コインランドリーファンタジー……暑い。
珍しくぐっしょりと寝汗をかいて目を覚ました。枕元のスマホで時刻を確認する。深夜2時。
昨夜は23時頃にベッドに入って、エアコンのタイマーを二時間にセットした。タイマーが切れて、きっかり一時間で目が覚めてしまった訳だ。
とりあえずエアコンのスイッチを入れ直して起き上がる。こんな熱帯夜になるってわかっていれば、一晩中クーラーを付けておくんだった、と後悔しながらキッチンで水を一杯飲んで戻ると、すっかり目が冴えてしまっていた。
さっきまで寝ていた場所に手のひらを当てると、じっとりと湿っている。とてもこのまま眠れたものではない。替えのシーツくらいはあるけれど、天気予報では明日から台風直撃の予定だった。
うちの洗濯機には乾燥機はついていない。しばらく洗濯物は外に干せないだろうし、天気が回復するまでこのじめじめしたベッドパッドを放置していたら、カビが生えてしまいそうだ。
「…コインランドリー、行こうかなぁ」
僕の住んでいるアパートの、隣のマンションの一階がコインランドリーだ。梅雨の間など、たまに利用していたから勝手は分かっている。別に明日の朝でもいいけれど、雨が降り出してしまったら、せっかく洗って乾燥機にかけた洗濯物を濡らさないように気を遣って運ぶのも面倒だ。
僕は汗だくになったTシャツとハーフパンツを脱いで、新しいTシャツとジョガーパンツに穿き替える。どうせ起きてしまったのだし、明日は休みだ。洗濯機を回している間、ついでにコンビニに寄って缶のレモンサワーでも買おうかな。
僕は財布とスマホだけポケットに突っ込んで、剥がして適当に丸めたベッドパッドとタオルケットを抱えて部屋を出た。
改装されてそんなに経っていないいつものコインランドリーは、真夜中でも蛍光灯の白々とした明かりが眩しく、お湯に溶けた洗剤の人工的に清潔な香りが外まで漂っていて、なんだか都市の避難場所みたいだと思う。しかし、だからと言って、そこに本当に「避難民」がいるだなんて、そのときの僕は思ってもみなかった。
自動ドアを開けてランドリーに入る。そう広くはない店内の中央に洗濯物を仕分けるためのキャスター付きの大きな机があって、そのせいで、一番奥のベンチで身を屈めるように小さくなって座っている男がいるのに気付くのが遅れた。
左右の壁にずらりと並んだ洗濯乾燥機のひとつが稼働していて、ああ、こんな夜中なのに僕の他にも洗濯に来た人がいるんだな、と思いながらその隣の機械を開けたそのとき、斜めうしろに人の気配を感じて振り向いた僕が見たものは、全裸の…いや違うか、パンツ一丁の、前髪で顔が半分隠れた青年だった。
「うわあ!!」
僕は思わず抱えていた洗濯物を放り出して叫んだ。
「うわあ!!」
タオルケットをもろに被せられた青年も叫んだ。そして慌てたように立ち上がって捲し立てた。
「ご、ごめんね、夜中だから誰も来ないかなって思って脱いじゃったんだけど変質者とかじゃないから! その、ドブ川に落ちちゃって」
意外にもおっとりした声で、わたわたと説明する様子がコミカルで、恐怖心は霧散した。なんだ、酔っ払いか。そう思いかけたとき、
「正確には、突き落とされたんだけど…」
と困ったように続けられて、僕は思わず吹き出した。自分に余裕が生まれて改めて青年をしげしげと見ると、ふわふわの髪の下の顔は童顔ぽいのに身体にはきれいに厚みのある筋肉がついていて身長も高く、こんなに体格のいい大の男がさっきまで隅っこで半裸で小さくなっていたのかと思うと、妙にいじらしくて可笑しくなった。到底変態や悪い奴には見えない。
僕は洗濯乾燥機に自分のベッドパッドを押し込んで、スタートのスイッチを押した。
「…ここ、蒸し暑いよね」
エアコンの効きが悪いのか、それとも深夜は無駄な空調を控えているのか、僕の額に汗が滲み始めていた。僕より前からここにいるはずの彼は、熱中症にでもなりかねないのではないだろうか。
「あと、何分?」
「え? …あ、二十分ちょっと、かな」
彼は洗濯機の残り時間表示を見ながらきょとんとして答える。
「…僕のうち、隣のアパートなんだけれど。服が乾くまで、来る?」
「えぇ、いいの!?」
前髪の奥の目がぱっと明るくなるのが解った気がした。
「ここで出逢ったのも何かの縁だし、僕が出て行ったあと、君が熱中症で倒れても露出狂として通報されても、寝覚が悪いしね…。僕は松井。君は?」
「僕は桑名だよぉ。え、でも、本当にいいの?」
僕は彼の足元に蟠っているタオルケットを指して言った。
「そのタオルケット、うちに着くまで貸してあげるよ。裸よりはマシだろう」
「えー、ありがとう! 松井って優しいんだねぇ」
…優しい? 自分でも意外だった。どちらかと言えば人見知りだし、他人に自分の領域に踏み込まれるのも苦手なほうだ。その僕がこんなふうに、見ず知らずの男(しかも裸の)をあっさりと家に連れて帰ろうとしている。
どうしてだろう、この熱帯夜のせいで頭が茹だって、どこかおかしくなってしまったのかな。
僕は胸の底に、説明のつかないわくわくするような衝動が込み上げてくるのを感じながら、タオルケットにくるまった大型犬のような男と二人で、再び夏の夜の熱気の中に踏み出した。