一分半より愛を食べて 相棒編「はいよォ! カルボナーラ一丁!」
「わーい! いただきます!」
過日の訪問から日をおいてまたもや先輩の家だ。
こっちと、こっち。二つのボウルのカルボナーラを味見させられて好みの方を選ぶ。
お皿に盛られたカルボナーラのてっぺんに、かぽっと卵が割られて温泉卵が乗せられる。そして念動力でガリガリとペッパーミルから粗挽き胡椒がかけられていく。
「卵焼き器も無いのにペッパーミルなんてよく持ってますね」
「由基が昔、胡椒を挽かないなんて信じらんねぇつって置いてった」
「はあ、ところでさっき卵液に入れてたおろしたやつと細長いおろし器なんですか」
「パルミジャーノチーズとチーズおろす為だけのおろし器。由基ン家から持ってきた」
「警視、料理しないんじゃ無いんですか」
「あいつ、食べたいもん作るための道具用意して二回くらいしか使わなくて仕舞い込むを何度もやってんだよな」
贅沢すぎるお金と収納の使い方だな。と口に出す前に冷める前に食べろと促される。おじさんの話より私のカルボナーラの方が遥かに大事だ。
「美味しい〜〜! 濃い! 濃いですよコレ!」
チーズの風味が濃厚で、ベーコンはキツい塩気と肉感がある。平べったい生麺はモチモチしてしっかりしたソースと絡んでどっしりとした重さが満足感を満たす。温泉卵の黄身がむしろさっぱりさせるくらいの濃厚さだ。
「美味しい! 美味しいです先輩。レシピ後で絶対送ってくださいよ!」
へいへい。と返事をする先輩の皿は前と違って明らかに私のより量が少ない。アラサーにはきつい重さらしい。
「味見した先輩のと私の皿の、何が違うんですか?」
「あー、全卵と卵黄だけと、とか、チーズの分量とか? お前のは卵黄だけのやつ」
「卵白どうするんですか」
「フライパンで焼いて食べろ」
人の為に作るから手をかけてるだけで根っこは食に対して本当に雑だなこの人…。と思いながらふと、ある事に思いいたる。
「先輩……。このパスタ、またえげつない原価かかってるやつじゃないですよね…?」
「…一応その辺のスーパーで買える食材でしか作ってねぇよ」
「いや! さっき流しましたけどパルミジャーノチーズってなんですかアレ!? スーパーで見たことありませんよあの三角のチーズ!」
「売っとるわ。お前の目がスルーしてただけで存在してたわ。この生ベーコンも加工肉売り場の端っこに置いてあった」
「生ベーコンてなんですかそれ!? 私が作るんですからお手頃価格じゃないと食べられないですよ〜」
う〜ん、と先輩が黙ってしまった。ちょっと我儘だったかな…、と反省して窺い見ると、難しい顔をしたまま先輩が口を開いた。
「そもそも俺ってカレー以外の食事にそんな興味ないだろ」
「そうですね。ちょっと引きます」
「由基の母さんがさぁ、食に拘りのある人っていうか、とにかく美味い手の込んだメシが好きな人だったんだよな」
由基の母さん当人は全然駄菓子とかカップ麺とか安い早いのチェーンもそれはそれで美味しく食べられる人だったんだけど、家の手料理に全く手を抜かなかったせいで由基が割りと偏食に育っちまったんだよな。
おじさんの生い立ちとか興味ないんですけど、なんか先輩が語りだしてしまったので、はぁ、それで? と耳を傾ける。
「んで、由基の口に合う料理作りたくて由基の母さんとLIME交換とかしてレシピ教えてもらってるんだけど、俺の『美味いメシ』のレシピは全部そこからだし、由基ン家まあまあ太い上にあの人かなり食道楽だから食材を安く済ませるって考えがそもそも無いんだよな」
安くて美味いは俺には無理。一応最初のレシピからはグレードダウンさせたんだぞそれでも。
美味しいご飯を食べにきたはずが惚気を食わされてしまった。
残りのチーズは使わないからやる。と先輩がくれた。先輩ならマジで使わないだろうな。おろし器無いんですけど、って二人で検索してみたらまあまあいいお値段だった。チーズしかおろせないくせに。絶対由基今後も使わないから持ってく? いや、借りパクはマズイでしょ。と目配せをして通販でポチった。
他の材料も、まあたまの贅沢ならいいかなって感じだったので良しとする。
「警視も先輩に料理作ってくれたりするんですか?」
おじさんの恋愛話とか微塵も興味ないが、愛情たっぷりのご飯と惚気とあったかい麦茶で気持ちが緩んで好奇心が口から飛び出た。
「作ってはくれるけどなんかよく分からん味がする。俺はもっと単純な方が好き」
「嫌な彼氏ですね」
「お茶とかコーヒー淹れんのは上手いんだよな〜由基。俺の方がパイロキネシスで温度管理完璧なはずなのに」
食に対する雑な意識が出てるんじゃないだろうか。というか、もしかしてこの麦茶もパイロキネシスで淹れたのかこの人。やかんとか見当たらないし。
趣味でもないし好みでもない料理を手間暇かけてするなんて、本当に愛情深い人だよな、とか考えてたら先輩の読心術に引っかかったらしく、手の中の麦茶が熱湯に変わった。照れ隠しが陰湿過ぎるだろ。