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    ユウ(ポイピク)

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    POIPOI 2

    体調不良の後編カキスグが不本意ながら看病し合う話
    ダウナーな雰囲気ですがそこまでギスってはないです
    ※冒頭でゲロ吐いてます

    体調不良たちの夜 誰もが寝静まる深夜の学園。監視の目を掻い潜って図書室でバトルの研究をしていた俺は、ふと吐き気を覚えて席を立った。
     慌てて本を戻し、近くのトイレへ走る。一番手前の個室に駆け込んで、便器の前にしゃがみこみ、「う」と呻いた。
     迫り上がってきた胃の中身が便器へ吐き出されていく。中身といってももともと大したものは入れていないので、ほとんどは胃液だ。喉の焼ける感覚とツンとくる匂いが不快だった。
     嘔吐はそれだけで結構な体力と精神力を使う。俺は便座に突っ伏しそうになりながら、喉の筋肉を押さえて呼吸を整える。
    「おーっとお、チャンピオンさまじゃねえですかい。こんな夜更けに便器とお友だちたあ、ご趣味がよろしいようで!」
     不愉快な要因がひとつ増える。突如として頭上から降ってきた軽薄な声に視線を上げれば、俺の不得意な男――カキツバタが見下ろしていた。
     ニヤニヤと笑う彼は楽しげな一方で、こんな薄暗い場所だからかひどく顔色が悪く見える。表情との違和が薄気味悪く、まるで現実のものでないような心地がした。
     俺は濡れた口元を拭い、緩慢な思考を動かしてなんとか言葉を絞り出す。
    「……勝手にひとのトイレに入らないで……」
    「そりゃ失礼! でも扉開けっぱなしでゲロ吐いてるやつがいるのをスルーすんのもひとでなしじゃないかい? オイラ、チャンピオンさまが心配で心配で」
     よく言う。白々しい言葉に苛立ちが募るが、言い返す気力はもうない。言い負けたかのようにうつむいて黙りこくっていると、カキツバタは調子づいて便器の中を覗き込んできた。
    「あーあー盛大にやったなチャンピオン! つってもこの感じだとほとんどメシ食ってなさそうだけど〜」
    「……最低……」
    「せいぜいチョコくらいか? ちゃんと食わねえと駄目だぜ、じゃないと胃液し、か……」
     カキツバタの言葉が不意に止まる。不思議に思って視線をやると、彼は真顔で水面を見つめていた。
     ――かと思えば突然口元を押さえ、便器にむかって身を乗り出す。ぐぅ、とその喉が鳴った。
     え、待って、まさか? ちょっとちょっと待って待って、
    「うおえええええええ!!!!!」
    「わぎゃああああああああ!!!! 吐いたあああああ!??!?!!?」
     

    *      *
    体調不良たちの夜
    *      *


     便器に頭を突っ込むようにしたカキツバタは、2、3回に分けて胃の中のものをすべて吐き出したらしい。さっきとはうって変わってぐったりとうなだれ、ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返している。俺はといえば、酒の席以外で大人が嘔吐するところを見るのが初めてで、トイレの壁に背をつけて硬直していた。
     呼吸がおさまってきたカキツバタは、便器に唾を吐き捨てて顔を上げる。いつも天を向いている前髪はしょんぼりと顔にかかり、機嫌が悪そうな仏頂面で、目には涙が滲んでいた。
     俺は大人が泣くところも初めて見る。……まあカキツバタはまだ子供な気もするけど、少なくとも俺よりはずっと年上で、すぐ泣くような歳じゃない。それが目を潤ませていると、見てはいけないものを見てしまった気がして、居心地悪く目を逸らした。
    「あー……、ひっさびさだなあ、ゲロ吐くなんてよ」
     カキツバタは掠れた声で言って頭を掻きむしり、やっと俺に視線を向ける。そして――いつものようにニヤッと笑った。
    「おや〜? チャンピオンさまったら震えてらっしゃる? 悪いなあびっくりしちまったよなあ。よーしよし、脅かしてごめんな」
     言われて気づいたが俺は硬直するあまり小さく震えていたらしい。まるで弱くて臆病な子供だと指摘されたようで、苦々しい気持ちになる。
    「……泣いてる人に言われたくない。しかも勝手に吐いて……」
    「悪い悪い。酸っぱいニオイ嗅いだら貰いゲロしちまったよ」
    「俺のせいにしないで。体調悪いの、元からでしょ」
     そう言うとカキツバタが笑みを引っ込めたから、正解だと悟った。
     はじめに見たときからカキツバタの顔色は悪かった。光の加減かと思ったが、きっといつもの不摂生のせいで体調を崩していたのだろう。こんな遅くまでほっつき歩いてるからだ、と呆れた。
    「俺、部屋に戻るから。カキツバタも早く寝れば」
    「……そーするとしますかねぃ」
     俺は便器の水を流し、洗面所で口をゆすぐ。多少サッパリしてトイレを出ようとするが、いつまで経ってもカキツバタが個室から出てこないのが気になった。関わると碌なことにならないのは分かっていたのに、そのまま立ち去ることがどうしても出来なくて、個室へ逆戻りしてしまった。
     カキツバタはさきほどと変わらず便器に突っ伏すようにしゃがみ込んでいて、丸まった背中はいつもの飄々とした様子からするとひどく弱々しく見える。大丈夫? と声をかけそうになって、だけどどうしても素直に心配したくなくて、やっと出てきたのは「いつまでそうしてるの?」という冷たい言葉。カキツバタの肩がぴくりと動いた。
    「……おー? なんだいチャンピオン、まだいたのかい」
    「居座ってるのはそっちでしょ。……部屋、戻らないの?」
    「ま、もーちょっとしたらねぃ」
     つまるところ今の彼は、気分が悪すぎて立てないとかそういう状態だろう。さっきまでしっかり歩いていたくせに、吐いたら体力を全部持っていかれたんだろうか。俺は気にかけているのを悟られないように、「どうしてもって言うなら手を貸してあげてもいいけど」とマウントを取りながら手助けを申し出た。
    「おー……ありがてえ。じゃあ『どうしても』っと」
    「……ふざける元気はあるんだな。言っておくけど、肩を貸すだけだから、歩くのは自分で頑張ってね」
    「へいへい、さすがにおんぶしてくれたぁ言いませんよ」
    「ほら、立って」
     俺はカキツバタを支えながら立ち上がらせ、自分の体によりかからせる。ずしりと重たい感覚に、果たして部屋まで送り届けられるかと危惧するが、一応自分の足で歩きはじめたので安堵した。
     手洗い場で口をすすぎ、やっとのことでトイレを出る。俺は「ねえ」と声をかけた。
    「カキツバタの部屋、どこ」
     早く送り届けて自分の部屋に戻りたい。俺だってまだ気分は悪いままだ。けれどカキツバタは「う……」と呻くだけで、答えを返してはくれなかった。どうでもいい減らず口は言えるクセに!
    「カキツバタ……ねえ、ちょっと! どこ行けばいいか分かんないんだけど……! なんか言ってよ!」
     肩の重みが増してくる。もしかしてふざけて負担をかけてるのかと怒りそうになったところで、カキツバタが縋るように俺の腕を掴み直した。
     その手のひらは冷や汗なのかじっとりと湿り、震えている。俺はそれ以上なにも言えなくて、感情のやり場がないまま歯噛みして、それからもう少しだけ踏ん張ってゆっくりと歩きはじめた。
     向かう先は慣れた帰路――俺の自室だ。
     
     
     ベッドにカキツバタを投げ落として、俺もその場に崩れ落ちた。全身に倦怠感がまとわりついて、目が回る心地がする。また吐き気が迫り上がってきて、しばらく身を丸めて耐えた。
     落ち着いてきた頃に体を起こすと、カキツバタはまだベッドの上で身じろぎもせず横たわったままだった。目はしっかりと閉じて眉根が寄っている。
    「ねえ……意識ある?」
     尋ねてみると、言葉はないもののかすかにうなずいたから、多少なり安堵した。続けて投げかけた「なにかしてほしいことある?」の問いには「みず」と小さく返ってくる。
    「……水道水しかないからな」
     コップに水を注ぎ、カキツバタのもとへ。そこではたと気づく――寝転がったままでは水は飲ませられない。
     仕方がないのでいったん机に置き、カキツバタの肩に手をかけた。
    「水、持ってきたから起きてよ。……俺だけじゃ起こせないか、ら……っ」
    「……っ」
     抱き起こそうと力をこめれば、息を詰める声とともに体に力が入る。なんとか上半身を起こした彼は、位置を移動して壁にもたれかかった。
     コップを手渡そうとするが、どうにも危ういので俺の手も添えて二人でコップを持つ。ゆっくり口元へ傾けると、やがてごくりと喉が嚥下した。
     コップの半分ほどを飲み下し、カキツバタの手が下がる。俺はコップを机に置き、「あとなんかある?」となるべくぶっきらぼうに聞こえるように言った。
     そこでようやく彼の目がうっすら開く。ぼんやりとしたそれは、布団の上へうろうろと視線をむけてから、俺の姿を捉えた。
    「……いや。もーちょいすれば、落ち着くんじゃないかねえ」
    「あっそう。じゃあ大人しくしててね。吐きそうなら早く言ってよ?」
    「……りょーかい」
     掠れた声で言って、また目が閉じる。俺はそれ以上カキツバタに出来ることがなくなって、ただベッドサイドに立ち尽くした。小康状態なのは分かるが、いつ悪化するかも知れないのに目を離すのは恐ろしくて、わずかな変化も見逃さないよう注視するしかなかった。
     どうしてこんなことになったんだろう――とうつろな頭で考える。いつも通りに勉強をして、吐いて休んでからまた部屋で勉強をして、限界が来たら眠りに落ちる。その繰り返しだったはずの日常に、何故だかこの男が紛れ込んでいる現実味のなさ。ニヤニヤと笑いながらも目だけは鋭く睨んでいるようなこの男が、俺のベッドで見る影もなく弱っている状況に、心がついていかなくて。
    「どうしてこんなことさなったんだろ……」
     もう一度不毛な疑問を繰り返したとき、ふと、カキツバタの服が湿っていることに気づいた。おそらくは冷や汗が体全体に滲んでいるのだろう。気持ち悪いだろうなと思ったら、気づけばタオルを持ってベッドへ乗り上げていた。
     少しだけ拭いてあげよう。顔周りと首筋。放っておけば風邪をひくかもしれないし、手持無沙汰だから。
     そうっと近づく。タオルを持つ手が首筋に触れようとしたところで――ぱちりとカキツバタの目が開いた。
     俺はぎょっとして距離を離したが、相手はそもそもよく目が見えていなかったらしい。ごしごしと手で擦ってから、まばたきを繰り返し、やっと焦点が合う。
    「……あー、ちっとは落ち着いてきたな。悪いねぃ世話かけて」
    「べっ……別に。もう平気なの?」
    「平気ってほどじゃあねえが、吐き気は収まったし目も回ってねえや。おかげさまで~」
     へらへらと笑って手を振る様子に、ため息を吐く。それは呆れでもあり、ほんの少しの安堵もあった。
    「じゃああとは勝手にしてよ。帰れるなら帰ればいいし、無理ならもうそこで大人しく寝てて。俺は勉強してるから」
    「は……? 勉強ってオマエ、さっきゲロ吐いてたくせに?」
     訝し気な声に、イスに座りかけていた俺は振り返る。
    「吐いたら勉強しちゃいけないわけ?」
    「あたぼうよ。それで無理していい道理はねえ。……まあ、あれか。オイラが邪魔しちまってんだな」
     カキツバタはベッドから降りると、俺の横を通りすぎて扉へ向かう。
    「戻るわ。世話かけたな。オマエはちゃーんと朝まで寝ろよ」
    「そんなことカキツバタに命令される理由ない」
    「命令されなくても寝てくれよ頼むから」
    「……人のこと言えないでしょ。そっちこそこのあとちゃんと寝るの?」
    「さすがのツバっさんもそうするってぇ。体調悪いのに自分をいじめるほどドMじゃねえし?」
     俺だってそんなんじゃないけど。とは言い返さずに、じろりとカキツバタを睨んだ。むこうからは感情の見えない笑顔が返ってくる。
     いつの間にか口の中がからからに乾いていて、ごくりと唾を飲み下す。ずっとわだかまっていた気分の悪さを思い出し、相手に悟られないよう腹の辺りを抑えて耐えた。
     なにか言わないと。押し黙ったら虚勢がバレてしまう。
    「……なんで、そんな体調悪い、の」
    「単純に睡眠不足かねえ? 心当たり多すぎてオイラにもさっぱり」
    「睡眠不足って……いつも部室でよく……、寝てるくせに」
    「部室で寝てるったって、ありゃちゃんと寝れてるとは言えないからねぃ。これが夜になると不思議や不思議、なーんか寝付けねえ。最初は自分で夜更かししてただけなんだが、こういうのはいっぺん狂うと狂いっぱなしでよ、どうにもなんねえんだわ」
    「……そう。まあ、自業自得だな」
    「手厳しいねえ! ……お前さんも同じだけどな、チャンピオンさまよう」
    「……黙って。俺は、カキツバタみたいに遊んで、なんか……」
     急に目が回る感覚がして、言葉を途切れさせ口をつぐんだ。体がぐっと重くなり、頭が重力に負けてふらつく。
    「……スグリ? おい、」
    「うる、さ……、なん、でも、」
     視界がぱちぱちと弾けている。平衡感覚がなくなり、地面がどこにあるのか分からなくなる。
     
     ……だめだ、いしきが、とおのく。
     
    「――……!」
     誰かの声が、薄い膜のむこうからぼんやりと聞こえてくる。全身の感覚がふわふわして、だけど一方で重苦しい気もして、目が開けられない。耳から入ってくる音だけが意識の表層を撫でていく。
    「……あっ……ぶねえ……。急に倒れんのは……勘弁してくれよ」
     焦りの滲んだ声。さっきよりもずいぶん近くで聞こえてくるような気がする。
    「おい、スグリ……! 聞こえるか?」
     名前を呼ばれたから返事をした。したつもりだけど自分の耳には届かなくて、相手に届いたかは分からない。
    「一応、意識はある……のか。ちょっと……どうすりゃいい? 寝かすか……。おーいスグリ、ベッド寝かすからな」
     少しだけゆらゆら揺れてから、やわらかなところに下ろされる。そうすると体が安定して、ずいぶん楽になった気がした。
    「ふぃー、びびった……。てか、軽すぎて怖いってぇ……。だからちゃんとメシ食ってるかって訊いてんのにこいつはよ……」
     それからその人は「気持ち悪いか?」「先生呼んどくか?」「オイラどうしたらいい?」だとか質問を繰り返した。俺はそれに「うん」「いい」「う……」とか返したはずだ。すべてがぼんやりとして、夢か現実か分からなかった。
    「このまま寝かせるのが最善かね。つっても、水分だけは取らせた方がいいよな……吐いてたし。ちょっと起こすぜぃ。コップ……あーこれオイラが飲んだやつか」
     これでいいか。いいよな、チャンピオン。そんな言葉とともに体がゆっくり起こされる感覚がする。
    「水飲めるか? おくちあーんしろーい。……厳しそうでやんすねぃ」
     口を開けたつもりだったけれど足りなかったらしい。「どうしたもんかねぃ」と心底弱った声が聞こえて、俺はばーちゃんを困らせたときの心境になった。
    「……しょうがねえよな。恨むなよチャンピオン」
     その言葉が聞こえて少ししてから――ふと、口にやわらかいものが押し当てられた。そしてぬるい水がわずかに流れ込んできて、俺は反射的にこくりと喉を鳴らす。からからに乾いた喉が潤って、気持ちいい。
     水は幾度か小分けにして注がれ、そのたびにこくこくと飲み下す。美味しい。もっと飲みたい。
     けれどあるとき次の供給がなくなって、「こんなもんかね」と声が遠ざかるのが聞こえた。俺はなんとか引き留めようと、薄目を開けて、涙で滲んだ視界のなかその人の服を掴む。
    「もっと……」
     返ってきたのは沈黙と、それから含み笑い。
    「……あーあ、オイラ、チャンピオンさまにキスせがまれちまってるよ〜。……って、水だわな。ちょっとは動けるようになったかい? コップ持ってやるから、口開けな」
     薄く口を開けると、ひやりとした水が流れ込んでくる。口から溢れないように必死に嚥下していると、そのうち喉の渇きは鳴りを潜めていった。今度は供給が尽きても続きをねだることはなく、「んじゃ、もうゆっくり寝てなよ」と体を横たえられた。
     気分の悪さはずいぶんと控えめになったような気がする。代わりに深いまどろみに沈んでいくようで、やはり意識は曖昧だった。穏やかに呼吸をしていると、優しく頭を撫でる感触がある。
    「……寝顔は可愛いもんなんだけどなあ。なーんでこうなっちまったかねえ……」
     オイラ、オマエのこと好きなんだよ。と、その人は呟いた。
     ――楽しそうにバトルするオマエが好きでさあ。それを見てられるだけでよかったんだよ。なのに今は、勝っても負けても苦しそうなのが、見てられねえや……。
    「はー……オイラももう、さすがに限界……。悪いけどベッド半分借りるぜぃ。嫌だろうけど、勘弁してくれい……」
     ベッドが揺れ、隣に誰かが添い寝する。触れていないのに暖かな体温が伝わる気がして、気分がやわらいだ。
     (これ、誰だろう。ねーちゃんかな。でも、ちょっと違う……)
     その温度をもっと感じたくて、甘えるように寄り添って、やがて眠りについた。
     
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