二人なら幸せ 君の温度 二人なら幸せ 君の温度
寒い、と感じた時、違和感を覚えた。
半冷半熱の個性があるせいか、物心ついた時から暑さにも寒さにもある程度耐性があったからだ。
寮に帰るまで、短い距離とは言え足早に帰路につく。
吐いた息が白くなり、空を見上げれば雪もちらほら降り始めている。
おかしい。こんな時期でも普段なら寒さに耐えられたはずだ。
いつもと何が違う?考えてみても答えは出ない。
寮の扉を開けると、いつもなら賑やかなロビーも別の場所のようにシンとしていた。
今日は日曜日だから、部屋でゆっくり休んでる奴や、外に出掛けている奴も多いのだろう。
俺はと言うと近所にちょっと買い出しに行っただけだった。
がらんとしているソファ、いつも定位置にしか座らない恋人を思い出しより一層寒くなった気がした。
今日は学校もないし、朝から一度も会えていない。
「会いてぇなぁ…」
つい、口から溢れ落ちてしまった。
はっとして急いで寮のエレベーターに乗り込み五階のボタンを押しゆっくりと扉が閉まる。
ダメだ、こんな重いの爆豪嫌いだろう。束縛はしたくねぇ。
頭を左右にぶんぶんと振って切り替えようとする。エレベーターが到着の音を告げると逃げるように廊下を走り部屋へと駆け込んだ。
結局部屋に帰ってみたはいいけど、どうしてか寒いのが治らない。
解決法を見出せなかった。
正座をしたまま頭を抱える。
「爆豪…」
無意識のうちに呟いていた。床をすり、と撫でる。
この板を壊せば爆豪の部屋だ。こんなにも近いのにこんなにも遠い。
『何かあったら使え』と、寮の合鍵は渡されていたが、一度も自分から使ったことはなかった。
だけど、どうしても爆豪に会いたい、抱きしめたい。外出して部屋に居ないかもしれないけど、たとえ部屋に居なくても爆豪の匂いを感じたい。
ちら、と時計を見る。時刻は十四時三十分。
外で遊んでくるとしたら帰るにはまだ早い時間だ。
ごくり、と固唾を一度飲み込んでから、一度も手をつけていなかった合鍵を掴んで俺は自分の部屋を後にした。
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エレベーターを降りると四階の廊下には誰も居なかった。爆豪の部屋の前まで行き、キョロキョロと周りを確認したあとで鍵穴に鍵をさしてゆっくりと回す。
ガチャ、と音を立て開錠されたのを確認し、扉を開けた。
部屋に爆豪の姿はない、やはり切島達と外出したんだろう。
何度も訪れてはいるけれど、部屋主がいない時に入るの自体初めてでソワソワしてしまう、とりあえずいつも座っているところに腰を下ろした。
何をしなくても爆豪の部屋に居るだけで少しは寒さがマシになった気がした。ベッドを見ると丁寧に布団が整えられており、朝脱いだであろう寝巻きが枕元に畳んで置かれていた。
無意識にその寝巻きに手を伸ばす。寒がりの彼はこの季節厚手の寝巻きを選んで着ている。
モコモコとした手触りのそれをぎゅうと抱きしめると、爆豪の匂いが濃くなりまるで爆豪に包まれている気分になった。
嬉しくて、思わず目からぽろりと涙が溢れ落ちた。そのまま流れるようにベッドに入る。
大丈夫、まだこんな時間だ。バレやしない。
布団を被り込み胸いっぱいに息を吸う。
あぁ、幸せだ。そう思ったら寒かったのがほんのりぽかぽかと暖かくなった。
「爆豪……」
名前を呼んでみる。いつもならなんだとか、おー、と返ってくる返事はない。
ずきんと胸が痛み、また寒いのが戻ってきた。
俺、死ぬのかな。なんて、涙を零しながら爆豪の寝巻きを抱えたまま意識が遠くなった。
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「なー、荷物置いたらかっちゃんの部屋でゲームしようぜ!」
瀬呂、上鳴、切島と俺の四人で映画を見てブラブラした後、帰りの道中で上鳴が言った。
「なんで俺の部屋なんだよ」
「かっちゃんの部屋が一番綺麗だから!!」
「ったりめーだろ。髪の毛一本も落ちてねぇわ」
なんだかんだ文句は言うが、こいつらと居る時間は悪くねぇ。今日は何時に寝れるだろうか。
一つ心配事があるとすれば、今日一度も轟と顔を合わせてないことだった。
別に顔を合わせねぇと死ぬわけじゃないと分かってはいるが、単に俺が轟に会いたかった。
キスの一つや二つしねぇと我慢ならねぇ身体になっちまった、難儀なもんだ。
こんなに人を大切に思うことなんてあると思っていなかった、それくらい轟はイレギュラーな存在ではあったが今となっては一生手放す気はない。
「てめーら二十時には帰れよ、俺は忙しい」
えー、と文句を聞き流しながらエレベーターに乗り込み、四階のボタンを押す。しばらくして四階に到着した。
部屋に向かう途中、ちらりとスマホを確認する。新着メッセージは届いていなかった。
時刻は十七時過ぎ。轟に『今日部屋行くから、二十時過ぎ』と簡潔に送りスマホを仕舞う。
部屋の前で鍵を取り出し、差し込み回すが開錠されない事に気がついた。
おかしい、部屋を出る前鍵を掛けたはずだ。
可能性があるとすればスペアキーを渡した恋人だが、あいつの性格上勝手に部屋に入ってくること自体可能性が低い。
俺がなかなか部屋に入らないことを疑問に思ったのか、切島が「爆豪?」と声をかける。
「なんでもねぇ」
そう言いドアを開けた。
真っ暗で電気は付いていない。ボタンを押して電気を付けるとベッドがこんもりと膨らんでいることに気がついた。
「お前ら、今日は別の部屋でゲームしろ」
「かっちゃん?どうした?」
「猫が居るの忘れてた」
猫!?と瀬呂、上鳴、切島は騒ぐが睨みを効かせると一斉に口を窄めた。
三者三様、言いたいことがありますと顔に書いてあるが聞いてやらねぇ、それよりもこっちだわ。
扉を閉めて鍵を掛ける、外ではかっちゃんが猫飼ってたなんて知ってた!?あのかっちゃんが!?と騒ぎ立てている、煩ぇ。
嘘は言ってねぇと言い訳を心の中でする。あいつは俺だけの大事なネコだ。
一旦荷物を置いて、ベッドの端に座り込んだ。
「轟」
「ん……」
布団は未だこんもりとなったままだ。もう一度轟、と言うと塊がもぞもぞと動き出した。
「んー……今何時だ…」
「十七時過ぎ」
「そうか………っ!?」
がばり!と起き上がった轟と目が合う。本物の猫のように目がまぁるくなって瞳孔はきゅっと小さくなっていた。
紅白頭には寝癖がぴょいんと立っており、なかなかの時間ここに居たと言うことを物語っている。
視線を下にずらすと、俺が畳んでおいたパジャマが握られており、視線に気が付いたのか、わたわたと「爆豪、ち、ちげぇ、これは…!」と焦っている。んだよこいつ可愛いなぁ。
「なぁにが違うってんだ?焦凍クン?」
「こんな時に名前呼ぶんじゃねぇ…!とにかく、これはその。あ、あれだ、草履温めるやつ」
「んな時間にパジャマ着ねぇわ」
「………それじゃあ…っ」
まだ何か言おうとしている轟の口を物理的に塞いだ。角度を変えて舌を入れれば「ん……」と悩ましげな声が聞こえてゾクリと興奮で震えた。
唇を離すと舌を出したままの轟の顔が赤く染まっていて、ははっ、と声を出して笑った。ヤラシー顔してやがんな。
「爆豪、俺……わりぃ。嫌わないでくれ…!」
「なんで俺がてめぇを嫌うんだよ」
「そりゃ…勝手に部屋入って…こんなことして…」
「轟にしちゃ珍しいからびびったけどよぉ、怒っちゃいねぇ。逆に上機嫌だわ」
「?」
「どうしたんだよ」
こんなこと今までなかったし、本当に珍しいから理由を聞きたかった。だが当の本人はキョトン顔だ。
「なんで俺の部屋に来ようと思ったんだ?」
「あぁ。それは…なんだか今日は寒くて」
「俺は寒ぃけど、轟はそんなに寒くねぇはずだろ?なんでだ?」
「俺も何でかは分からねぇ…でも、爆豪の事考えてたら急に会いたくなって。でも会えねぇし寒いの治らねぇから」
なんだそんなことか、と思わず笑いを溢すと轟はまた「嫌わないでくれ」と小さく呟いた。
未だに握ったままのパジャマを奪いベッドの端に投げ捨てる。後で畳めばいいだろ。
「嫌う訳ねぇだろーが。寂しかったんだろ?こんなもんより、ほら」
言って両手を広げる。「寂しい?」と首を傾げたままの轟を引き寄せてぎゅうと抱き締めた。
暫く離してやらん。
「爆豪!」
「なんだ」
「すげぇ!寒いのなくなった!俺、寂しかったのか?」
「寒くなくなったんならそうなんだろーな」
轟焦凍と言う人間は、小さい頃に色々ありすぎてたまに感情が乏しいことがある。普通の奴なら感じる寂しいと言う状態に初めて名前が付いたようだった。
一つ一つ、時間をかけてこいつに色々なことを教えてやりてぇ。他の誰にもやらん。
改めてそう思って更にぎゅうと抱き締めた。轟も抱き締め返してくる。
「爆豪、あったけぇ」
暫く二人でそのまま過ごした。
後日、轟の前で切島達に「猫元気か?」と言われて目を輝かせた轟が「爆豪猫飼ってんのか?」ときらきらした目で質問されて、てめぇのことだわとは言えず頭を抱えるハメになることを俺はまだ知らない。