化粧品いらず「君から見て、僕の容姿はどう思う?」
「どうしたんだよ藪から棒に」
シオンのアパートにて。一人暮らしをせざるをえなくなったシオンの様子がどうしても気がかりであり、クロノは時折日持ちのする作り置きを持ち込んでいた。
最初は悪いからとシオンは渋っていたが、ゴリ押しして承諾させた。ぎっしりおかずがつまったタッパーを渡し、綺麗に洗われた空のタッパーを返される。
用件は終わったので帰ろうとした矢先に、シオンから質問を投げかけられた。
「どうって言われても。どうしたんだよ」
「いいから。客観的な意見が欲しいんだ」
「んなこと言われても………」
シオンが顔の整った美少年であることは周知の事実だし、おそらくシオン本人もそれはわかっている。今更どうしたのだろう。
「まあ、顔は整ってるよな。女子にキャーキャー言われてるし」
「ああ」
「あとはそうだな……髪はサラサラしてるし、肌も………」
「ん?」
シオンの顔を、その白い肌を凝視する。顔全体を見回し、そして。
「化粧品が負けそう」
「は?」
シオンはぽかんと口を開ける。久しく見ていない、珍しい表情だ。
「いや、こう……肌もだけど素の顔が綺麗すぎて下手に化粧すると逆におかしくなりそうだなと思ってさ。濃い色のアイシャドウやリップ使うよりも、マスカラで目の端だけ睫毛盛ったり淡い色のチーク使った方が引き立つ気がするんだよな」
「…………クロノ、意外と化粧品詳しいね」
「まあ、ミクルさんの話聞いてるとな。って言っても、ミクルさんほど詳しくないから的外れなこと言ってるかもしんねえ。…………で、これで満足か?」
「あ、ああ…………あり、がとう…………」
照れているのだろうか、薄い朱色にシオンの頬が色づいている。これはチークもいらないなとクロノは思い直した。
「んで、どうして急にまた見た目の話になったんだよ」
「…………いや、その」
「ん?」
「………いつも、君に食事作ってもらうのも悪いし……自分で収入を増やそうと思って。喫茶店でバイトを」
「俺が好きでやってるんだからしなくていい!!!!」
「っわ!?」
クロノは大慌てでシオンの肩を掴んで揺さぶった。
今のシオンは昼は学校、夜はエースの捜索とただでさえ忙しいうえに当面の生活費を稼ぐべく新聞配達のバイトまでしているのだ。
表に出さないようにしているようだが、昼休みなどの休憩時間に無防備にクロノの肩で船をこぐくらいには疲弊している。
「いいか、俺が好きでやってるんだ。シオンは気にせず、今のままでいい」
「だ、だけど」
「…………というかさ、お前、喫茶店ってどういう奴だよ」
「え? いや、稼ぎがいいだろうし、性別を偽ってメイドきっ」
「絶対やめろ!! というか他の奴に見せるな!!!」
もしかして疲弊しすぎてシオンは頭がパンクしているのではなかろうか。クロノはがくがくとシオンの肩を揺らす。
「いいか!! 俺が!! 好きで飯作ってるんだから!! 気にしなくていいし、メイドなんてやめろ!!!」
「っわ、わかった、わかったから揺らさないでくれ……」
「メイド、しないな?」
「しない、しないからそんなに圧力かけないでよ………」
「言質とったからな」
シオンの肩から手を離す。よかった。今更容姿を自分に問うた理由をはっきりと聞いてよかった。クロノは安堵で息をついた。
「でも、君にばかり迷惑がかかるし……」
「…………じゃあさ、綺場家を取り戻せたら高級食材うちに送ってくれよ」
「え?」
「でかい会食とかは気が引けるけど、高級食材の調理にはちょっと興味あるんだよな。
金目鯛とか、シャトー……なんだっけ」
「シャトーブリアンかい?」
「そう、それ。一回やってみたくてさ。それで納得してくれるか?」
「…………わかったよ。また借りができたね」
「…………いや、うん……別に…………」
「クロノ?」
シオンから顔を逸らす。
(…………食材って言い訳、できてよかった……)
うっかり、こう言ってしまいそうだったのだ。
「じゃあメイド姿を俺の前で見せろよ」と。