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    kan_mi88

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    kan_mi88

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    一応作品として締めてはいますが、界隈やその常識、空気感に全く明るくないので没になったクロアジです。(一般人×アイドル)
    内容としてはただお話してるだけだけど……。

    #クロアジ

    お前は完璧で究極の「アイドルだ」
    「……悪い、なんだって?」
    「今はアイドルをやっているって言ったんだ」

    男が2人、喫茶店の日当たりの悪い席で密かに会合を果たしていた。漂う空気は楽しいものとは言えず、かと言って重苦しいというほどでもなかった。それぞれ手元にはコーヒーのマグと紅茶のカップがある。
    コーヒーに口をつけたのは、座面にだらしなく腰掛けている男だった。男は綺麗な赤髪を整髪料でつるりと撫で付けていて、なぜか室内にもかかわらずサングラスをかけている。黒いジャケットとパンツは彼の体躯のスラリとした印象を強めていた。
    それに対し、紅茶を飲んでいるもう一方は黒い男とは対極にある男だった。全体的に白っぽく、服は不潔というわけではないが大事に着古されたのが分かる程度にくたびれていた。金髪はクリーム色のキャップに押し込まれ、ライトグレーの上着に包まれた体は少々ふくよかだ。マスクのせいで顔の大部分が隠れているが、唯一見えている目元からは柔和そうな人柄が伝わってくる。そして彼は、紅茶を啜る度にマスクをずらしてまた戻すという面倒な作業を行っていた。
    そうしてまた白い男──アジラフェルがマスクをずらして紅茶を口にした時、しばらく黙っていた黒い男──クロウリーは低い声で絞り出すように言葉を紡いだ。

    「……アイドル?」

    アジラフェルは神妙な顔をして頷いた。
    クロウリーは理解できないものを前にした心地だった。冷静さを保つことができず、一旦落ち着くためにマグカップを口に運んだ。持ち手を掴む手はめちゃくちゃに震えており中身が零れてしまうことが懸念されたが、幸か不幸かコーヒーはもう入っていなかった。客の少ないカフェに舌を打つ音が響く。

    「……あー、アイドルって?」

    クロウリーは見るからに新人っぽい店員にもう一杯コーヒーを注文し、気を取り直して目の前の男に問う。

    「アイドルは、アイドルじゃないか?ほら、愛とか夢とか希望を届けるのが仕事の……」
    「違う、そういうことじゃない」

    進展のない会話への苛立ちで貧乏ゆすりに拍車がかかる。クロウリーが聞きたいのは断じてアイドルの定義でも仕事内容でもない。「天使だったお前がなぜアイドルなんてやってんのか」ということだった。

    その昔、2人は天使と悪魔だった。
    アジラフェルは人間に善を説いては善い行いをするよう導き、クロウリーは悪い働きかけをして人間を悪の道へ誘っていた。何もかも真逆な2人は、奇しくも6000年来の友人でもあった。というのも、アジラフェルには神の行いに対するほんの少しの疑念の心があり、クロウリーには悪魔に有るまじき情や優しさがあった。2人はそれぞれの職場で異端と言える存在であり、だからこそお互いが唯一無二の友人であった。
    よって、ある時2人して人間になることが決まった際にはある約束をした。
    人間になっても共にあろう、と。
    お互いを必ず見つけ出そう、と。
    そういうわけでクロウリーはずっとアジラフェルを探していたのだが、ようやく見つけ出したアジラフェルはアイドルになっていた。

    場面は喫茶店のじめじめとした隅っこに戻る。
    クロウリーは煮え切らない返答に痺れを切らし、天使の言葉を遮って「違う!なんでアイドルなんかやってるって聞いてんだ!」と直接的に問い詰めた。思わずテーブルを叩いてしまいカウンターの向こうで新人アルバイターの肩が揺れたのが見える。2人のいで立ちも相まって、まるで借金取りが客の男性を恫喝しているかのような構図であった。
    そして肝心のアジラフェルはというと、「ああ!」と今初めて質問の意図を知ったかのような顔をし、言葉を続けた。
    経緯はこうだった。

    ──数年前のことだ。街を歩いていたら見知らぬ男性に声をかけられてね。『アイドルにならないか?』って。この提案を受けた時最初はちょっと躊躇ったんだけど、彼らはこう言うんだ。『アジラフェルくん、君は未来のスターだ』って。はは。それでその人は…って、え?名前?聞かれたから教えたんだよ。それでその人は色々話をしてくれて、まあ正直何を言ってるか半分も分からなかったんだが、とりあえずメディアに露出すれば多くの人間に私のことを知ってもらえるというのは理解できた。これだと思った。テレビに出ればいずれは君の目にも止まるだろうと考えたんだ。この時代、君を探すのにメディアは最も有効な手だと思ったんだよ。だから誘いに乗ったのさ──

    言い終えたアジラフェルは実に誇らしげな顔をしていた。マスクで目しか見えてないが。これはあれだ、多分いつものドヤ顔であるが、何に対してドヤっているのかはクロウリーにはいまいち掴みかねた。一方でマスクの下で彼の口角がどのくらい上がっているのかは容易に想像出来るのだからおかしなものだ。
    確かに、アジラフェルは可愛い。笑った時の顔が特にだ異論は認めん。そして主観を除いても、間違いなく愛嬌がある顔だと言える。が、

    「……だからってなんでアイドルなんだよ……」

    思わずにはいられない。
    しかしクロウリーの複雑な心境を察せないアジラフェルは、なんてことないように言葉を続けた。

    「それはその時アイドルにならないかと声をかけられたからだ。奇跡も使えないし、メディアに出ると決めたからにはあの誘いに乗るのが1番近道だった。別にアイドルにこだわってたわけじゃなく、あの時スカウトマンがモデルを探してたなら私はモデルになってただろうし、ニュースキャスターにならないかと言われてたらニュースキャスターになってた」

    おお神よ…クロウリーはもう悪魔ではないのでそのまま天を仰いだ。

    (なんで、なんで寄りにもよってアイドルなんだ!)

    アジラフェルがアイドルとして多くのファンに慕われているらしいこの状況が独占欲の強いクロウリーには我慢ならなかった。
    アジラフェルが所属しているアイドルグループの名を、ネットやSNSで検索してみればもう本当にすごい。彼らを褒め称える言葉やファンの応援メッセージ、それからたくさんの写真が出てきた。ライブ会場らしき写真もある。ああ、もっと早くアジラフェルに気づけてたらライブにも行けてたのに…じゃなくて。
    ……それにしてもなんだこの衣装。クロウリーの視線はスマホの中のアジラフェルに吸い寄せられる。画像検索で出てきたアジラフェルは、いつものクラシックな装いではなく、極めてモダンでアジラフェルの魅力を潰さない程度に華やかな格好をしていた。
    こんなのを着てるアジラフェルなんて見たことがない!なのに、自分が見たことがないアジラフェルを見たことある人間が数多もいる…?クロウリーは頭を抱えたくなった。全員の記憶を消すには手間がかかりすぎる。しかも今のクロウリーには特定の記憶だけを選んで消す力がないため、この作業を行うには極めて古典的な方法をとる他ないだろう──背後から忍び寄り頭を鈍器で殴るのだ──力加減によっては記憶どころか本人ごと消してしまいかねない。それも悪くはないのだが、人間として生きている以上、クロウリーは人間のルールに従う必要があるわけで、つまり人を殺せば投獄される。投獄されたらアジラフェルと過ごす時間がさらに減ってしまう。それにライブにも行けなくなってしまう!いや待て、そもそもアジラフェルの可愛い姿を他の人間に見せたくないという話で……。

    (クソっ一体どうしたら!)

    「しかしこんなに出会うまでに時間がかかるだなんてな」
    「ああ……」
    「これでもアイドルが出来る範囲のことなら色々やってきたんだが、君が気づいてなかったなんて」
    「ああ……」
    「それとも見る番組が偏ってるとか?ニュースばっかり見てるみたいな」
    「ああ……」
    「クロウリー、君大丈夫か?」

    思考の渦に呑まれていたクロウリーだが、アジラフェルに手を触られながら「大丈夫?」と言われたことで意識が戻った。だが、クロウリーの意識の所在を確認したアジラフェルは手を引っ込めてしまった。クロウリーは名残惜しげに手のひらを目で追った。

    「……悪い。何の話だった」
    「君はテレビ見ないのかって言ったんだ」
    「あー、今は壊れてる」

    正確にはこの間壊した。電源ボタンを押した瞬間『あなたの恋愛運は最悪!何をやっても空回りしちゃいそう!下手に動かないのが成功の秘訣かも!』なんて暴言を吐かれたのだから仕方あるまい。
    クロウリーはいつまで経ってもアジラフェルを見つけられないことに大変焦れていて、その時もちょうどくさくさしてたので、ストレス発散にはスポーツが1番ということで40インチの画面をボール代わりに蹴り飛ばしてしまったのだった。
    しかし実際のところ、占いは恐ろしい程に的中していた。まさか長年の捜し物が金曜の歌番組に出ていたなんて、彼は思いもよらなかった。

    だがアジラフェルもアジラフェルで、自分がこんなにアイドルとして大成できるなんて思ってもみなかった。今や彼は、数多の人々に愛とか夢とか希望を届ける役割を担っている。テレビで彼を見たことがないという方が珍しいし、正直有名になり過ぎて外を出歩くのも難しいほどなのだ。しかも当のクロウリーがあまりテレビを見ない側の人間だったとくれば徒労感は否めないというものである。
    アイドル辞めようかな。アジラフェルは思った。短い人間の生のうちの数年を無駄にしてしまっているのだと思うと、急ぎ足にもなる。アイドルは多忙だし人との関わりも必然的に制限される。元々はクロウリーを見つけるために始めた仕事だったし、これからはクロウリーとの時間を大切に過ごしたい。うん、辞めよう。それがいい。
    アジラフェルは結論づけ、早速自分の意向を説明した。アイドルを辞めること。今後はずっと一緒に過ごして欲しいこと。ついでに、一緒に過ごすための手段というか、ひとつの関係として結婚の提案もしてみた。

    「け、けけけ結婚……?」

    アジラフェルの大胆な発言にクロウリーは仰け反った。並々に注がれたコーヒーに手が当たり、茶色の液体が今度こそカフェのテーブルを濡らす。液体はクロウリーの袖にも飛んでアジラフェルが「あ」という顔をしたが、クロウリーはそれどころではなかった。
    まずクロウリーは、アジラフェルがアイドルを辞めるつもりであるというのを聞いて、ほんの少しだけ残念な気持ちもありつつも嬉しく思った。次いで辞める理由がクロウリーとの時間の確保ということを聞くと、さらにテンションはぶち上がる。極めつけは『結婚』というワードだ。いつかはプロポーズしようと思っていたが、まさかアジラフェルから言われるなんて!返事は端から決まっている。クロウリーはアジラフェルにキスをして今すぐ指輪を買いに行きたかったが、1つ気になることがあった。

    「それって……いいのか?」

    聞いておいてなんだが少なくとも世間的にはいいわけがなかった。アジラフェルは人気絶頂中のアイドルである。曰くファンに愛と夢と希望を届ける存在の彼が「突然ですが私結婚するのでアイドル辞めます」なんて口にすること、許されていいわけがない。

    「え?何が?」

    しかしアジラフェル、あまりに能天気であった。世間に疎いとも言う。前は天使だったし、今は若くして芸能活動中だ。アジラフェルには一般人が生きていく中で身につける常識というか、そういうものが足りなかった。事務所が売れっ子アイドルの引退に易々とGOサインを出すことはありえないだろうに。

    「いや、難しいんじゃないか……?」
    「えっ結婚してくれない?」
    「ちがッ違う!結婚はする!むしろさせてくれ!」

    縋り付くような言い方になってしまったのは一世一代の後悔である。

    「そうじゃなくて!お前はアイドルなんだろ?」
    「そうだが」
    「だから難しいんじゃないかって話だよ……。夢とかなんとかを届けてる相手があちらこちらにいるんだろ?お前の熱心なファンたちはきっと阿鼻叫喚だし、事務所も事務所で看板であるアイドルをそう簡単に手放すかね」
    「ああ……。それならとりあえず今夜にでも連絡してみるとしよう。みんな優しい人ばかりなんだから、きっと上手く言えば分かってもらえる」

    本当にそうだろうか。クロウリーは思ったが、ここでうだうだ言ったところで何も変わりはしないと開き直った。アジラフェルはアイドルを辞めるし、クロウリーと結婚する。それさえあれば十分だと思った。ようやく、ようやく出会えたのだ。アジラフェルに会えない日々に比べたら、アイドルを辞める辞めないなんて話どうってことない。

    「アジラフェル」
    「うん?」
    「……もう離れないからな」
    「もちろんだとも」

    クロウリーの言葉に、アジラフェルは花が咲くような笑みを返した。
    もちろんアジラフェルの唐突かつ突飛な連絡に事務所がすぐさま許可を出すことはなく、クロウリーはアイドルの婚約者を持つ男になった。結婚生活はまだまだ先の話になりそうである。今日も今日とて、クロウリーの婚約者は77インチのテレビの中で輝いている。
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    kan_mi88

    MOURNING一応作品として締めてはいますが、界隈やその常識、空気感に全く明るくないので没になったクロアジです。(一般人×アイドル)
    内容としてはただお話してるだけだけど……。
    お前は完璧で究極の「アイドルだ」
    「……悪い、なんだって?」
    「今はアイドルをやっているって言ったんだ」

    男が2人、喫茶店の日当たりの悪い席で密かに会合を果たしていた。漂う空気は楽しいものとは言えず、かと言って重苦しいというほどでもなかった。それぞれ手元にはコーヒーのマグと紅茶のカップがある。
    コーヒーに口をつけたのは、座面にだらしなく腰掛けている男だった。男は綺麗な赤髪を整髪料でつるりと撫で付けていて、なぜか室内にもかかわらずサングラスをかけている。黒いジャケットとパンツは彼の体躯のスラリとした印象を強めていた。
    それに対し、紅茶を飲んでいるもう一方は黒い男とは対極にある男だった。全体的に白っぽく、服は不潔というわけではないが大事に着古されたのが分かる程度にくたびれていた。金髪はクリーム色のキャップに押し込まれ、ライトグレーの上着に包まれた体は少々ふくよかだ。マスクのせいで顔の大部分が隠れているが、唯一見えている目元からは柔和そうな人柄が伝わってくる。そして彼は、紅茶を啜る度にマスクをずらしてまた戻すという面倒な作業を行っていた。
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