怖ろしい形相で睨むと、「もう二度とあんなことをするな」とだけ言って、荒々しい足を立てて、部屋を出て行ってしまった。
     よほど気に食わなかったのだろう、イリヤの不機嫌は数日続き、それ以来、ソロは注意深く自分の顔を守ってきた。
    「……悪かった。俺の不注意だ」
     それからずっと、自慢の顔を守ってきたソロだったが、今回は確かに、少し気が緩んでいたのかも知れない。
     きっと切れているのだろう。喋ると唇が痛んだ。
     女性だから、と油断したところもある。ターゲットの女がふいにイリヤに走り寄るのを見て、つい間に入ってしまった。
     振り上げられたブラックジャックは、イリヤの後頭部には届かずに、ソロの頬をしたたかにぶちのめした。
    「……何に謝っているんだ」
     低い声をさらに低くして、イリヤが尋ねる。
     質問、ではない。
     これはあれだ、よく意地の悪い教師がやるやつだ、とソロは思った。
     間違った答えをしたら、きっとまた一週間ほども不機嫌さをまき散らして、口も聞かないつもりだ。
    「お前が気に入ってくれてる顔に、怪我をした」
    「……」
     正解だ、と思う答えを言ったはずなのに、イリヤの眉間の皺がさらに深くなる。
     あ、これはまずい。とソロは思った。
    「……だって、お前、俺の顔が好きなんだろう?」
     違うのか?
     と、ついつい声が小さくなる。
     答えを間違ったことは分かったが、でもじゃあ何が正解なのかは、ソロには見当もつかなかった。
     イリヤのお気に入りの顔に傷を付けそうになったから、だからあんなにイリヤは気分を害したのだ。あれ以来ずっとそう思ってきたのだ。
     きっと今自分は眉の下がった、情けない顔をしているんだろう、とソロは思った。
     あまり、イリヤに見せたい顔ではない。
    「間抜けだとは思っていたが、想像以上だったな」
     どこまで続くんだろう、という深い息をついてから、イリヤがそう呟く。
     ああ、これも昔よく、意地の悪い教師に聞かされたヤツだ。そう思うと、ソロは少し哀しくなった。あの教師のことはどうでも良いが、きっと自分はイリヤを失望さたんだろう。
    「……もう二度と、俺をかばって怪我をするな、と言ったんだ」
     そんなことも分からなかったのか。
     よほど怒っているのか、イリヤが奥歯を噛みしめる音が聞こえる。
    「え……」
    「いいか、もう二度と言わせるなよ」
     胸ぐらを掴まれて、射殺しそうな目で凄まれて、ソロはただ頷くしかできなかった。
     必死に頷くソロを、それでもまだ疑わしそうに眺めてから、氷をとってくる、とだけ言って、イリヤは部屋を出て行った。
    「……顔じゃなかったのか」
     そう思わず口にして、ソロはイリヤに聞かれなくてよかった、と思った。
     そうか、自分がイリヤをかばって怪我をしたから、それでイリヤはあんなに怒っていたのか。
     思ってもいなかった正解に、胃の入り口辺りが、熱いような落ち着かないような、不思議な気分になる。
     そうか、もう二度と、イリヤをかばって怪我をしてはいけないのか。
     破ったら、またあんあふうに怒られるのか。
     なかなか、難しいことを言われたな、とソロは思った。
     学習量力は高い方だと自負しているが、この約束を守れるかどうか、ソロには自信がなかった。
     キッチンから、乱暴に氷を砕く音が聞こえる。
     まだまだ、イリヤの機嫌はなおってはいないらしかった。
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