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    ユキモモ♀のまるっと1章

    #にょモモ
    femalePeach

    ユキモモ♀ ①憂鬱なラッキーピーチコンポート

    1

    オレは割と、怖いもの知らずと評されることが多い。
    確かに、一般的に「怖い」と言われるものは、オレにとってそんなに怖くはない。例えばどんなバラエティ番組のでもアイドルのイメージを損なうものだって面白ければOK!と思って引き受ける。大抵のガラの悪いお兄さんたちとはコミュニケーションでなんとかする自信があるし(それは体を張ったコミュニケーションであってもだ)、虫や生き物だって怯える対象ではないし、心霊現象だとか幽霊とだって昔住んでたボロアパートでは仲良くやっていた。
    もしひとつだけオレに「怖いもの」があるとしたら、を考えてみる。すると、ひとつの光景が見えてくる。
    明るい秋の静かな午後。晴れやかな光が指す庭を携えた教会に入ると、世にも美しい花婿が立っている。純白のタキシードで正装を着こなした殿上人のような彼はオレに振り返ってひとつ、覚悟をするみたいに息を吸う。そして一言、とろけるような笑顔でオレに言葉をつける。「モモ、今までありがとう」そうして、世界一美しい花婿は、世界一幸せな花嫁をさらに幸せにしようと、客席にオレを残して赤い絨毯をひとり進むのだ。
    そこまで妄想して、オレは身震いをした。それは、本当はこの世で一番幸せな光景のはずだ。けれどオレは、その場面を見ることを恐れている。自分が、世界一寂しい人間になることを。

     *

    病院って少し苦手だ。超健康だから基本的に年イチの健康診断でしか訪れないし、定期的に訪れるときは人生において中々に辛い、心が蝕まれるタイミングばかりだった。そのいちは、サッカーの選手生命を絶たれるほどの大怪我のとき。そのに、五周年ライブの前に声が出なくなったとき。今回は、そのさんになりませんように、と結果待ちの待合室で、ぼんやり思う。付添に来ていたおかりんは電話をしに席を外しているし、部屋には患者どころかスタッフひとりいない。急患で訪れた深夜の病院はシンとしていて、少し心細くなった。
    気を紛らわせたくてソファの横に置いてある雑誌に手を伸ばすと、嫌でも自分の手のひらと腕が目に入る。それでさらに少しだけ心が不安定になる。細くて、やわらかそうな華奢な腕と手だ。それ以上見たくなくて、ラックから手を引っ込める。
    待ちぼうけでていると、奥の裏口の方から、バタバタと音が聞こえた。2人分の足音が、こちらに向かってくる。
    「モモ……ッ!」
    「ちょっと!千くん!静かに!」
    ユキが(彼なりの)全速力と渾身の声で俺を呼びながら走ってきた。後ろでおかりんがささやき声で止めている。夜の病院だから気を使ってのことだろうけれど、おかりんの小声も響く程静まり返っているから逆効果だ。二人とも後で怒られそう。
    ソファまでやってくると息を整えながら、ユキは驚いた表情をした。オレを二度くらいまじまじと見る。

    「え?瑠璃さん?髪切った?」
    「あぁ?」
    「あ、モモだ、声低っ。あ、うそだよ。えーっと、大丈夫?心配した。どこも痛くない?具合は?」
    「う、うん……」
    ユキが確認するみたいにオレの腕を掴んで、体を点検するみたいに色々な場所をさわる。ちょっと、今は、ものすっごく、気まずい。ユキに極力触れられたくないし、近づきたくなかった。
    「怪我してないか?」
    「ゆ、ゆき……大丈夫だから……」
    「うん」
    「やめて……」
    「うん」
    「あの……恥ずかしいから……」
    「うん」
    「やめってってば!」
    「は?恥ずかしがってる場合じゃないだろ?こんなことになってるんだ」
    こんなこと。そう、大それたことだ。
    オレの体は、女になっている。

    世の中の飲み会には楽しい飲み会と、まあちょいギリ楽しいかな〜?っていう飲み会の二種類がある。今夜は後者だった。友達の芸人のその知り合いが主催する雑多なメンツの飲み会で、テレビ局関係者、芸能関係者、芸人、俳優、アイドル、インフルエンサー……芸能界の毒を煮詰めたようなメンバーが、これまた怪しい内側に錠がデカデカと着いているタイプのクラブを貸し切って集まっていた。オレは知り合いだけに声をかけて早々と退場しようと決めていた。
    けど、隅っこの方で困っている子が目に入った。新しくデビューしたばかりのアイドルの子で、マネージャーに無理やり連れて来られたみたいだった。他の事務所のディレクターに絡まれて、酒を強要されている。
    別に、特別なことじゃない。オレがすることはとても自然で、困っている人達がいればその場をスムーズにできればいいな、くらいの気持ちだ。だからその子が無理やり勧められていたカクテルをさり気なく自分のオレンジジュースと入れ替えるくらい、特別でもなんでもない。
    それを一口飲んで、ディレクターに「Re:valeとも仲良くしてよねっ」て愛想を振りまいてからその場を辞した。体が熱いな〜さっきのカクテル、睡眠薬入ってたのかにゃ?って気づいたのはクラブを出たところで、その後すぐに意識が朦朧とした。もっとやばい何かだったのかもしれない。力を振り絞っておかりんに電話をして、急いで車を出してもらって病院に駆け込んだ。すると、車の中でどんどん体が変化していった。ハスキーな自分の声がだんだん高くなってくし、体も縮んで華奢になっていく。その体験は中々ホラーで、深夜の急患を受け入れている病院につく頃には完全に女になっていた。その異次元な状況に反して診察はスムーズで、お医者さんはテレビで見慣れてるだろうオレが女になっていることに特段驚きもせず、淡々と診てくれた。

    経緯を順を追って話すたびに、ユキの表情はどんどんこわばっていった。こんなに表情が豊かなイケメンって中々いないよね、よその人はあまり差分を読み取ってくれないけど。って、別のことに意識をそらす。でないと、ユキとおかりんに怒られる未来しか見えないから、ちょっとした現実逃避だ。
    「…………モモ」
    呆れられたって声でユキは息をついた。
    「悪かったなあ、と思うよ。でも、ユキに迷惑かけるつもりはなかったんだよ。結果迷惑かけちゃったけど……」
    「違う、そういうこと言ってるんじゃない。危ないめに合うな。もうその飲み会、出禁」
    「そうですよ、モモくん。内側に南京錠がついたクラブには行っちゃだめ」
    「はあ!?そんな怪しいところに出入りしてたのか!?もう飲み会自体禁止」
    「それは無茶だよ!」
    叱られるのは分かってた。だから、おかりんだけに連絡したのに。おかりんは裏切り者だからオレが血液やら唾液やらの検査をしている間、ユキに連絡をしてしまった。しかも最悪なことにユキは夜も深い時間なのに電話に出た。明日は雷か大雨かもしれない、くらいの異常事態だ。しかもわざわざ寝巻きから着替えて車でここまでやって来るなんて、天変地異の前触れかと思うほどだった。オレとしてはそれが最悪の天変地異だ。ユキに迷惑かけるつもりはなかったのに……。
    言い合いに近いお説教を受けていると、「春原さん」と診察してくれた先生がやってきた。診察室へ促されることもなく待合室でそのまま、先生はあっけらかんと「すぐ治るよ」と言った。
    「血液検査の結果は明日だけど、今日はもう帰って大丈夫ですよ。口径検査で出た簡易結果は案の定ホルモンをいじる薬でした。その薬、最近流行ってるんですよ。体に害はないけど気軽に性転換して遊べるからって社交場で乱用されてるみたいで、警察も困ってるんだって。春原さんも運が悪かったのかもね。でも、三日もすれば自然と治るから、様子見てくださいね。念の為、経過みたいので明日もう一度来てください」
    拍子抜けだった。こんなに体が変わってるのに?三日で戻るなんて信じられなかった。しかもこんなやばい薬が流行ってるって、大丈夫?
    ユキとおかりんはホッとした表情を見せて、帰り支度をしている。先生も当直室に戻ってしまい、警備のスタッフに裏口へ案内される。本当に、あっさり帰されてしまった。

    おかりんは社用車を事務所に置いてから帰るそうで、そっちに乗せてもらおうとすると、二人にものすごい形相をされた。
    「帰りはユキくんになんとかしてもらってください。モモくんはしっかり反省して、明日の病院までに仲直りしてくださいね!スケジュールは影響ないのを優先して調整しておきます」
    ではお疲れ様でした!と颯爽とおかりんは病院を後にした。思いの外クールだ。モモちゃん、ちょっとショック。
    隣に立っているユキの様子を伺うと、まだまだ全然不機嫌そうだった。こちらを見ようともしないで「ホラ、帰るぞ」とぶっきらぼうな仕草で車に促される。
    「あっちの駐車場に停めたから」
    「う、うん……」
    「帰ったらお説教の続きをするからな」
    「えっオレんち帰るよ?」
    「帰らせるわけないだろ。これ以上変なことさせないからな、夜通し見張ってやる」
    すぐ寝ちゃうじゃん!って突っ込んだら怒られるんだろうなあ。おかりんからも「ユキくんからしっかりお説教受けてください」て釘を差された。けれど、このままの体と気持ちでユキの家に帰るのは落ち着かなかった。今までと違う体ってものすごい違和感を感じるのだ。小さく華奢なったお陰で洋服も隙間からスースーし、思い通りの位置に手足が伸びない。混乱する状況で、ちょっと一人で落ち着いて、気持ちの整理をしたいし仕事の対応も考えたい。もちろん、ユキに対しての態度だって今まだ決めかねている。だって、体が女なんだよ!?
    まごまごしていたら、有無を言わせない態度で病棟から離れた駐車場まで連れられて車に押し込まれた。入院する人しか近くの駐車場に停められなかったらしい。こんな面倒くさい距離をユキが走って息を切らして駆けつけてくれたことに、胸が苦しくなる。嬉しい。けど、迷惑をかけたいわけじゃない。
    「あ、あの……ユキ、ありがとう」
    「別に」
    運転席に向かって声をかけても、ユキは顔も合わせようともせずに頑なだった。それ以上掛ける言葉が見つからない。そもそも、無茶をしたのはオレだし、だからこそユキには大丈夫って言いたいのに。
    「……なんで僕にすぐ連絡しなかった?」
    イライラした言い方だったけれど、優しい言葉だった。確かに、すぐに呼んだのはおかりんだったし、それは合理的な判断だったと我ながら良い采配だった思う。思うけど、この人もしかして、自分がすぐに呼ばれなかったことに対して怒ってる?
    「え。ユキ、もしかして、拗ねてる?」
    「へえ、僕は怒ってるのに拗ねてるように見えるのか。残念、違うよ。めちゃくちゃに怒ってます」
    「怒ってますってそんなアピールする必要なくない〜?」
    「怒ってます。もう良いから、さっさと帰ろう。眠いし、お説教も足りない」
    眠気が隠しきれてない言い方で可愛かった。ユキと一緒にいれたら良いな、とも思うけど、でも体が慣れてなくて、感覚の違和感がすごい。肌に触れる洋服の感覚がいつもと違うのだ。
    「う……でも、オレ、買い物したい……」
    「コンビニ寄る?」
    「あるかわかんない……。ブラとパンツ、欲しい……。なんか動くと揺れるし、ちょっと居座りが悪いっていうか……」

    パッパーッ
    ユキが盛大に頭をハンドルにぶつけた。その反動で大きなクラクションが無人の駐車場に響き渡る。
    「ちょ!ユキっ!深夜!」
    「あ……はい。……うん」
    何事もなかったような顔でユキは冷静に「この時間で開いてる服屋ってさすがにないよね」て車を発進させた。公道へ出て、車は明確に、ユキんちの方向に向かっている。
    「うう〜……じゃあ姉ちゃんちに服借りに行くから、一旦モモちゃんちに返して……」
    「なら、明日朝イチで服買いに行けばいいじゃない。姉弟だからって下着をシェアするのは浮気。今日は僕のパジャマで我慢しな」
    「……はい」
    「素直でよろしい」
    深夜の道は空いていて、スルスルと車は進む。しばらく無言のままで運転してたユキが、ぽつりと言った。
    「それに、体調だって心配だ。いくら先生が大丈夫って言ったて、急に具合が悪くなることもあるだろ。誰かそばにいないとだし、それなら誰かじゃなくて僕がいるべきだろ」
    「……ん、ありがとう」
    「別に、当たり前だろ。恋人なんだから」

    満足そうにうなずかれた。
    そう、オレたちは、恋人なのだ。三日前から。

     *

    ユキと付き合い始めたことは、今でも事故なんじゃないか、と思っている。多分、そうだ。
    その日は奇跡的に何もかもがうまく行った日だった。まさにラッキーデー!
    まずは、朝のニュース番組を流し見したら星座占いのコーナーでさそり座が一位だった。『さそり座のあなた!今日はラッキーディでハッピーな一日になるでしょう。仕事も恋愛も絶好調!こんな時こそ攻めの姿勢で挑んでみて。意中の相手も振り向いてくれるかも♡』と元気な声で占いが読み上げられた。(友達のある芸人がワイプで抜かれて「俺十二位やん!」とつっこんでいたから、オレ一位だよって自慢のラビチャをしておいた)普段はこんな些細な占いなんてあまり真に受けないけれど、良いことを言われたらちょっとは信じちゃおうかな、って期待してワクワクした。楽しいことなら積極的に信じていきたいしね!逆に12位だったら無視をする。ちなみに12月24日生まれの人の聖座であるやぎ座は、良くも悪くもない順位で『一歩踏み込めば、きっとハッピーエンドに!』って励まされていた。
    まずは星座占い1位のオレがユキをハッピーにさせちゃお!とモーニングコールをしたらすでにユキは起きていた。今日はすんなり起きれたみたいだった。朝からシャンとしたのイケボを聞けちゃうなんて、今日のラッキーデーは確実!
    その日の仕事も順調だった。
    まずユキを起こすのに手間取らずに時間通りにスタジオ入りできたし、アルバムのレコーディングもすごくスムーズだった。オレ達は絶賛アルバム準備中だ。発売に向けての期間だから他の仕事を抑えて、こちらに専念できるようにスケジュール調整してもらっている。それくらい気合を入れてる新作アルバム!
    その中に、書き下ろしたのラブソングが一曲あった。どんな曲でも最大限にこだわりをつめこんで最高を目指すユキだけど、特にこの曲に対しての熱はすごかった。その曲の収録が今日。これは白熱するかもな〜と構えていたけれど、ユキからのオーダーはシンプルだった。「僕にメロメロだって気持ちで歌って」だって。そんなのあっさりOKが出ちゃうよね。だってオレ、めちゃくちゃユキのこと愛しちゃってるし、毎日メロメロだもん。その気持ちを思う存分に歌に乗せた。そうしてすんなりオレの歌パートは完了。残りはユキ自身が気になるところの追加録りだけど、ほぼこのままミックス作業に進められそうな進捗状況に、ユキは満足そうだった。実力が伴うことをラッキーで済ましていいのかわからないけど、運も実力の内だと思うことにした。
    今日はラッキーデー!
    そのあと巻きで現場入りしたバラエティ番組のゲスト収録もスムーズだった。演者もスタッフもすごく雰囲気が良くて、コミュニケーションのパスも連携がスムーズで笑いが絶えなかった。撮れ高もばっちりで、これまた巻きで終わった。何より、用意してもらった衣装を「モモ、今日の服いいね」ってダーリンが褒めてくれたのだ!そのまま衣装を買い取った。もちろんユキだって最高のイケメンだったから、その衣装のまま、オレがお持ち帰りさせてもらう。もう終わっちゃうの!?ってさみしくなっちゃうくらい、楽しいこと120%で出来てた仕事で、最高な一日だったから絶対に引き伸ばしたくなった。ユキも案外元気だったから、そのまま晩ごはんに繰り出した。
    ユキが珍しく行きたいお店があるって手を引かれて行ってみると、とんでもなくラグジュアリーなお店だった。おしゃれな街の裏路地にそびえ立つ教会みたいな建物がまるまるレストランになっている。テレビでも三ツ星高級レストランとして紹介されているのを見たことがある。
    こんな人気でチャラそうなお店、ユキが行ってみたいって……!?と驚いて隣を見ると「モモが好きそうな店、教えてもらったんだよね」と何でもないように言ってくれた。オレ好みのレストランをリサーチしてあまつさえエスコートしてるなんて、なんてイケメン……!ってメロメロになってしまった。
    でも、こんな人気店、いきなり来ても絶対入れないだろうな〜今日はいつもの居酒屋になるだろうな〜と期待せずに進むと、「個室ならひとつ開いてる」とあっさり通された。ここでもまた奇跡が起きた!広い店内を案内されながら「すごいね、今日の俺たちって本当にツいてると思わない?」って耳打ちすると「僕たちの日頃の行いがいいからね」と自慢げにユキは言った。もちろん、オレたち毎日頑張ってるからね!
    楽しい夜だった。コース料理を堪能して、少し高いお酒を飲んで、いい気分でタクシーに乗った。(自帰りのタクシーだって、すんなり目の前で停まってくれたのだ)
    「夜デートだね」ってはしゃいでネタを降ったら「そうね」と返してくれるぐらいにはユキも上機嫌だった。ラッキーデーってば、本当にすごい!

    「ねぇねぇ、実はね、今日のオレ、おめざめ占い第一位だったの!最高にラッキーボーイだった!ツキまくって最高にハッピーな一日だったよ〜!さすがおめざめ占いだよね」
    「モモにかかれば毎日がハッピーなんじゃないか?」
    「そうだけどぉ、今日は特別そうなの!あーあ、このまま帰りたくないなぁ。もうちょっと今日を引き伸ばしたい……」
    「そういうの得意じゃない。好きでしょ、オール。うちに来て遊べばいい」
    「そうじゃなくて、今日が終わるのが寂しいっていうかあ……もう一軒行く!?カラオケオールとかしちゃう!?」
    「えーやだ。僕はねむい。僕んちで今日を引き伸ばして。横で歌ってて」
    「ええ〜オレ、子守唄係?必要ないくらいすぐ寝ちゃうじゃん。さみしいからやだよ〜!ユキが眠れないくらいの大声で歌っちゃうんだから!」
    「ふふ、良いよ。僕も一日を延長されちゃうね」
    「どんな騒音だってぜってぇ〜寝るじゃん〜!」

    ははは、と笑って、手をつながれる。
    酔いで温められた体に、ユキのひくい体温が気持ちよくて思わず体を擦り寄せてしまう。いつもなら暑いって塩対応される残暑でも、今日はユキから距離を詰めてくれる。ラッキーデーってすごいな。

    「ね、子守唄にあの新しいラブソング歌ってよ。今日録ったやつ。モモが僕にメロメロだな〜ってわかる熱量で、おもしろかったな」
    「おもしろかった?え、おもしろかったってゆった!?あんなに愛を込めたのに!?もう怒ったかんね!プライベートでのモモちゃんは、恋人にしかメロメロなラブソングは歌ってあげませんぞ」
    「そうなの?じゃあ、付き合うか」
    「えっ……」
    「今日はラッキーデーなんだろ?最高にイケメンの恋人ができたよ。良かったね」
    「ええ〜……そうね……モモちゃん、めちゃくちゃハッピー……?」
    「疑問形なの?嬉しくない?」
    「こんなイケメンで最高なダーリンが恋人だったら超ハッピーだよ!嬉しいな」
    「ラッキーボーイだ。良かったね」

    公共のタクシーの中で、しかもオレ相手に、なんて冗談を言うんだ。呆気にとられている内に車はユキんちのマンションに着いて、そのまま気づいたらユキんちに帰っていた。あまりのたちの悪い冗談に、呆然としすぎてしまった。
    玄関に入ると、ユキがこちらを振り返った。そのまま顔が近づいてきて、ユキの唇が自分のに押し付けられた。酔っていて、あたたかい。ふ、と強く香るユキの香水の中にお酒を少し感じて、生身のユキだって実感してしまう。

    「え、……何で?」
    「え?なんで驚くんだ?」
    体を離して、ユキのほうが驚いたって顔をする。
    「キスくらいするだろ?」
    「えーっと……そうかにゃ?する理由なくない?何かキッカケあったかにゃ?」
    「はぁ?お前は付き合ったやつにキスすらさせないの?モモは釣った魚に餌をあげないタイプか。チャラいと思ってたんだよな。そうか、だからあんな早いペースでグラドルから芸人までいろんな相手と撮られてたんだな」
    「え!?オレより浮名を流してる相方に、最低の書き方された捏造まみれの週刊誌みたいなこと言われたんですけど!?それにユキが気づいてるの、そのグラドルとその芸人だけだろ!?」
    「それ以外にいるのか?なら教えろ、共演NGだ。ちなみに僕は、釣った魚をめちゃくちゃに甘やかすタイプだよ」
    「うっそぉ〜〜〜……」

    ちなみに、この嘘ぉは、「付き合っている」事に対してだし、「ユキとキスしちゃった」事に対してだ。
    この人、さっきの冗談を真に受けて本当にオレと付き合うつもりなの?キスされた事も、付き合位い始めてしまった事にもオレはビックリして、あまり良い返しができなかった。二段階でびっくりを仕掛けられたら、そりゃ言葉を失うよね。仕事だとリアクションがどんどん大きくなっていくだけだけど、プライベートだと逆に静かになってしまう自分自身を発見した。
    ラッキーデーって怖い。幸せが一気にやって来てしまった。
    だからあとは落ちるだけなのかもしれない、とオレはその日から怖くなった。
    だって、聖座占いが1位の日の次の日って、必ず順位が下がるのが当たり前だ。


     *


    マンションについて、引っ張られるように部屋に連れられた。家を出る前に着ていたであろう寝間着が散らばっている。いつも整頓されてるのに、珍しい。
    今はレコーディング期間だから他の仕事もあまり重なっていし、オフの時間が結構多めにとれる余裕あるスケジュールだった。けど、そんな日こそユキは体を休めて、インプットに忙しくしたいのかも。オレはその期間も忙しく趣味とコネクション作りを目一杯楽しみたいからアクティブに過ごした結果、の今だけど……。結局ユキに迷惑かけてしまったから、意味がないかもしれない。
    「ユキ、忙しかった?……ごめん、そんな日に泊まっちゃってごめん」
    「違う。忙しくないのはモモも知ってるだろ。……これは急いでたから慌てて……」
    「え、急ぎの用事あった!?ごめん……あっ今から作業とか!?」
    「そうじゃなくて」
    ぎゅっと、抱きしめられた。オレの存在を確かめるように、強く。

    「モモが病院に運ばれたって聞いて」
    「……」
    「ビビった」
    「うん……」

    怯えているのが、わかってしまった。だって、こんなに強く、震える腕で抱きしめられてしまえば、ユキがどういう気持ちか、なんて手に取るようにわかってしまった。
    ああ、と自分にため息が出る。オレの馬鹿野郎。
    この人の柔らかくて大事に閉じているところを無理やり抉ってしまった。罪悪感にいっぱいになる。きっとユキはバンさんのことを思い出している。目の前で怪我をして病院に運ばれたんだ。きっとユキにとっては人の様子を見に病院へ駆けつけること事態、敏感になってしまうんだろう。だから、連絡しなかったのに、オレは失敗した。
    「ごめんなさい……」
    「お願いだから、もう危ないことするな」
    「大丈夫だよ。オレ、丈夫だし、体が違和感あるってくらいだし。たった三日間だよ?おかりんもスケジュール調整してくれるって言ってたし。これ以上ユキに迷惑かけないようにするからさ」
    「お前ね……」
    ユキは呆れ声で言ったあと「僕がずっと監視するし、良いよ」て笑ってくれた。茶化せるくらいには安心してくれたのかな、ってホッとする。
    それから、改めて違う体になってユキと密着してることに気づいて、体が固まる。そうだ、オレの体、今は変だったんだ!
    離れようと身を捩ってみても、ユキの腕の力を緩まない。あまつさえユキはもっと体をくっつけるようにして、オレの肩に顔を埋めてた。吐息が耳にかかる。普段でさえ、こんな親しい距離にドギマギしてしまうのに、体格が違うだけでその体のラインを鮮明に意識してしまう。がっしりとした肩、薄く筋肉がついた胸と腹、オレの身じろぎにもびくともしない四肢。こんなに美しい顔をしているけれど、やっぱり体は男そのものだと、否応もなく分かってしまう。
    なんたって、ユキとこれ以上ないくらい体を密着させるようになったのは、ここ三日なのだ。緊張しないわけがない。

    「ユキぃ〜〜〜、 もう勘弁して……もうモモちゃんの心臓止まりそう……」
    「心臓発作が起きたら人工呼吸してあげるよ。あのさ、モモ。言うけどさ」
    「え、うん……なに……?」
    「なんだかモモじゃないみたいだね」
    「言うと思った〜!浮気者!」
    「うそうそ。女の子のモモ、かわいいね」
    「モモちゃんはいつでも可愛いですけど!?」
    「ところで、女の子になったけど戻る時はどうなるのかな」
    「えっ無視……?いきなりなったみたいな感じだからわかんない……」

    結局ユキはその後数十分くらい離してくれなかった。点検するみたいに体を撫でらていたけれど、だんだんとペットをあやすような動きに変わっていく。多分、途中オレに寄りかかって寝てた。
    夜も更けた遅い時間だ。そもそも、ユキはもう寝るってタイミングで呼び出されたはずだった。相当おねむなはずだ。
    「ユキ、もう寝よ?……ってか、オレ、お風呂、入って大丈夫かな?」
    「シャワーとか?変なクラブで移されたヤニも臭いし、入ってきな」
    「棘がすごくない!?モモちゃんアイドルだからいつでもフレッシュなフローラルトーンなんですけど!」
    「はいはい、フレッシュなアイドルだから怪しいクラブで怪しい薬盛られたんだよね。はやく大人になって、そういった変な大人とは縁を切ろうね」
    「棘しかなかった〜!」
    バスルーム促されて、仕方なくシャワーを浴びる。風呂場でまじまじと自分の体を見ることになったけど、本当に「勘弁してよ」って感じだ。滑らかな肩、柔らかな胸部に、華奢な手足。紛れもなく“女の子”の体だ。鏡に映る顔を見ると、たしかに姉ちゃんに似てなくはない。だけどその表情は、困って混乱しているような、慰めたくなるものだった。
    風呂から上がると、ユキが用意してくれたバスローブを羽織る。パジャマを借りようとも思ったけど、そのままで今夜を寝ることにした。だって、下を履いてないからパジャマだと肌に感じる違和感がものすごい。今ですら、スースーするけど!

    寝室に戻ると、ユキはもう半分寝ながら、オレをベッドに招き入れた。そのままぎゅうと腕の中に収められて、足を絡められて、本格的な寝る体制にされる。そして感じる、違和感。
    「オレ、今日はソファで寝る!」
    「だめ。見張るって言っただろ」
    「でも、ユキ、オレがいると寝にくいじゃん?」
    「いまさら。大人しく抱き枕にはなりな」
    「…………寝れる?」
    「さあね」
    だって、だって……ユキのユキさん、あたってるんだよな……。
    「あのさ……ユキ、元気になってる……」
    「そりゃそうでしょう」
    それはそうか〜〜〜〜〜!!
    女の子とくっついてたら、そりゃあ、そうなってしまうかもしれない。オレだって男だもん、わかるよ。でも、きっとさ、オレの体が男のままだったら、ユキはすんなり寝られたんだろうな。それも、わかるよ……。
    「……せっかく女の子の体だし、さわる?」
    ささやき声は、緊張で震えた。ユキは今にも眠りそうな目でしかめっ面を作る。そして慰めるられるみたいに頭を撫でられる。眠いみたいで、仕草がちょっと雑だ。
    「しないよ。はやく寝な」
    「そう……」
    「体調悪いのと変わらないだろ。変なことはしないよ」
    そして、おやすみ、と最後の力を振り絞って小さく頬にキスをくれる。優しい人。
    ユキは、例えオレであっても女の子ってだけてこんなに優しい。その優しさに甘えていいんだろうか。ユキの“彼氏”って必要なのかな。それって、オレで良いのかな。わかんない。
    その夜は、心も体もソワソワしたまま、眠りについた。


    つづく
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    明るい秋の静かな午後。晴れやかな光が指す庭を携えた教会に入ると、世にも美しい花婿が立っている。純白のタキシードで正装を着こなした殿上人のような彼はオレに振り返ってひとつ、覚悟をするみたいに息を吸う。そして一言、とろけるような笑顔でオレに言葉をつける。「モモ、今までありがとう」そうして、世界一美しい花婿は、世界一幸せな花嫁をさらに幸せにしようと、客席にオレを残して赤い絨毯をひとり進むのだ。
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