トリュフポテトチップス「月島さん、好きです!付き合ってください!」
「いや、もう付き合ってるし。なんならハグもキスもセックスもして、両家顔合わせ済ませてパートナーシップ宣誓して同居中ですけど。あとこれ、僕から」
帰って早々、玄関で山口から綺麗な包装紙に包まれたチョコレートを差し出された。変な告白付きで。いつにも増して変な山口は、素っ気なく渡されたショッパーを両手に持ち「うおーっ!」と声をあげて嬉しそうにしている。
「うるさい、山口。ここ玄関だし近所迷惑」
「ごめんツッキー!まさかツッキーからもらえるとは思ってなくて!」
「ああ、確かに。いつも三月にお返ししてるから」
「そうそうー!やっぱ当日、好きな人に貰えると嬉しいんだなー!」
付き合ってから山口は毎年バレンタインにチョコレートをくれるので、今年も貰えるだろうと踏んでいた。大抵二月に入るとテレビのバレンタインデー特集を真剣に眺めていたり、デパートの特設会場で開催されるバレンタインフェアの広告を読み込んでいたりすることが増え、特に隠すこともなく僕に渡すチョコレートの選定を始める。
僕は甘いものが好きな方なのでいつもそれをありがたく受け取り、ホワイトデーには山口の好きな和風創作居酒屋へ連れて行くのが例年通りの流れだった。
「でもそれ、チョコじゃないよ」
「え?あ!本当だ!トリュフポテトチップス!?」
「そう、そっちの方が好きかと思って」
「美味しそう!ありがとうツッキー!」
「どういたしまして。というか、こちらこそありがと……毎年」
それを見つけたのは偶然だった。
明日は土曜日で珍しく仕事も練習もなく、久しぶりに山口と休みが被っている。早起きして散歩がてら近所のベーカリーにパンを買いに行こうか、そしたらサラダも付けたいかも、せっかくだしチーズとサラミも買って帰ろう。などと来る週末に思いを馳せデパートを巡っていたところ、エスカレーター脇にあるバレンタインフェアの広告が目に入った。
山口は甘いものより塩っ気のあるものが好きだから、今年もわざわざチョコレートは準備しなくていいかと素通りしようとしたが、『甘いものが苦手な人も楽しめるバレンタイン!』と様々な種類のポテトチップスが紹介されているのが気になった。
結局地下で目当てのものを買い揃えたあと、バレンタインフェアが開催されている六階まで上がった。ちらほらと完売の張り紙が貼られているところもあり、少し急ぎ足で人混みをかき分ける。ポテトチップスが売ってあるブースに辿り着くと、商品はひと通り揃っていたままだったのでほっと胸を撫で下ろした。
多岐にわたるラインナップを前に少し悩んだが、僕が山口にプレゼントをしたとき喜ばれなかったことはまずない。つまり何を選んでも大正解になる。一旦ここは世間様の人気に従うかと、人気ナンバーワンのポップが付けられているトリュフポテトチップスを選んだ。
「すげーうまい!なんか……いろんな味がする!」
「いろんな味って何?」
「塩とかトリュフとかポテトとか!」
「まあ、そうだろうね。トリュフポテトチップスだし」
「いつも食べてるやつとは比べ物にならないくらい美味しいよ!」
「そう、よかった。お前が買ってきてくれたやつも美味しい」
「本当!?会社でもリサーチした甲斐がありました」
「ふーん。このチョコサブレ、コヤマ女性社員のお墨付きなんだ」
「えっ!?いや、まあ……はい……そうです」
「僕、何も言ってないんだけど」
夕食を食べたあと、紅茶を淹れてお互い買ってきたものを開けた。予想通り山口は、僕が選んだトリュフポテトチップスを拙い食レポで大絶賛した。勢いでバレンタイン情報の入手ルートまで明かした山口は、墓穴を掘ったと言わんばかりに黙りこくっている。
ずいぶん年季の入った仲だしどう考えてもこいつが一番好きなのは僕だから、ほかの誰と交流しようが気にしないのに少しつつくと律儀に動揺するのが可愛い。虐めたいわけではないので「恋人も喜んでましたって伝えといて」と付け足す。途端に表情を緩ませて「うん!」と子どものように返事する山口はやっぱり可愛かった。
「ところで、なんで急に告白してきたの?」
「ああー、なんか今日見ちゃったんだよ。一年目の子が告白するとこ」
「え?会社で?」
「そう!情熱的だった」
「ハァ……いい迷惑じゃん」
「まあ、そういえばそうなんだけど、うち結構社内恋愛多いから」
「ああ、納得。活気に溢れてそうだしね」
「そう、それ聞いてたら俺もツッキーに好きって言いたい!ってなってきて、つい……」
「僕には理解できない理屈だけど、了解」
「へへ、成功してよかったなー!後輩はどうなったんだろ」
その後輩とやらは一世一代の告白だった可能性もあるのに、成功率百パーセントの相手で真似してみるなんて呑気なやつだ。この僕と長年一緒にいるだけあって、山口は案外図太い。
ローテーブルの上に置かれたままの空になったトリュフポテトチップスの小分け袋を、手慰みに畳みながら山口は続けた。
「なんか俺、もうこっち側来たんだなって思ったよ」
「こっち側?」
「昔嶋田さん達がさ、西谷さんと東峰さんのやりとり見て、青春良いね〜っ!とか騒いでたじゃん。覚えてる?」
「あったね、薄っすらだけど記憶ある。影山もついでにイジられてたやつ」
「イジってはないよ!熱量に圧倒された!眩しいなあ!ってだけで!」
「フン、それはどうだか」
「とにかく、若い子の情熱を見守る側の立場になったんだなってこと」
机の上で忙しなく動き回っていた手が僕の手に重ねられる。手のひら同士を合わせ、指を折って柔く握り返す。山口がほとんど吐息のような声で「いい?」と呟いたので、僕は頷いた。
するりと解かれた山口の手は慣れた動きで、しかし丁寧に僕の眼鏡を外した。ノーズパッドの跡が付いているであろう箇所にキスされる。いひひ、といたずらが成功したみたいに笑った山口は眼鏡をローテーブルに置き、僕の太腿の上に向き合う形でまたがった。
「ねえ、見守るだけじゃなくて、まだ枯れてないってとこ見せてもらわなきゃ」
「よし!任せろツッキー!」
会社で告白するほど無鉄砲な若人の情熱は、山口にも伝染したらしい。そういえば最近ご無沙汰だった。もとよりそのつもりだったけど、相手も乗り気でいてくれるよりありがたいことはない。
思いがけない幸運に、柄にもなく山口の後輩の恋愛成就を願った。というか、こいつの職場環境がくだらないことで悪化したら困るし。