「ア〜〜!何も見つからない!!」
盛大な悲鳴がトパーズの私室に響き渡った。いつも綺麗に整えている髪をクッシャクシャにして後ろに倒れ込むと、相棒のカブが心配そうに鳴く。
そして、もう一人。トパーズの同僚のアベンチュリンは、いつもの笑みを忘れて虚無の顔をしながらキーボードを叩いている。二人の間に挟まれるのは大量の──それもバッテンがつきまくったメモと2台のパソコン、エナドリの空き缶。
華々しい高級幹部なんかいない。これが悲しき現実だった。
とはいえ今回は特殊な案件で、スターピースカンパニーのお仕事とは関係ない案件である。
「ジェイドに一体何なら贈れると思う?」
「星一つとか?」
アベンチュリンがそう返すと、乾いた笑い声と共に「もう持ってそう」とトパーズが言う。分かる。アベンチュリンは回らない頭で同意した。
平均Ꮲ44.5の超優秀な二人を悩ませているのは、これまた同僚であるジェイドへの贈り物だった。
アベンチュリンはジェイドに拾われたようなものだし、トパーズもジェイドによって推薦された身。二人ともジェイドには切っても切り離せない縁と恩がある。そこで律儀な二人は毎年贈り物──それもジェイドにとって新鮮だと思われるものを贈っていたのだが、ここで問題が発生した。
贈るもののネタ切れである。
ターゲットのジェイドは二人よりも石心歴が長く、その上趣味で『ポーンショップヒスイ』まで経営している。つまるところ、高価なものなんて山ほど見てきているということだ。
いつもは二人は別々にプレゼントを選んでいたのだが、もう何も思いつかないし、今回は二週間後を逃せばジェイドは長期の出張(目的地もわからない!)に行ってしまうという。そこで、共同戦線に出たというわけだ。二人と一匹寄ればナントヤラである。
しかし、冒頭のように出てきた結果は文珠の知恵ではなく大惨事で、良さそうなものを見つけては没の繰り返しだった。嗚呼、生産性が無さ過ぎて泣きそう。
「このままじゃ埒が明かないわね」
「そうだね」
「誰か助っ人を呼ぼうかな」
「そうだね」
パソコンから手を離し、スマホの連絡帳を探るトパーズ。ウン千件の膨大な量をさらっていく。
「秘密を守れる人…アベンチュリン、誰か知ってる?」
「そうだね」
「……アベンチュリン?」
「そうだね」
不審に思ってアベンチュリンを覗き込むと、もうダメな顔──具体的には虚ろな目と青白い顔──をしている。大変、もう言葉をこねくり回す余裕もないらしい。虚無の使令の方が何倍も生気ある顔ではないか。ちなみにアベンチュリンは出張帰りであった。
アベンチュリンが落ちてしまったので、今日はお開きということになった。
「あの様子、ちゃんと帰ることができたんだか…」
危うく虚無に落ちかけたところを「落ちるなら虚無より地獄でしょ!!」とトパーズに叩き起こされ、ヒラヒラと手を振りフラフラと帰っていったアベンチュリン。同じく疲れているトパーズですら心配する様子だったが、アベンチュリンのことだ。最悪の場合お金でなんとかするだろう。
そうトパーズは思い、チャットに「一応生存報告しといてね」と送って、力尽きて、ぶっ倒れた。ちなみにトパーズは連日の会議明けであった。
プレゼント予定日まで、あと二週間。
数日後。再び集った二人は前回とは違い、トパーズの部屋ではなくカンパニーの会議室に来ていた。更に詳細に言うなら、この会議室で二人揃って正座をしていた。泣く子も黙る戦略的投資部を足元に敷いているのは、
「大馬鹿者、人を喜ばせようとして自分の健康を害するなど」
博識学会のかの有名な教授、Dr.レイシオである。メチャクチャ呆れているしメチャクチャ怒っている。目の前の二人を愚鈍認定したのかいつもの石膏像で完全武装という徹底ぶりだ。彼は自己管理のできない傲慢なバカアホマヌケが何より嫌いであった。
そもそもレイシオは招かれたわけではない。
今日は博識学会とカンパニーの会議があり、その前に早めに会議室へ行き、別件の仕事を済ませようとしただけであった。空き情報を確認したところ空室になっていたのでやって来ていた。
そんなレイシオだったが、ドアを開いた瞬間の地獄オブ地獄、阿鼻地獄の深淵の煮凝りのような状態には仰天。思わず言い訳しようとしたギャンブラーの眉間にチョーク〜冷えピタを添えて〜を撃ち込んでしまった。
ちなみにレイシオ先生のチョークはメチャクチャハチャメチャに痛いだけで他に健康に害はない。ちょっと脳を揺らされたら昏倒しそうなアベンチュリンが無事に正座しているのも、レイシオ先生の知識と技術の賜物。ただし白目は剥く。
「アッそういえば教授。教授なら何か良いもの知ってそう。何かない?」
「まだ言うのか、この状況で」
最年少で石心入りを果たしたトパーズは図太かった。マジの文珠の知恵が来てくれたのなら利用しない手はない。
「アー確かに教授、美容に気を遣ってそ〜」
「ね?教授、ありがたいワンポイントアドバイスはない?」
昏倒させて寝かしつけてやろうか、とレイシオは真面目に考えたが、恐らくこの愚鈍は何か案を出さないと梃子でも動かないだろう。なんたってトパーズはもう床をヒビが入る勢いで踏みしめている。絶対動かされない、という熱い気概を感じた。
教授は本当に渋々、嫌々、眉間にツァラトゥストラサパーライスカンドラ山のような皺を寄せながら、愚鈍に付き合った。ちなみにツァラトゥストラサパーライスカンドラ山はヤリーロⅥの最高峰である。
「いやー、教授、すごいね」
「あとで買お……この化粧水……」
教授の美容プレゼンはとにかくすごかった。原材料からの考察、値段との兼ね合い、プレゼントとしての華やかさを考慮し、ついでにトパーズの肌タイプ診断もした。
それでもだいぶ没になってしまったが、とうとう、とある美容クリームだけは没にならなかったのだ!
「やったー!!ねえ見てカブ!私達とうとう見つけた!!」
「アハハ!!博識学会に一億信用ポイント入金しようかな!!」
ウン時間の悩みの種から解放された二人の様子はおかしかった。トパーズはカブを胴上げしては吸い、アベンチュリンは高らかに笑いながら送金ボタンを連打しかけて止められる。ワハハ!!笑いが止まらない。あとはこのよく分からないけど教授お墨付きの美容クリームをネットショッピングでポチるだけ──
『本商品は本店実店舗限定です』
ズコーッ。ものの見事にキーボードを滑っていった指は「あっsっfghjkl」と意味のない文字列を並べた。
「つまり買いに行けということだ、この辺境の星にな」
画面を覗き込んだレイシオが冷静にコメントする。その向こうでアベンチュリンは財布を取って立ち上がった。何かしらの覚悟をキメちゃったようで、綺麗な色合いの目はもう爛々と輝いている。まるでいつぞやの開拓クエストのようであった。
「バカ」
今度ばかりは優しいレイシオ教授も容赦なかった。一体どこから取り出したのか、いつものチョークは完璧な直線を描いてアベンチュリンの脳をバコン!と華麗に揺らした。床に沈む金髪の頭。規則正しい呼吸音が聞こえるので無事っちゃ無事なんだろう。
それはそうとして普通に痛そうだったのでトパーズは頭を守った。カブは隅で震えた。
「じゃあ私も帰ろうかな……」
「そうしておくといい」
本当は部屋に戻って仕事するつもりだったのだけど、そんなことをした日には星を超えてチョークが飛んできそうだから観念した。トパーズは賢い子だからちゃんとヤンチャする相手は選ぶのだ。
色々あって更に一週間後。プレゼント予定日ギリギリのこの日に、二人は人材奨励部を強請り──もとい人材奨励部におねだりして、移動手段やら手続きやらを全部ぶっ飛ばして目的のブツを手に入れに来ていた。
「世界一有意義な職権濫用だったね」
「変な理屈捏ねて遊ぶのが好きなんだから、書類で折り紙させてあげるのが一番いいのよ」
高速宇宙船から降り立ち、目的の星で私服のトパーズは伸びをする。ピノコニーや仙舟に比べれば規模は小さいが、充分発展した星のようだ。
続いてアベンチュリンも降りてきて、2人は順調に歩を進める。大通りに出れば人通りもかなり多い。変装として観光客っぽい格好をしてきたのだが、ちょうど良かったようだ。
しかし、この星でも超辺境にある目的の店はまだまだ遠い。トパーズはギラギラ照る太陽を見上げため息を漏らし、アベンチュリンは静かにタクシーを呼んだ。