まよなかのひとりあそび指先に、つぷっと針をさす。裁縫で使うというそれは朔次郎さんから貰ったものだ。何に使うかは……流石に言えなくて誤魔化したけど。
真夜中、可不可と添が部屋にいない隙を見計らって。
これはもはや日課と化したオレの『秘密』の時間だった。
皮膚の中に銀のはがねが入り込んでいく。肌を突き破って、そのまま奥へと。熱を持って広がる痛みと共に、指の先端から血のたまが泡のようにぷかりと浮かんでくる。鮮やかな赤色と、少し色の濃くなった肌色と、照明に反射してきらきら光る銀色。
その全てが、オレのまぶたの内側まで入り込んできて。頭の中が震えるみたいに痺れてじんとした。
……「きもちいい」って、多分こういう事なんだろうな。
知らないうちに息が弾んでいた。指先から赤い糸のような線が下に伸びていき、机の上にぽたりと垂れて点々と染みを作る。
その様子は何だか……薔薇の花びらが、散っていくみたいに見えて。
どくん、どくん。心臓の音が早まる。
この赤が、このあかいろが。
キバの───『練牙』の中にも、流れてるんだって。そう思ったら。
どんどん熱くなる身体を、止められそうになくて。
練牙は言ってた。オレたちはそっくりだって。
闇の中で薄汚れたままのオレと、光の中で太陽みたいに眩しい練牙。
はっきり言って正反対だし、オレは全然そうは思わないけど。まあ確かに顔だけなら似てる、のかもしれない。
でも、もし練牙の言うようにオレたちが似ていたとして。似てる部分があるとしたら。
顔が同じなら、この血だって……。
「れんが………れん、が…………」
考えれば考えるほど、下半身に熱が集まってきて。あらぬ所が反応して服を押し上げていた。それがあまりにも辛くて、もうズボンを脱いで思うがままに触りたい、って思ったけど。
でもここから出る白い液体は、ひどくきたないものだと思ったから。
綺麗な練牙を汚してしまうのだけは、嫌だったから。
奥歯を噛み締めつつ我慢して、指に刺さった針をそっと引き抜く。中から這い上がってくる鈍い痛みと同時に感じるのは、お酒を飲んだ時みたいに脳が麻痺して目の前が真っ白に染まる感覚。
ずきずき、ふわふわ、じくじく、ほわん。
痛みと気持ち良さがないまぜになって、静かな波のように押し寄せてくる。
いたいのに、きもちいい。
そのあまりの心地良さに、硬くなったオレの先っぽから白くにごった液体が滲み出そうになったけど。
唇をぐっと噛んで堪える。
───だめだ。オレのきたない欲で練牙を汚したくない。
心のどこかに穴が空いたみたいな、満たされない気持ちを抱えながら。ぼーっとした頭で、もやもやした視界の中で。
気付けば、赤く染まった人差し指をあむっと口に含んでいた。
てつのあじがする。
これも、きっと練牙と同じ味だと。一度思ったらもう止まらなかった。
じゅうっと指先を勢い良く吸って、小さな傷口に舌を入れるようにして必死に舐めた。
ぴりぴりして痛かったけど。でも金属みたいに冷たいのに生暖かいこの味は、練牙と、一緒なんだ。そう考えると心の中の空白が少しだけ埋まったような気がした。
……血の味なんて、たぶん皆一緒なのに。
でも顔が似てるなら、舌に広がるこの味も、温度も、いちばん似てたりするんじゃないかって。
オレの馬鹿な頭の中では、そうであってほしいなって。そんな希望が芽生えてしまったから。
オレは今日も、むなしいひとり遊びに身を焦がすのだった。
この行為から抜け出せなくなってしまったのは、いつからだっただろうか。
確か……あれはHAMAツアーズの社内で書類仕事をしている時の事だった。
何でもデジタル化が進んだ最近じゃ紙の資料を見かける事もずいぶん減っていたけど。でも可不可はウチでは企画書は紙で提出してもらうよって言ってて。オレも最初は疑問に思って何で今時紙なんだって尋ねた。そしたら可不可からは「紙が一番確実だからね。確かにかさ張るっていう欠点はあるけど。でも紙なら後からデータを改竄したりとか、そういう事もできないでしょ」と、そんな答えが返ってきた。
かいざん?っていうのはオレにはよく分かんなかったけど。
もし何かの拍子に外部にデータが漏れてしまう可能性を考えて、あえて紙にしているのだと。だからオレたちの事を信用してないとか、そういう訳ではないという事も、可不可はオレでも分かるように説明してくれたんだと思う。
……うん。何となく分かったような、分からないような。可不可には申し訳ねーけど。
とにかくそんな理由で今も紙がぺらぺらと舞っているオフィスで、オレはようやく完成した企画書を手に、少しだけ興奮していた。
それは主任の手も誰の手も借りずに、初めて自分だけで作り上げたものだったから。
クリアファイルからそれを慌ただしく取り出す。別に急ぐ必要は無いのに、その時のオレは早く可不可に見てもらいたいという、そんな気持ちでいっぱいだった。
すると突然、ぴりっと指先に痛みが走って。
不思議に思いながら、小さく熱を帯びたところを見やると。
人差し指に赤ペンで線を引いたみたいに、縦に伸びた赤色を見て。ああ何だ紙で切ったのかって。
最初はそれくらいの気持ちだったんだ。一応モデルのオレとしては怪我だけはしないようにっていつも気を付けてたから、血を見るのは久しぶりだったけど。ストリートにいた頃は、切り傷や擦り傷なんて日常……ちゃはんじ?だったし。
でも珍しくも何ともないはずのその赤から───何故か、目が離せなくて。
赤。あか。あざやかな赤。オレの体内でつくられたもの。でもこれは、オレだけのものじゃなくて。
きっと、練牙と……。
一度そう考えてしまったらもう駄目だった。その後可不可に企画書を提出して、ここをもう少しこうした方が良いとか、色々アドバイスを貰ったような気がするけど。まったく頭に入らなくて。全部右から左へ聞き流してしまった。
オレの中にいる『練牙』をもっと感じたいって。もうそれしか考えられなかった。我慢は、できそうもなくて。
でもモデルの仕事もあるし、流石に見える所に大きな傷を作る訳にはいかなかったから。
治ってしまった指の怪我を見つめながら……けれどもココなら、と思った。
この、指先だったら。
人から見える部分ではあるけど。もしバレたとしてもそもそも怪我しやすい箇所だし、そんなに怪しまれる事もないだろう。手のひらなら撮影でも見えないように隠しやすいし。
例えば。
針をひとさし、するくらいなら───
……そうだ。そんなきっかけとも呼べないような出来事を経て、オレの秘密の時間は始まったんだ。
人から流れる血を見るとびっくりする。痛そうだし大丈夫かって心配になる。
自分の身体に傷をつけるのだって、決して痛くない訳じゃない。でも昔から感覚が鈍い所のあったオレは、痛みもそこまで感じられなくて。
両耳を飾るピアスにそっと触れる。ぬるい肌の感触と、硬くつめたい金属の感触。
人差し指に針を突き刺した時とおんなじ手ざわりだ、と思った。
皮膚に穴があくと、じんわりと伝っていく痛みや血液と一緒に、練牙への思いがそこから溢れていくような気がして。
人から流れる血を見るとびっくりする。痛そうだし大丈夫かって心配になる。
でも、自分から流れる血を見ると興奮して───同時に酷く、安心する。
オレってやっぱり、ちょっとおかしいんだと思う。
時計の針がてっぺんを超えた深夜、今はオレしかいない三人部屋で。
手に握っているのはいつもと同じ針……ではなく。
刃先がきらりと青く光るカッターナイフ、だった。
一応言っておくけど。流石にその、コストカットじゃなくてえーと、リストカット?をするつもりは勿論ない。モデルの仕事に響くからっていうのは言うまでもないけど、そもそも手首切るとかすっげぇ痛そうだし。痛みには強い方とはいえ、いくらなんでもそこまでする勇気はない。
じゃあ、このカッターでどうするのかと聞かれたら。
ズボンだけ脱いで床に座り、ぱかっと両足を開く。……間抜けな格好だとは思うけど仕方ない。
内腿だったら、たぶん誰からも見えない場所だよな。撮影で脱ぐ事はあるけど事務所からえぬじー?が出ててオレは上半身しか脱がないし、風呂入る時はいつも腰にタオル巻いてるし。
今夜は可不可も添も帰らないって言ってたから、やるなら今しかない。
キリキリとカッターの刃が少しずつ出てくる音に、眩暈がしそうなほどの興奮を覚えながら。
早く、早く、早く。はやる気持ちを抑えつつ。
ゆっくりと刃先を内腿に押し当てた、その時。
ガチャッ。
突然ドアノブが回る音がして。驚きのあまりカッターを持っていた手に力がこもった。刃の先端がやわらかい腿にずぷ、と沈んでいく。
「っ!」
その痛みに一瞬息が詰まりそうな感じがしたけど。でも今はそれどころじゃなかった。
目の前の、開いた扉の先には───
黒い瞳を猫みたいに丸くした、添の姿があったから。
「て、ん………なんで」
どうしよう、どうしよう。
見られた、添に。見られてしまった。
こんなの、傍から見たらおかしい行為だって。それは流石に自覚してる。
気持ち悪いって思われたかな。
そう思って当然だよな、こんなの。
「…………あー、今日はおん……友だちのとこに泊まる予定だったんですけど、急にダメになっちゃって。てか練牙さんて、もしかして」
添はいつも笑ってるのに。上手く言えないけど、今の彼が浮かべているのは普段とは違う種類の笑顔のような気がした。
「……けっこー変態?」
すうっと目が細まって、口元は三日月のように弧を描いて。オレの頭のてっぺんからつま先までを、舐めるようにじいっと見つめて。
添のからかうような声の色と、面白がるような表情に。
ぶわっと全身の温度が急上昇していくのが分かった。
へ、へんたいって。
恥ずかしい。物凄く恥ずかしい、のに。
とろりと心の中に蜂蜜を流し込まれたみたいに。
甘ったるくて蕩けそうな、心地よい感覚が全身にひろがって……ってそうじゃないだろオレ!
「ち、ちがう!これはそういうのじゃなくて、練牙が───」
「『練牙』?」
「あっ」と思った時には、もう遅かった。
……結局、オレがこんな事をしている理由を全部話す事になって。
添は何も言わずにオレの話を聞いてくれた。こんなの笑われても気持ち悪がられてもおかしくないのに。やっぱり添は優しいな。ずっと無表情だったから、何を考えてるのかは全然分かんなかったけど。
「………本物の『練牙』さんと同じ味、ね」
ぽつりと。雨が降るように静かな添の声がオレの脳の内側まで濡らしていく。
その湿った空気が部屋中を満たしていくようで。何だか物凄くいたたまれない気持ちになった。添の反応が怖くて仕方ない。
「変だ」「おかしい」そう言われて当たり前のオレの秘密の行為。でも添には。添にだけは否定されたくないと思ってしまう自分がいた。そんなのオレの我儘でしかないけど。
だって添は、友だちだから。大事な友だちがオレの傍からいなくなってしまうのはもう、嫌で───
そんな絡まった思考の中に沈みそうになっていた時の事だった。
不意にぴちゃ、とオレの下から湿り気のある音が聞こえてきて。
一瞬、本当に雨が降ったのかと思った。オレの頭の中を濡らしていた雨が、この部屋にまで溢れてきちゃったのかなって。思わず馬鹿みたいな事を考えた。
でもそんな訳が無いから。おそるおそる、ゆっくりと目線を下げていくと……
オレの中途半端に開かれていた股に、やわらかそうな黒髪が埋まっていた。
添が、オレの内腿にできた傷を舐めているのだと。
黒くよどんだ脳内で。オレはようやく、そう理解した。
「てん……!?何して…………っ!!!」
「んー?……ちゅ……どんな味がすんのかなって、っ…………思って?」
ぐりぐりと舌先で傷のなかを抉られて。思い出したかのように痛みを訴え始めた傷口から、響くような刺激が全身に伝わってきた。
聞こえてくるのは、ぴちゃぴちゃと猫がミルクを舐めているかのような可愛らしい音だったけど。それとは全く正反対の疼きがオレを襲っていた。
添の熱い舌が、皮膚の内部の赤いところにずるっと入りこんできて。まるで蛇が中でのたうち回ってるみたいで。
痛い。すごく痛いはずなのに。
きもちいい。
「ん、…………う、ぁ…………」
ずっと握っていたカッターナイフが、小さな音を立てて手のひらから床に吸い込まれていった。
内腿から滴り落ちて固まり始めていた血の跡も、添はつーっと丁寧に舐めとっていく。
その微かな刺激にすら、ぴくんっと身体が反応して。
熟した果物のように真っ赤になって開かれたそこを、また添のいたずらな舌が這いまわった。血と唾液のまざったものが肌の上に滲み出てくる。垂れて流れていくそれを添はまた掬うように舐め取る。その、繰り返し。
「………ひっ、ぐ…………ぅ…………」
オレの口からは、うめくようなおかしな声が我慢できずに飛び出るばかりで。それが痛みのせいだけだったらまだ良かったんだけど。
でももう、痛いだけじゃなくて。別の感覚がオレの身体を支配してる事は明らかだった。
くちゅ。ぴちゃり。くちゅくちゅ。
こつこつと舌で傷口をノックされて。痛くて、でも気持ち良くて。眩暈がしそうだった。
目の前がぼんやりしてきて何も考えられない。でも添はそんなオレの事などお構いなしに、ついにはじゅるるっと音を立てながら傷のなかを吸ってきた。
オレの内から染み出す赤い液体を、根こそぎ奪い取るように。
「─────────っア!!!!」
オレの頭の中はもう、雨が降るどころじゃない。
嵐が巻き起こって、バケツをひっくり返したみたいな雨と一緒に、強風が全てをさらっていって。
そんなぐちゃぐちゃな脳内と同じように、オレの中心も張り詰めて限界を訴えていた。
最後の仕上げとばかりに、添がオレの傷跡にちゅっとひとつだけキスを落とす。
それだけでオレの先端から、白い液体とはまた違う粘ついたものが滲んでくるのを感じた。
添がオレの両足の間から頭を上げて、むくりと身体を起こす。視線が交わる。
添の黒い瞳は、いつの間にかぎらぎらと熱っぽい光を放っていた。猫みたいだったさっきと確かに同じ瞳なのに、今はライオンに見つめられているみたいで。少しだけ怖いと思った。
「………傷舐められて興奮するとか。やっぱり練牙さんって変態なんですねー」
ぺろっと唇を舐めながら、添は心底楽しそうににやりと笑った。
違うって反論したかったけど。でもあんな姿を見せた後じゃ全然説得力がなくて。赤くほてった顔を俯かせたまま黙っている事しかできなかった。
視線は下に向けたまま、それでも添の様子が気になって。
ちらりと彼の方を見やると、目に飛び込んできたのは思いもよらない光景だった。
「……え」
添の……勃ってる、よな。
表情はいつも通りだったけど。傍目から見ても分かるくらい服が、その、窮屈そうで。
もしかして添も、オレの傷舐めて興奮したとか……?
ぶわっと顔全体に血が集まっていくのが分かった。そうか。添も同じなんだ。
傷を舐めて、舐められて。
オレたちは、どうしようもなく高ぶっている。
視界が滲んでぼやけていく。体の中に溜まった熱をどうにかしたくて息を吐き出そうとするけど、それすら上手くいかなかった。
気付けばオレは、添の股間に顔を近づけて。
「え、………………は?練牙さん、ちょっと、」
目に見えて膨らんだその部分を───服の上から口に含んでいた。
「っ!」
一瞬だけ、添が息を詰めたような気がした。普段は、そんな驚いた姿を見る事はほとんど無いから何だか凄く新鮮で。
彼の穿いているグレーのスラックスの中心部分が、オレが舐めた事によって濃く色を変えている。それを見て更に興奮してる自分がいて。
もぐもぐと夢中になって口を動かす。布ごしに、彼のものがさっき以上に硬くなっているのが分かった。時折聞こえてくる添の控えめな吐息がオレの耳を濡らしていく。やっぱり添も気持ちいいんだ。
でも、この服……邪魔だな。もっとちゃんと触れたい。舐めたい。味わいたい。
もっと、もっと。
「れんがさん、」
急に髪を鷲掴まれて、ぐいっと顔が上を向く。引っ張られた髪の毛が痛かったけど、それよりも口の中を満たしていた存在が無くなってしまった事の方が辛くて。
なんでなんで、と不満な気持ちを込めて添を見つめると。
彼の灰色の瞳の奥に、チリチリと、小さな炎の種がくすぶっているのが見えた気がして。
お腹の底からよろこびが立ちのぼってくる。
……まだ、終わりじゃないんだ。
目線は絡まったまま、添はスラックスの留め具を外して下着ごとそのままずり下げた。
ぶるんっと大きく震えながら姿を見せた添の性器を見て、多分オレは目の前にご馳走を出された犬みたいな顔をしてたと思う。
もう辛くて、苦しくて。待てができないオレはそのご馳走に勢い良くむしゃぶりついた。
「ちゅ………ん、ぅ………ぁふ…………っ」
添の先っぽの、えらが張った部分に舌を入れるようにして舐め回す。
穴のところもほじくるようにして。裏スジもつつっと下から上へ舐め上げた。口の中に広がるしょっぱさと、鼻の奥に残るにおいは……たぶん汗のせいかな。
これが、添の味なんだ。
「く、…………ぅ」
悩ましげな声が聞こえてきて思わず見上げると、そこには辛そうに目を閉じて顔を歪めた添の姿があった。そんな表情を見るのは初めてだったから……オレももう、湧き上がる感情を抑えられなくて。
流石に全部は大きすぎて口に入らないから、先端だけをぱくっと飲み込んだ。つるりと丸みを帯びたところを舌で撫で回して。何となく、『前』にもストリートで同じ事をやった時を思い出しながら。といってもずいぶん昔の話だし、もうやり方はあんまり覚えてねーけど……。それでも歯だけは立てないようにして、必死になってもごもごと口を動かした。
「ぁむ、んァ、ちゅぱ、ン、は、」
オレの口内で、添のものが更に質量を増していく。舐めにくかったから片手で支えるように触れてみると、血管が浮き出てるのまで分かって。添の興奮がありありと伝わってくるのがどうしようもなく嬉しかった。
竿の部分は手で包んで上下に動かす事で刺激して、頭の部分はちろちろと舌を使ってねぶるようにして。
「、は、んん……ちゅ、ふぁ、ん…む………っ?」
わき目もふらず目の前のご馳走にかぶりついていると。ふいに添の手が、オレの髪をかき分けるようにそっと頭に添えられた。
彼の手から伝わる、そのあたたかい温度が。
練牙がやさしく頭を撫でてくれた、あの時と重なって。
どくんっと鼓動が大きく脈打つ。
だから、なのかな。
前から、添と練牙ってちょっと似てるような気がしてたんだ。どこが似てるのかって聞かれたら上手く答えられないけど……。雰囲気とか、ふいに見せるちょっと影のあるまなざしだとか、そういうところが。
練牙と似てるのはオレのはずなのに、何だかおかしな話だけど。
───だからこんなに……興奮して、安心するのかな。
そんな事を考えていると、ぐっとオレの性器もまた大きくなりそうになって。
あれだけ一生懸命動かしていた口と手も、いつの間にかおろそかになっていた。
すると優しかった添の手が、急にオレの顎をガッと掴んで。気付けばむりやり上を向かせられていた。
その拍子に舌を噛んで痛かったけど。でも添の表情を見て、オレは言葉を失った。
添は、わらっていた。
でも目は全然笑っていなかった。口元だけが優雅に曲線を描いていて。それはぞっとするほどうつくしい笑みだった。
「……なに、考えてるんですか?」
添の声からは、全く温度が感じられなくて。部屋の中は暖かいのに、まるで氷点下の吹雪の中にいるみたいだ。
あまりにも怖くて、元気になっていたオレのあそこもしゅん、と萎れていった。
何か答えなきゃ、と思うのに言葉が出てこない。
何か、何か……と思っているうちに、添が立ち上がった気配がした。
ぺたっと座り込んだままのオレは、ただ彼の様子を眺めている事しかできなくて。
すると突然、言葉を探して薄く開かれたままだったオレの口の中に。
添の、岩のように硬くなった性器が、打ち付けられて。
「ァ”っ!!?!!??」
にわかに口内に入り込んできたそれは、ほとんど暴力みたいなものだった。
喉の奥まで硬くて太い棒を無理矢理くわえさせられて。
何度も激しく出入りするそれに、がんがんと脳を揺さぶられて目が回った。
頬の内側が削れそうな勢いで、ごりごりと。
熱い鉄のかたまりが、中で暴れている。
「んぐっ!!!!!む、んぅ、ん”」
苦しくて、息もできなくて。
助けを求めるように添の足をぺしぺしと叩く。それでも彼の腰の動きは止まらなかった。
口のなかでのたうち回る凶悪なものに、オレはうめき声をあげる事しかできなくて。
目のうちが、白くにごっていく。
意識が、だんだん、もうろうとしてくる。
───くるしい、くるしい、きもちいい。くるしい、くるしい、くるしい、でも……きもちいい。
「ぅう、ぁ”ン、ふぁ………むぐ……ん、ぅ」
ぴかぴか、ぴかぴか。
めのまえで、ほしが、またたきはじめて。
はいってくる。
のどのおくまで、てんのものが、はいっちゃいけないところにまで……
はいって、くる。
「ん”─────────ッッッッ!!!!!!!!」
のどおくに、てんが、たたきつけるように。
たくさんのせーえきを、はきだした。
ごっくんと。おれは、それを、いってきのこらず、のみこんだ。
「…………う、」
部屋の明かりがまぶしい。そのつくられた光は目に痛くて、実を言うとあんまり得意じゃない。
窓側に顔を向けて何度も瞬きをしていると、少しずつ目が慣れてくる。頭の中にかかっていたモヤも徐々に晴れてきて、何となく自分の状況が分かってきた。
……そうか。オレ、気を失ってたんだ。
ゆるりと身体を起こして辺りを見回す。添の姿はどこにも見当たらなくて、ほっとして思わず大きく息を吐き出した。
だって、どんな顔をして話せばいいのか、わからないし。
未だに口の奥に残る苦いようなしょっぱいような味は、添の───
湯気が出そうなくらい顔中がかーっと熱くなって。あまりにも恥ずかしくてその場に転げ回りたくなったけど何とか堪える。
勢いで、ついあんな事しちゃったけど。
添、怒ってたよな。
やっぱりオレが急に、その……咥えたりしたからかな。
普通は友だち同士であんな事しないだろうし。
添もオレと、おんなじなんだと思ってたけど。
でも流石にあんな事されたら嫌に決まってる、よな。
どうしよう。
添に……嫌われちゃったかもしれない。
鼻の奥がつんとして、じわりと涙が滲みそうになる。
悲しみに押し流されそうになりながら。両膝を抱えて座り込んだまま、背中を丸めて顔を埋めると。ふと、さっき添が舐めていた内腿の傷が目に入ってきて。
オレは無意識にその傷に触れていた。すっかり血も止まっていたそこに人差し指をぐっと押し付ける。再び傷がひらいて、肌の上にまた血が染み出してきた。
指先に付いた赤は、照明の光を浴びててらてらとつやめいていて。
鮮やかな色に吸い込まれるように、舌先でつつくようにしてそれを舐め取った。いつもの味がする。きっと練牙と一番近い鉄の味。
けれども今のこの傷は、さっきまで添が舐めていたところでもある。
添の唾液と、練牙のものでもあるはずの血が、オレの皮膚の中で混ざり合って───
「……………へへ」
知らず笑みが零れていた。指の股を伝って赤い線が手のひらへと流れ落ちていく様子を、うっとりと見つめながら。ふたりがオレにくれたものも、心の中に滴り落ちてくるようで。
……ここにはいま、ふたりのともだちがいる。
オレは、ひとりじゃない。
練牙。オレの一番の親友。彼のためなら、オレは何だってできる。
添。練牙以外で初めてできた、とってもやさしい、オレの友だち。
二人とも、オレにとって大切な人だ。もちろん、西園家の人たちやHAMAツアーズの皆も。
練牙が帰ってくるまでの期限つきではあるけど……それでもオレは、添とこれからも仲良くしたい。
明日、ちゃんと謝ろう。添は優しいから、きっと話を聞いてくれるはず。
仲直りができたらもっと友情も深まるものだって、この前読んだ本にも書いてあったしな。ケンカするほど仲が良いってやつだ。このことわざだけは不思議とちゃんと覚えられたんだよな。
練牙とはケンカした事ないから分かんねーけど……友だちって、多分そういうものだろ?
オレがそう決意を固めたところで、疲れていたのかまぶたがだんだん重くなってきて。
ベッドに行かなきゃ、とは思ったけど全く身体が動かなくて。さっきと同じように床の上に仰向けになって、眩しい照明を避けるように天井を見つめて。
気付けばオレはまた、気を失うように眠りの中に沈んでいた。
――――――
オレはとにかくイラついていた。ポケットの中を探ると、皺くちゃになったパッケージの中に煙草が一本。まぁ、一本でも残ってて良かったと思うべきか。
百円ライターで煙草に火をつけて咥える。すぅ、と吸い込んだ煙が肺の中で循環して。いつもならこれで多少は頭がスッキリするのに。今は鉛みたいに重いままだった。
……あんな馬鹿犬に心乱されてるとかマジかよ。全然笑えないんだけど。
しかもあの犬は、オレの事なんか眼中に無い訳で。
さっきだって。オレのを咥えてあんなに気持ち良さそうにしてたくせに、急にその目が違う所を見始めて。
まあ、誰の事を思い浮かべていたのかは大体想像できる。というか一人しかいないだろう。……本物と同じ味とか。血なんて誰の舐めても鉄の味がするだけだろ。頭沸いてんのか?
最初は変態行為に勤しんでるあいつが面白くて、ちょっと揶揄ってやるだけのつもりだったのに。何故、こうなってしまったのか。
しかもあの感じ、フェラすんのも初めてじゃなさそうだったし。服の上から急に舐めてきた時は流石に驚いたけど。ま、初体験じゃないなら男のモンしゃぶるのに一切迷いが無かったのにも説明がつく。
あんな穢れなんて全く知りませんみたいなお綺麗な顔しといて、おクチの方は処女じゃなかった訳ね。てかあの調子じゃ後ろも掘られてんじゃないの?別にどうでもいいけどさ。
あー、マジでだる。
吐き出した煙と共に、この臓腑に燻る靄みたいな感情も全部、体内から出ていって無かった事にならないかな、なんて。
「はー…………」
───そんな風に考えてる時点でオレはもう、多分手遅れだ。
「………………あーあ。」