りんごワンライ:フリー
好きだ、と、思わず溢れてしまった言葉を拾われてしまったのは高校三年の冬だった。
しまったと思ってももう遅い、返事も聞かずにキョトンとした顔の爆豪を残して、部屋に逃げ込んだ。
荒い呼吸とドクドクと煩い心臓の音。
返事なんて期待していなかった。相手は爆豪だし、『男同士なんてキメェ』なんて言われるかもしれない。
分かっていたのに言ってしまったのは自分が悪いんだ。
ツンと傷んだ胸を服の上からぎゅうと握り込んだ。
そうして期待していなかった返事がやってきたのは桜が咲く頃だった。
あれから三年、お互いプロヒーローとして活躍する中で同棲するようになった俺たちは、今朝喧嘩をした。
テレビで男女が二人、手を繋いで歩いてるのを見てふと思い出したんだ。
以前、爆豪と女の人が街で歩いているのを見たことがある。護衛だと聞かされていたそれは遠目から見てもお似合いで、やっぱり爆豪の隣には俺じゃなくて女の人の方がいいのではないか、と今更になって思い始めた。
それを、つい口に出してしまった。
俺の言葉を聞いた爆豪は「今更なに言ってやがんだ!」と怒って結局、そのままお互いの事務所に向かったんだった。
空を見ながら走馬灯のように、爆豪との思い出が蘇ってくる。
先ほど倒したヴィランの個性か、身体が思うように動かない。その上、かなり出血してしまったようで全身が痛い。
こんなことなら…爆豪にあんなこと言うんじゃなかった。最後だったかもしれないのに、行ってきますのキスもしなかったし、今朝笑った顔だって見てない。
思考に霧がかかってきた。遠くの方からショートと呼ぶ声が聞こえた気がする。
そう言えば昨日食べなかったプリン、冷蔵庫に入れてたんだった。あれを食べておけばよかった。
まぁ、後で爆豪が食べるだろう。それを最後に意識を手放した。
「プリン…………」
爆豪にプリン食べろよって伝えないとと思っていたら声に出ていた。
声が出ると言うことは生きていると言うこと。
ゆっくり目を開くと真っ白い天井が目に入った。
視界に点滴も吊るされていて、ここは病院なんだと把握する。
「テメェはプリンの事しか言えないんか?」
「お?爆豪」
「舐めプしてっから怪我すんだわ。調子はどうだ」
「全身痛ぇ」
「はっ。それは生きてる証拠だな」
隣の椅子に腰掛けていた爆豪が立ち上がってどこかに向かう。
あ、爆豪が行ってしまう。と思って起き上がろうとするが、上手くいかない。腹が、全身が痛い。
「ばくご、待っ」
「うるせぇ、どっか行ったりしねぇよ」
そう言い扉から出て行ってしまった。
五分ほど待って帰ってきた爆豪の手には皿があり、その上に何かが乗っていた。
「おら、食え」
「お、うさぎだ!」
「おー。俺が切ってやった。ありがたく食え」
「ありがとう。頂きます」
綺麗にうさぎの形をしたリンゴにフォークを刺す。咀嚼するたびにリンゴの酸味と甘味が口の中いっぱいに広がり、今まで食べたどのリンゴより美味しかった。
「爆豪、うめぇ」
「ったりめーだろーが。食ったら説教だかんな」
「それは、ゆっくり食わねぇとな」
たっぷり三十分かけてリンゴ一個分食べ終わった。
食べている間、爆豪はなにも言わずにそばにいてくれた。
こんな幸せも、もう終わるかもしれない。
「食ったか?」
「残念ながら」
「おー。じゃあ今から説教すんぞ」
覚悟を決めてぎゅっと目を瞑る。
もしかしたら泣いてしまうかもしれないと思ったから。
説教する、と言う割に何も言わない爆豪を不思議に思い、目を開けると目の前に爆豪がいてギュッと抱きしめられた。
「死んだかと思った」
「……あぁ、俺も」
「テメェ、今朝俺になんていったか覚えてるか?」
抱きしめていた身体を離して、お互いキスできるんじゃないかって距離で話を続ける。
「爆豪は、女の人と付き合った方がいいんじゃないかって言った」
「なんでそう思った?」
「ふと思い出したんだ。前に護衛をしたことあるだろ?女の人の。俺がたまたま緑谷とオフで会ってた時に街で見かけた。金髪のロングヘアーで、綺麗な格好して、爆豪の隣歩いてた。俺とは全然ちげぇなって思った、俺は男だしあぁはなれねぇ」
「はぁ………」
爆豪は大きなため息をついた。何を言われるのか分からなくて怖い。
燃えるように赤い二つの瞳がじっとこちらを見ている。
「轟」
「なん……んむっ……」
唇を塞がれた。幸せで目尻にじわりと涙が滲んでくる。空いている両手で爆豪の背中をぎゅうと抱きしめる。
長いキスが終わり、唇を離して爆豪を見ると目元が潤んでいた。
「爆豪?泣いてんのか?」
「うっせぇ、泣いてねぇわ!」
「そうか」
「さっきの続き。お前が高校の時に俺に告白してから、返事返すのにどれだけ待たせたか覚えてるか?」
「そもそも返事はいらなかった」
「そうじゃねぇんだよ!!考えてたんだよずっと!!!俺はな!!!」
一呼吸置いてから、爆豪は再び口を開いた。
「四ヶ月だ。俺はてめぇを好きなんか、付き合えるのか。キス以上のこともできるんか、将来はどうなりたい。必死で考えてたんだよ、四ヶ月もな!で、考えた結果、ジジィになるまで一緒にいてぇって思ったんだよ!!」
「爆豪、ジジイになるのか?」
「テメェも一緒になんだよ!!」
「そんなに考えてくれてるとは思ってなかった」
「なのに今更女と付き合えだァ?馬鹿にしてるんかと思ったわ。……ま、俺も頭に血登って今朝お前の話しちゃんと聞いてやれなかったからな、ごめん」
「いや、俺も悪かった。突然あんな話ししたら怒るに決まってるよな。わりぃ…。死ぬかも、と思ってもっと爆豪と色々したかったって思った。やっぱり別れたくねぇ、ずっと一緒にいてぇ」
「ったりめーだわ、そんなん」
お互い見つめたまま、引き寄せられるように唇を寄せようとした時、病室の外が騒がしいことに気がついた。
ボソボソと沢山の話し声が聞こえる。
爆豪は、はっとしてドアまで大股で向かい勢いよくドアを開けた。ら、わーと言う声と共に人が雪崩のように倒れ込んできた。
見知った顔を見つけて俺は頬が緩む。
「緑谷、それに一Aのみんな」
「や、やぁ轟くん、かっちゃん!お見舞いに来たんだけど…ごめんね、盗み聞きするつもりはなかったんだけど、聞こえちゃって…」
爆豪はわなわなと震えてそのままキレた。病室では爆豪の説教が始まり、長々と続く。
それが終わると俺たちはみんなに祝福された。