桜遥が棪堂哉真斗に堕ちるまで -Day08to10- ~2weeks love progress~下記のストーリーを埋めていく予定です。
※更新頻度とは連動していません
■ 1日目 来訪 ※公開済み
■ 2日目 烹炊 ※公開済み
■ 3日目 接吻 ※公開済み
■ 4日目 呼名 ※公開済み
■ 5日目 寝顔 ※公開済み
■ 6日目 逢瀬 ※公開済み
■ 7日目 未足 ※公開済み
■ 8-10日目 空白 ※この話
□11日目 残声
□12日目 悋気
□13日目 初夜
□14日目 後朝
■ 8-10日目 空白
桜が朝起きてスマホをチェックすると、クラスのグループトークの他に、棪堂との個別トークにも未読のバッチが付いていた。
クラスのグループトークは相変わらず流れが速いらしく未読が三桁になっていたが、桜は迷わず棪堂とのトーク画面を開く。
『明日からちょっとの間、行けないかも』
そうして飛び込んで来たのが、そんな一言だけのメッセージだった。
文章の最後には、しょんぼりして涙を一滴たらした絵文字が付いている。
恐らく棪堂の心境なのだろうが、自分の感情に折り合いを付けられていない桜からしてみれば、ちょうど良いタイミングに思えた。
送信日時は昨日のものだったから、明日ということは、もう今日か。
今日から『ちょっとの間』棪堂は桜の家を訪ねて来ないらしい。
少しほっとしたような、けれどどこか物足りないような、そんな感覚を覚えながら、桜は「わかった」と一言だけメッセージを送り返した。
ポトスで朝食をとって学校へ向かっている途中で、楡井と蘇枋が揃って道端に立っているのに遭遇した。
「桜さん、おはようございます!」
「おはよう、桜君」
「はよ……ってか、こんなとこで何してんだよ……」
風鈴の制服を着た生徒たちは皆、速度は違えど同じ方向へと向かって歩いている。
にも関わらず楡井と蘇枋は、道路の端に立っていたのだ。まるで誰かを待っているかのように。
「桜君を待ってたんだよ」
心を読まれたかのようなタイミングでにっこりと笑顔を浮かべた蘇枋の、片方だけ見える瞳が笑っていない。
桜は『何かやらかしたか?』と、記憶を遡ってみたが、思い当たる節は無かった。
「桜さん、棪堂さんと会ってるって本当ですか?」
桜の疑問を解消するかのように、楡井が具体的な問いを掛けて来た。
桜自身が何かをやった訳ではなくて、棪堂と一緒に居るのを見られたことで副級長二人が真偽を確認しに来たのか。
風鈴の総代である梅宮自身は、棪堂にも焚石にも蟠りは持っていなそうだった。
けれど、あれだけ大規模な襲撃ともなれば、『許せるはずがない』と考える人間も多く居るのだろう。
そんな人々にとって、敵である棪堂と一緒に居る桜自身も、良い感情を持たれないであろうことは想像出来た。
数日前に棪堂が言っていた言葉を思い出す。
『オレと一緒のとこ、見られねぇ方がいいだろ?』
あの時は、過去に自分が言われた言葉と重なって、切ない気持ちになっただけだったが、こうして実際に周りがざわめき始めると、違った意味合いも持ってくるのだと実感出来た。
そして尚更、あの時棪堂が見せた一片の翳りもない笑顔が、自分の感情は全く無視して、純粋に桜のことだけを考えた言葉だったのだと思い知らされた。
「……本当だけど、それがなんだよ」
楡井の問いに真実を答える。
ここで嘘を吐くのは簡単かも知れないが、桜は後ろ暗いことなど何もないのだから、正直に事実を伝えたいと思ったのだ。
桜の思惑とはうらはらに、楡井と蘇枋がピリっとする。
「本当のこと、なんですね……」
楡井はがっくりと肩を落とし、酷く落胆したような顔をする。
蘇枋は口元に笑みを湛えたまま、瞳がスッと細くなった。
「椿野さんたちに『本当でも嘘でも連れて来て』と言われているので、学校に着いたら屋上へ向かいましょう」
楡井の言葉に「判った」と返答すると、学校へ向かって歩いて行く生徒たちと同じように、三人も無言で歩き始めた。
登校早々屋上に連行された桜は、椿野、柊&それぞれの幹部に前方を囲まれ、後方には楡井と蘇枋が立ち塞がっており、四方を全て囲まれる形となっていた。
椿野の後方のテーブルセットのベンチでは梅宮座ってコーヒーを飲み杉下がその後に立って控えている。
「ちょっと桜、大丈夫なの?」
最初に切り出したのは椿野だ。心配そうに眉を寄せ、桜の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫って、何の事だよ」
心配されるような心当たりの無い桜は、不思議そうな表情を浮かべるが、それを見た椿野がますます表情を翳らす。
「アンタが棪堂と歩いてたって……」
先ほど楡井にも言われた台詞に、桜は小さく息を吐く。
先日、棪堂曰くの『デート』をした際に誰かに見られていたのだろう。
「何もねぇって。ただ飯食ってただけだよ……」
「本当に大丈夫なんだな?」
桜の返答に、椿野の隣りに居た柊も、念の為、というように問い掛けて来た。
「何もされてねぇって……」
「でも、あの棪堂さんですよ 何を企んでいるのか……」
いつもキツいことは言わない楡井も、容赦無い言葉を掛けてくる。
その隣りで蘇枋が、うんうんと頷いているのが見えた。
棪堂のあまりの言われように、桜は「人望無さ過ぎだろ」と思わず心の中で苦笑してしまった。
「!」
目の前の椿野が驚いたような顔をする。
「あんた、そんな顔もするのね……」
「そんな顔って、どんな顔だよ」
言われた意味が判らず問い返してみたが、椿野は「ナイショ」と言って、切なそうに微笑むに留まった。
「桜は何もされてないんだろ?」
それまで後で皆の同行を伺っていた梅宮が、こちらに近付いて来て桜に声を掛けた。
「何もされてねぇよ」
何もされていないどころか、毎日美味しい夕飯に有り付けている。
時折『キスしていい?』などと不埒なことは言ってくるが、無理を強いられることもなく、基本的に桜の嫌がることはされていない。
桜の返答と様子で状況を把握したのか、梅宮はニカっと笑うと、ぱちんと手を叩いた。
「じゃあ、問題ないな! ほら、終わり終わり!」
そう言って梅宮は、桜の周りにいた椿野たちを散らしていく。
もうすぐ授業も始まるし、解散する頃合いだったのだろう。
「あんたたち、今日の放課後暇だったら、OUGIに来ない?」
別れ際、椿野に誘われて、桜は程なく「行く」と返した。
今日は棪堂が来ないから、放課後の予定が何もないのだ。
ついでにケイセイ街で夕飯を食べてしまえば、何を食べるかに頭を悩ませることも、一人で食べることも無い。
桜がすぐに返事をしたのが意外だったのか、椿野は少し目を丸くし、楡井は桜と椿野の顔を交互に眺め、蘇枋もばちくりと瞬きをした。
「お、オレも行きますっ!」
「じゃあ、オレも」
桜が行くと言ったことで、楡井と蘇枋も即座に同行の返事をする。
「じゃあ、また放課後にね」
桜たちが誘いに乗ったからか、椿野は機嫌良く自分の教室へと戻って行った。
放課後、学校を出てケイセイ街へ向かい、先日と同じようにOUGIで椿野やしずかのショーを見た後は、飯処日高で夕飯を食べることにした。
店に入るとカウンター近くのテーブル席に、中村幹路を始め見知った顔ぶれが集まっている。
「よぉ桜。お前、こないだ棪堂と一緒に居たんだってな」
桜と顔を合わせるや否や中村にそう話し掛けられて「ここでもか」と桜は内心思ったが、口には出さずに「おぅ」という返答に留めた。
中村の口調からは批難がましい雰囲気は感じ取れなかったし、悪いことをしている訳ではないのだから、堂々としているのが一番だろう。
桜たちが隣りのテーブルに着くと、中村は身を乗り出すようにして話し掛けてくる。
「あの終わり方を見りゃ、棪堂が何か仕掛けてこねぇだろうってのは判るが……。焚石の方は大丈夫なのか?」
ここで焚石の名前が出て来る理由が、桜には全く判らなかった。
「焚石?」
「あぁ、あいつの方がヤバそうだろ」
桜にしてみれば、直接焚石を見たのは梅宮との戦闘中のみで、それ以外は棪堂が語っていた内容しか知り得ていない。
色んな意味で、棪堂の方がよっぽどヤバそうに感じていたため、中村の言っている言葉がいまいちピンと来なかった。
「なんか、ヤバいのか……?」
桜の問いに、中村は少し視線を上に向けて考えながら、ばりばりと後頭部をかいた。
「あー、お前が来たのあの後か……」
『あの』というのが、校庭に桜が合流したタイミング以前なのだとしたら、当然桜は知り様が無い。
そもそも桜が到着した時点で焚石は既に屋上に行っていて、その姿さえ見ていなかったのだ。
「お前が来る前にな、自分の行動を止められたからって、躊躇なく棪堂の顔を殴ったんだぜ」
梅宮と焚石のケンカが終わった後、連れ帰ろうとした棪堂を、確かに焚石が殴ったり蹴ったりしていたようには見えたが、疲労困憊だったせいか、ダメージを与える程では無かったように思う。
しかし、それが全快の焚石だとしたら、避けずに受けた棪堂は大きなダメージを喰らうだろう。
「それなのに棪堂はヘラヘラしてるし、椿野曰く『歪な関係』ってやつらしいが……」
中村は、桜のよく理解できていない表情を読み取ってくれたのか、苦笑を浮かべてポンと一つ肩を叩いた。
「だからお前が巻き込まれないか、ちょっとは心配になってな」
巻き込まれるも何も、焚石は防衛戦以来見掛けていないし、棪堂から語られたことも無い。
「焚石とは、会ったこともねぇよ」
桜の言葉に、中村はくしゃっと笑顔を作った。
それがどんな理由の笑顔なのか桜には判らなかったが、自分の身を案じてくれていることは判ったし、そこにはくすぐったいような嬉しさがあった。
「……あの、棪堂さんと何かあったんですか?」
楡井と蘇枋と三人で帰路に付いていると、楡井が恐る恐るといった体で問い掛けて来た。
「何かって?」
「だって、一緒にご飯だなんて……」
確かに、屋上までのやりとりは桜と棪堂しか知り得ないし、屋上でのやりとりだって、実際に目の当たりにしたのは4人のみだ。
校庭で棪堂が負けを認めるところを確認していたからといって、桜と出掛ける間柄になるとは誰も予想していなかったのだろう。
そもそも屋上へと向かう時点では、棪堂は桜に二度と会わないつもりでいたようだ。
それを桜自身が『たまになら、世間話くらいしてやってもいい』と言ってしまったのが、そもそもの始まりのような気もして来た。
「屋上で、約束しちまったから……」
桜の返答に、楡井は「約束ですか……」と何か言いたげに小さく呟いた。
代わりに蘇枋が問い掛けてくる。
「二人で何を食べに行ったの?」
「肉とか、寿司とか……」
「えっそれって、何回か一緒に食べたってことですか」
桜の返答に、唐突に楡井が声を大きくした。
「……あぁ、うん……」
言ってから『しまった』と思った。
あの答え方では、何度か食べに行ったように受け取られてしまうだろう。
実際に外食をしたのは一度きりだ。他の日は全部桜の家で食べている。
しかし、それを正直に伝えたら伝えたで、二人にあらぬ誤解を植え付けるだけだろう。
「桜さんっ! 棪堂さんと何回会ったんですか」
何故か棪堂のことになると、楡井も蘇枋も、ここには居ない椿野も、過剰な反応を示す。
「あの人は桜さんを洗脳しようとしたんですからね!信用しちゃダメですよ」
人当たりのいい楡井が、棪堂に対しては殊更に厳しい。
隣りを歩いている蘇枋も言葉にこそ出さないが、左目の眼差しは酷く冷めている。
「判ってる、大丈夫だ」
楡井の追及から逃れるふりをして、桜は小さく駆け出した。
余りにも人望の無い棪堂がおかしくて、笑いそうになってしまったからだ。
それから2日、桜の元に棪堂が訪れることも、電話やメールが届くことすらなかった。
◆8~10日目 終了◆