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    まろ眉

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    まろ眉

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    ニェンにキスする話

    #ラン夢レン

     唇に、何かが触れる。
     やわらかくて少し湿っているそれは、擦り合わせるように私の唇を食み、そのままの場所で何度も呼吸をした。鼻から抜ける吐息と、粘膜の少し濡れた部分に触れるたびにする小さな水音だけが、静かに響いている。互いの呼吸が乱れ始め、いくらなんでも眠っている私・・・・・・が起きてしまうんじゃないかと思った頃、最後に軽く上唇を吸ってから、それはゆっくりと離れていった。
     
     目を閉じたまま息を整えていると、横たわっているソファが一瞬沈んで、少しだけまぶたの向こうが明るくなる。たぶん、私の上にかぶさっていた人物が立ち上がったのだと思う。それが誰かなんてことは、もうずっと前からわかっていた。
     
     ピンクの髪と黒い背中のコントラストを思い浮かべて目をひらく。
     リビングには、寝たふりをやめた私と、煙草のにおいだけが取り残されていた。
     
     
     ◆
     
     ニェンが労働を終え帰宅する頃、家の中にはすでに就寝の気配が漂い始めている。電車に乗り、最寄りの駅からバスに乗り換え、バス停からは徒歩。どんなに乗り換えが順調でも、ざっと2時間はかかる。僻遠の地にひっそり佇むアイボリー邸の立地は、あまり良いとは言えなかった。
     彼にとって仕事は、主人であるルーサーに対するアピール(ついでに自身の莫大な煙草代のため)でしかなかったため、毎日家を空けることはしない。日雇いの派遣サービスからの依頼を気まぐれに受けたり受けなかったりであったものの、そんな働き方が適うのは大抵の場合、体力がものを言う仕事ばかりだった。
     
     今日も今日とて肉体を酷使して帰宅したニェンは、自分のために残された食事が丁寧にラップで包まれているのを冷蔵庫の中に発見し、キッチンで立ったまま食べた。行儀の悪さを叱ってくれる主人が入口から顔を覗かせたりしないかと僅かな期待を抱いたが、終ぞ現れなかった。少し残念に思った。
     
     バスルームに向かうか寝室に向かうか、思案しながらくたくたの足を動かす。リビングの前を通りがかったとき、テレビがついたままなのを見つけて、ニェンは自分に舌打ちをする気力すら残っていないことに気づいた。イライラする気持ちのままリモコンの電源ボタンを押し、きちんとテレビボードに戻してから、ソファに身を投げ出す。
     
     目を閉じると、いつも不毛な考えばかりが浮かんでくる。でも、今日みたいに疲れ切った日には何も考えず眠りに落ちることが出来るので、もしかしたら自分は、本当はその為に楽しくもない仕事ばかりしているのかもしれない――頭に過ったその考えを振り払うように深く息を吸う。
     ふと、ソファに、残っているはずのない女の髪のにおいを想像して、ニェンはやわい感触を思い出すように自分の手の甲に口をつけた。そのまま、思考がゆっくりと遠のいていく。するりと腕がソファから落ちて、ニェンの意識は静かに、深い眠りの中へと引き込まれていった。
     
     ◆
     
     食事も終わり、皆が自室に引きこもってしばらくした頃、リビングで寝落ちているニェンを見つけたのは、偶然ではなかった。ニェンが夕食の席にいない日、外の仕事から帰宅した彼がリビングのソファでよく力尽きているのを私は知っていた。知っていて、いまここにいる。彼を抱き込んだソファの傍に立ち尽くして、すうすうと寝息を立てる薄い唇を眺めている。
     何度も触れたその感触を思い出して、無意識のうちに唾を飲み込んだ。その音が存外大きく耳に響いて、はたと現実へと引き戻される。私は煩悩を振り払うように、熱を持った顔を手のひらで仰いだ。
     
     抱えていたブランケットを、ニェンの体に、起こしてしまわないよう慎重に被せる。体が大きいので、ほとんど胴体しか覆えなかったが仕方がない。ソファから零れ落ちていた腕もブランケットの内側にしまってあげようと触れた瞬間、骨ばった手に掴み返され、力強く引き寄せられる。逆らえず体勢を崩した私は、咄嗟にソファの背もたれを掴んで、彼の顔の横に肘をつくことでなんとかバランスを保った。
     
     焦点が合わないほどに近づいた顔の、どこを見ているのか自分でもわからないまま、どうかその目が開かれませんようにと祈る気持ちでニェンを見つめる。穏やかなまま繰り返される呼吸に安堵してからも、私は彼の上から離れられないでいた。覆いかぶさるように重なった胸から伝わってしまうんじゃないかと思うほどに、鼓動が激しく脈打っている。彼の寝息が唇にかかって、私の前髪が彼の額に触れて――
     一瞬だけ、押し付けるようにしたキスは、やはり煙草の味がした。
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    まろ眉

    DONEルーサーにおやすみのキスをしてもらう話
    冬が好きだ。ピリと冷えた空気のおかげで、普段は感じない男の熱がしっかりと伝わってくるから。ルーサーの、本をめくる音だけが心地よく耳をくすぐる静寂の中、私たちは肩を寄せて体温を分け合っていた。ベッドフレームに背中をあずけて、一枚の毛布に包まっている。少し粗くてざらついた感触のそれはあまり好みではなかったけれど、こうして彼の肩に頭をくっつけていれば気にならなかった。すっかり装飾品を取り払ったルーサーの指が、紙の上を滑る様子をうっとり眺める。この二人きりの特別な時間を、私はクリスマスの朝よりもずっと大事に思っていた。毎年楽しみに準備している彼には悪いけれど。「もう眠るかい?」私の頭が何度も肩を滑り落ちるのに気付いたルーサーが、紙の上の文字を追っていた目をこちらに向ける。久しぶりに視線が合ったのが嬉しくて、体ごと向き直ってぎゅっと抱きついた。私は二の腕に顔をうずめたまま首を振って、眠らない意思を表明する。「困った、どうしたら眠る気になるのかな。……教えてくれる?」少し体勢を変えたルーサーの体重でベッドが小さく音を立てた。手のひらが頬をなぞって、金属の冷たさを忘れた指が、髪を梳くようにして首の後ろを滑る。くすぐったさに身をよじりながら、厚い体に抱きついていた腕を首へと回すと、彼の体が自然とこちらに寄り添ってきた。そっと頬の辺りで囁くと「仰せのままに」と瞼にキスが落ちてくる。そのまま額、頬、鼻先と次々振ってくるキスにくすくす喜んでいるうちに、私たちはすっかりベッドにもつれ込んでいた。私を見下ろす四つの瞳が、静かに問いかけている。「おやすみのキスはまだ必要かな?」答えの代わりに、私は彼の少しかさついて仄かにぬくい首筋に口づけた。
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