瞳に込めるは何色「頼むよ、クロノ。君にしか頼めないんだ」
いつもと同じような声で、なんでもないようにシオンはそう言った。
(…………簡単に言ってくれるぜ)
この綺麗な瞳をくり抜いて、義眼を嵌める。それを、自分に頼むのか。
クロノは書工。大法典に所属する彼は魔法使いであり、シオンもそうだ。彼は書警、クロノよりも身分は上だ。
大法典では「階梯」と「位階」が絶対だ。シオンの位階「書警」は1位、対してクロノの「書工」は3位。同じ階梯である以上、シオンの方が立場が上であり、その命令は絶対だ。
本当は拒否権なんてない。しかし、シオンはあくまで頼みという形でクロノに話を持ち掛けてきた。
(…………すげえ、嫌だけど)
シオンの願いを無碍にもしたくない。迷いながらも、クロノは了承の返事を返した。少しだけ時間をくれとも。
シオンは機関、それも猟鬼に入ろうとしている。猟鬼に入る条件として、自分の片眼を猟鬼に差し出す必要がある。そして義眼を、空いた眼窩にはめ込むのだ。
その義眼を通して、猟鬼という機関に縛り付けられることが決定する。
クロノ個人としては、機関の中でも特に制約が厳しく異動もできない猟鬼にシオンを
行かせるということはしたくない。
それでも否と言えなかったのは、彼が抱える鬱屈した復讐心故だろうか。
シオンは敵である魔法使い達「書籍卿」の罠に嵌り、禁書の断片を無理矢理埋め込まれた。回復した彼に待っていたのは『シオンが』禁書を持ち出したという疑いと周囲の失望、そして彼を輩出した生家の没落だった。
クロノ自身はシオンは濡れ衣だと信じているし、むしろ態度を変えた周りの魔法使い達に憤っていた。
そんな中、シオンは猟鬼に入ることを決めた。猟鬼は対書籍卿特化機関ともいえる機関だ。自分を陥れた書籍卿を追う為に、針の筵に晒されながらもシオンは戦うことを決めた。
その決意を、どうして否定できようか。
守りたい。本当なら誰からの悪意にも晒されない場所に匿って、幸せに生きてほしい。
そこまで考えて自嘲する。シオンが守られることを望むわけがない。むしろ、そんな風に浚えば絶対に彼は怒る。僕の闘いだから手を出すな、とたしなめられることは目に見えていた。
「………なら、俺にできることは」
掌で転がしていた義眼のサンプルを握り直す。猟鬼の魔法使いに貰ったものだ。これを元に、シオンの義眼を作り上げていくが。
魔法陣を展開して義眼をその中央に浮かべる。左手から魔力を糸状に縒り、義眼へと纏わせていく。
赤い魔力の糸は義眼を取り囲み、やがて細かな魔法陣を刻んでいく。元々込められている魔法を邪魔しないように、慎重に張り巡らせていく。
「…………定着」
魔力を強め、深く定着魔法をかける。クロノの魔力が反映されたのか、空色だった義眼は深い藍色へと変わっていた。まあこの程度は幻の魔法で目くらましをかければどうということはないだろう。
「お守りぐらいは、セーフだよな」
シオンの身に危機が迫った時は、この義眼にかけた防衛魔法が発動しますように。
そもそも、危機に陥らないのが一番いいのだが。
シオンの安寧を祈りながら、クロノはシオンの目と義眼を交換する準備を始めた。