アダム視点
気怠げな朝は地獄にいるこの身にも平等にやってくる。昨晩、優しく嬲られた体は、まだ少し発熱していた。
肌寒さで目を覚まし、隣にあるはずの気配を探るが、いない。
慌てて起き上がり、毛布を捲るが、そこにあるはずの熱はとうになくなっていた。どうやら先に起きたらしい。
「……仮にも夜を共にした相手をベッドに置いていくなんて、最低野郎だな」
とにかく体が怠い。あのノンデリクソチビ野郎が好き勝手に人の体を貪るからだ。
苛立ちを募らせつつ、もう一眠りしようと毛布を被り直す。
疲労でうとうと微睡んでいると、ノックもなしに部屋のドアが開いた。
ドキリと心臓が跳ね、急いで目を瞑る。
ベッドに近寄る足音にドキドキとしながら、努めて呼吸を整えた。
「…まだ寝てるのか?」
甘やかすような声が聞こえて、鼻の先がむずむずする。なんだか、くすぐったい。
我慢して寝たふりを続けていると、さらりと頬を撫でられ、額に軽いキスが送られる。
思わず悲鳴を上げそうになるが耐えた。
小さく笑う声が聞こえて、離れていく。それが名残惜しいと感じてしまうほどには、自分の中でこの男の存在が大きくなっているのがわかって嫌になる。
身支度を整える気配と共に、ジュッと何かに火をつける音が聞こえた。
(…ッ、アイツ!)
聞き覚えのある音と、その後に吐き出された煙の匂いで確信する。
(煙草吸ってやがるなッ!!)
被っていた毛布の隙間から顔を出す。
薄らと目を開けると、肺を害する不愉快な紫煙を燻らすルシファーの姿があった。
吸うのは別にいい。
だが、あれほど私の前では吸うなと言い聞かせていたというのに、なぜ吸うのか理解できない。
煙草は嫌いだ。害にしかならないのに、何故そんなに吸いたがるのか。煙たいし、臭いし最悪。
気分が一気に下がる。
睨みつけていると、気怠そうに髪を雑に後ろに流す姿が見えて、思わず息を止めた。
味わうように煙草を吸い、煙を吐き出す姿に目が離せない。首筋に、いつ付けたか覚えてない事後の痕があって、それがいっそうあの男を色っぽく見せていた。
色香に当てられて、ガチガチに体を硬直させていると、見られていることに気づいたルシファーがこちらに視線を向ける。
赤い瞳と視線が交わる。怠そうな表情から一変して、紫煙から現れた男は、目尻を下げて甘ったるく笑いかけてくる。
優雅な足取りでベッドに近づいてくるたびに鼓動が早くなり、張り裂けそうなくらい高鳴った。
ルシファーは煙草をひと吸いして、ベッドの縁に腰掛ける。ギシリとベッドが軋む音がしてマットレスが沈む。
あまりの色香に目を白黒とさせていると、覗くように顔を見つめられ、ふぅ…と煙を吹きかけられた。
「なんだ、アダム。起こしちゃったか?」
近すぎる顔のせいで嫌いな煙を吹きかけられたというのに反応できずにいた。
「ーーーーーーッ!!?♡」
顔が熱ってくる。身体中の熱が一気に上がったみたいだ。
細長い指が愛おしげに顔に触れる。
ひんやりとしたルシファーの手と茹だるように熱い自分との温度差が、自身の焦りやら緊張やらを物語っていて、恥ずかしかった。
色んな感情がごちゃ混ぜになって、文句を言うこともできず、慌てて毛布を被り直す。
「ーっ!!?!」
どうしようもなく恥ずかしかった。
この男に自分は抱かれたのだと思うとたまらない気持ちになる。
ははっと軽快に笑う声が聞こえて、毛布越しに頭を優しく撫でられる。それすらも恥ずかしかった。
「相変わらず、かわいいやつめ」
嬉しそうに笑う姿が目に浮かび、イラッとした。
頭を撫でる手がゆっくりと毛布を脱がす。真っ赤に染まった顔を見られるのが嫌で抵抗するが、呆気なく剥ぎ取られた。ギッと睨め付けるが、ルシファーは目尻を下げてうっとりと笑う。
「本当に、かわいいな、お前は」
蜂蜜に砂糖をかけたんじゃないかってくらい甘い声で囁かれるのだからたまったもんじゃなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ルシファー 視点
穏やかに眠る男の横顔を眺める。長い睫毛が伏せられ、美しい黄金の瞳を隠している。美しい瞳を隠す彼の瞼にキスを落とし、ベッドから降り、部屋を後にした。
昨日のアダムはとにかく可愛らしかった。
強がっている姿も、弱々しくこちらを強請る健気さもたまらなく愛おしかった。
そのせいでついついその体を貪りすぎてしまったかもしれないが。
昨日は娘のホテルから帰ってくるなり、なし崩しに致してしまったせいで、廊下やら浴室やらに服が散らかっている。
それらをひとり寂しく回収しつつ、アダムの着替えもついでに持っていってやる。
今日こそは買い物デートがしたい。
部屋に戻ると寒かったのか、アダムは毛布を頭から被っていた。アダムが眠るベッドに近づくと、彼の瞼がピクッと動いた。
「…まだ寝てるのか?」
声をかけるが、返事はない。
しかし、ピクピクと瞼が動いている。
(…これは…起きてるな?)
寝たふりをしているのか、はたまた本当に寝ているのか。どっちかわからないが、どっちでも可愛いので、気にしないことにした。
柔らかな頬を撫でて、額にキスをする。わざとリップ音を鳴らすと肩まで跳ねさせていた。
そんな様子にクスリと笑って、ベッドから離れる。名残惜しいが、そろそろ着替えたい。
身支度を整えていると、無性に口寂しくなる。本当はアダムの前では吸うな、と口酸っぱく言われているが、仕方がない。
自身が好んで喫んでいる煙草を取り出し、火をつける。
…本当に“寝ている”なら文句は言わないだろう。
一口喫み、肺いっぱいに有害な煙で満たす。
美味い。
煙を燻らせているとベッドからもぞり、と動く気配がした。
怒ったか?と視線を向けるとアダムが毛布から顔を覗かせて、こちらを凝視していた。
顔を真っ赤にして、口をはくはくと動かしている。
ゆっくりと近寄れば、真っ赤な顔をさらに赤く染めて、目を見開いた。
あどけないその姿に、たまらず煙草の煙を吹きかけてやる。いつもなら「やめろ」と怒鳴ってくるはずだが、ガチガチに固まって動かない。
「なんだ、アダム。起こしちゃったか?」
にっこり微笑みかけ、顔に触れた。熱く火照っている。
いつまで経っても、こんな触れ合い一つで照れる男は髭面でむさ苦しいはずなのに、どうしようもなく可愛らしい。
アダムはわなわなと震え、怒ったように毛布の中に隠れてしまう。
形のいい頭があるであろう位置をゆったりと撫でると、ぷるぷると震えていた。
愛おしさに胸を締め付けられていると、アダムは毛布の隙間から少し顔を覗かせた。潤んだ瞳がとんでもなく愛らしくて股間がイライラした。
煙草の火を消し、撫でていた手で毛布を掴み、毛布を剥ぎ取れば、事後の痕を残した美しい素肌が現れる。
「相変わらず、かわいいやつめ」
欲に満ちた顔でこちらを見つめてくるアダムは、正直色っぽい。
求められていると分かれば、自然と気持ちもそっちにいってしまう。
マズいな…
(あぁ〜〜〜〜〜っ、本当にかわいいなこいつッ)
愛おしい、愛でたい。壊したい。
色んな感情が溢れ出してくる。
期待と不安でいっぱい、いっぱいの体を舐めるように見ていると、純情な乙女のように恥じらい、毛布で肌を隠そうとする。
(まずい、またヤってしまいそうだ)
よし、そうと決まればヤってしまおう。そうしよう。デートはまた明日行けばいい。
今はこの熱り勃った息子と愛し子の相手をする方が大切だった。
「本当に、かわいいな、お前は」
ホント、かわいいよ。