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    まろ眉

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    まろ眉

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    17ランダルに夢の中で改めてプロポーズされる話

    #ラン夢レン

     夕方の駅前は人々であふれかえって、今日という一日のエンドロールのように流れていく。その人ごみの一部だったあなたは、やっとの思いでその群れから離れ、人通りもまばらな道を少し速度を落として歩いた。
     
     夕焼けに染まった街並みを見て、あなたは一人の少年のことを懐かしむ。
     夢の中の不思議な友人、ランダル。今思えば、彼の髪の色は錆びた鉄みたいだなんて言い表すより、この夕日の色に例えたほうがぴったりの表現だったように思う。天真爛漫で、奔放で、素直。自分の夢が作り出した彼の性格は、きっと自分も持っているはずのものだと、あなたは何度も勇気付けられてきた。
     彼と過ごした日々はそう長くはなかったけれど、夢の中で、生まれて初めてされた可愛らしいプロポーズのことを思い返す度、あなたはいつだってやさしい気持ちになった。この記憶さえあれば、この先のどんな辛い出来事も乗り越えられるような気がする――
     
     あなたは、彼がどんな声をしていたか、少しずつ思い出せなくなってきている自分に気付きながら、寂しさを誤魔化すように心の中で彼の名前を呼んだ。
     ランダルの夢を見なくなって、三ヶ月が過ぎようとしていた。
     
     
     
     ◆
     
     気が付くと、あなたは見覚えのある象牙色の屋敷の前に立っていた。
     懐かしさを感じる佇まいに、あなたは大きく息をのむ。屋敷の周りを囲うように生えた木々も、空の色も、何も変わっていない。あなたの記憶のままの景色がそこにあった。
     心臓が高鳴る。現実に向き合い、逃避することをやめたことで、自分にはもうこの夢は必要なくなってしまったのだと思っていた。もう一度、大切な友人に会えるかもしれない。あなたははやる気持ちでドアノッカーを三回鳴らして屋敷の中に入る。相変わらずよく物が散らばっている家だ。代り映えのない光景が嬉しかった。決して踏んだり躓いたりしないよう、足元に気をつけながら、あなたは導かれるように約束の部屋を目指した。
     
     
     あなたは一つの部屋の前で歩みを止める。覚えのある扉だが、違和感がある。あの子供っぽいプレートがかかっていない。
     あなたは少し考えて、三回ノックをして扉を開けた。むっと湿気た空気と煙の臭いがあなたの体を一瞬包んで、入口からこぼれ出る。部屋の中は暗く、見慣れたランダルの部屋かどうかわからない。部屋の奥にあるモニターの灯りだけが、ギラギラとその前に座る人影を照らしていた。ぼんやりとしたシルエットしか見えないが、心当たりは一つしかない。あなたは恐る恐る、この夢の中で唯一の友人の名前を口にする。
     
    「ランダル……?」
     
     沈黙が続いたあと、影の人物がチェアごとくるりとこちらを向いた。顔はまだ見えない。こちらを観察しているような間が開いて、その人物がのそりと立ち上がる。想像していた身長よりずっと大きく、あなたは「やっぱりランダルじゃなかった」と感じ、その得体の知れなさに恐怖で身がすくむ。ゆっくりとこちらに近づいてくる足取りに、思わず一歩後ずさったところで、廊下からの光に照らされて目の前の人物の姿がぼんやりと浮かび上がった。
     
     青年だ。よくわからない意味の言葉が書かれたTシャツを着て、見覚えのある黒縁眼鏡をかけている。胸元まで伸ばされた髪は油っぽくぺったりしていて、暗がりでよくは見えないが、錆びた鉄のような色をしている。顔中に広がった吹き出物が痛々しい。
     青年が近づいて、扉を開けたときよりも強烈にかおる煙の臭いに、あなたは思わず息を止めた。
     
     
    「――やあヒロイン。随分もったいぶった登場だね。二年……三年ぶり? わたし以外の観客はとっくに家に帰って、今頃きっと棺桶の中だよ」
     
     言葉の端々から仄かに鋭さを滲ませるその声を、あなたは知らなかった。聞き覚えのないテノールの声に、ランダルの面影を残す姿。自分が肯定と否定のどちらを求めているのかもわからないまま、あなたは呟くように問いかける。
     
    「ランダル……だよね?」
    「ジム・キャリーにでも見えるんじゃなければ、そうだろうね」
    「なんか、大きくなったね……?」
    「君が縮んだって可能性は考えなかった?」
     
     なんだか、すごく、ひねくれている。
     あなたは、頭の中の無邪気なランダルの記憶がますます遠ざかっていく気がして、思わずふらふらとその場に座り込む。ランダルは、ショックを受けた様子のあなたの前にしゃがみ込み、その顔をまじまじと見つめた。その表情は、何かを探るような、あなたからの行動を待っているような、わずかに期待を薄めたもののように見えた。
     
    「……三年も、わたしの前からいなくなって、もう二度と会いに来ないつもりなんだと思ってた」
     
     三か月前とのギャップに慣れず、まだ衝撃の中にいたあなたが何も言えないでいると、浅くため息を吐いたランダルが、膝で頭を挟むようにうなだれて言う。安堵と失望の色を含んだ声に、あなたは胸が締め付けられる気持ちになった。
     

     ――三年。彼の言葉通りなら、現実で流れていた時間と夢の中で流れていた時間にはかなりの差があって、自分が夢を見なくなったあともずっと、ここでひとり待ち続けていたのだろうか? あなたはこの広い屋敷にひとりぼっちのランダルを想像して、その孤独さに胸が痛む思いがした。
     何か言葉をかけなくてはとあなたが口を開いたとき、ぱっと顔を上げたランダルが「それで?」とそれを遮った。
     
    「約束を果たしてくれる気になったってこと?」
    「えっ?」
     
     あなたは思わず間の抜けた声をあげて固まってしまう。少年の姿だった頃と同じように頭を撫でてもいいものだろうかと、恐る恐る伸ばしかけていた腕を、少し気恥ずかしい思いで元の位置に戻した。
     眼鏡の奥から、こちらを射貫くような視線を向けられたあなたは、ランダルとしたことのあるいくつかの約束を思い浮かべる。『どの扉もノックを三回してから開けること』、『屋敷の夢をみたら、ランダルの部屋を訪れること』、『地下室には行かないこと』どれも、改めて果たす・・・ようなものではない気がして、口をつぐむ。そんなあなたの様子を非難するように、ランダルは目を細める。
     
    「『結婚は、君が大きくなったらね』そう言ったのはあなただよ」
     
     不機嫌にわざと低くした声で咎められて、あなたはランダルと最後に会った、あのプロポーズの日のことを思い出した。
     ――結局、あの日あなたは、まだ幼げな顔をした少年の告白を、大人らしい酷薄さでうやむやにしたのだ。だって、あなたにとってランダルは、夢の中にだけ存在する、永遠に少年の姿をした自分自身だと思っていたから。
     あなたは不貞がばれた夫のように慌てて言葉を並べ立てる。あまりに下手な言い訳だった。
     
    「君が歳をとるって、知らなくて」
    「……信じられない! 少しも本気じゃなかったってわけ?」
    「いや、その、そういうつもりじゃ……」
    「なに? はっきり言ってよ」
     
     鼻息荒く詰め寄ったランダルは、あなたの煮え切らない態度にヒステリックに叫んだ。その顔は興奮で真っ赤に染まっている。大きく開いた口にはぎっしりと尖った牙が並んでいて、あなたはその人間離れした咥内に一瞬気を取られそうになった。でも、そんなことはいま、全く重要じゃない。いま一番大事なことは、目の前の友人を悲しませてしまったことだ。
     
     あなたは、どこか心の中で「どうせこれは自分の夢なのだから」とランダルの気持ちを軽く扱っていたことに気付かされ、恥ずかしくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。嫌われたって、仕方ない。そう思うと、とうとう目も合わせていられなくなって、あなたは視線を、へたり込んだ自分の膝へと落としてしまう。
     
    「ランダル、ごめんなさい……」
    「……」
     
     自分の声があまりに切なげに聞こえて、あなたは声を出すんじゃなかったと後悔した。目の奥から自分の浅ましさがあふれ出てきて、ぽたぽたと二つ、カーペットに落ちる。泣きたいのはきっと、ランダルの方なのに。あなたにとってこの三ヵ月、あの日の、少年のまっすぐな瞳と言葉が宝物だった。自分がそれを壊してしまったことが信じられなかった。
     
    「……あなたは、相変わらず泣き虫だね」
     
    「よく見せてよ」と頬を掬われて見上げたランダルの顔は、涙とも笑みともつかない曖昧な表情に歪んでいた。
     
     ◆
     
     それから、かつてそうしていたように、あなたとランダルは並んで座りこんで話をした。あなたには三ヵ月、ランダルには三年間もの間ため込んだ思いを、言葉にしてきちんと伝えた。途中、あなたが零した「君は私の夢が作り出した存在なのに、私とはまったく性格が違うよね」という言葉に目を丸くしたランダルが、すぐに遠くを見るように目を細めてぼやく。
     
    「ああ……そういうこと。なるほどね、どおりで……」
     
     ついには頭を抱え始めてしまった。あなたはそんなランダルの様子を眺めながら、ずいぶん年相応の仕草をするようになったなと考える。少し前までは、やや子どもらし過ぎるような、と思えば逆に大人らし過ぎるときもあると感じていたのだ。それが彼らしくて、あなたは微笑ましく思っていたのだけど。
     
    「あのさ、たぶんあなたは勘違いしてると思うんだ」
    「勘違い?」
    「これはあなたの夢だけど、わたしの夢でもある」
     
     いまいちピンと来ていない表情のあなたを見て、ランダルは苦笑いを浮かべた。
    「つまり、わたしも、実際に存在しているってこと」
     
    「レム睡眠が引き起こした幻覚なんかじゃない」そう言って、ぽかんと口を開けて固まってしまったあなたの手を覆うように重なったランダルの手は、熱くて、べたべたしていて、その存在を示すかのように力強かった。初めて手袋なしで触れたその熱に、あなたは全身に熱が広がるような感覚を覚える。
     
    「それで……改めて考え直してくれるとありがたいんだけど……」
    「な……なにを?」
    「わたしと結婚するって約束……」
     
     ランダルの真っ赤な顔は、決して吹き出物だけが原因ではないことは明白で、負けないくらいに頬を火照らせたあなたは「もう少し、大きくなってから……」そう、消え入りそうな声で呟くのが精一杯だった。
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    まろ眉

    DONEルーサーにおやすみのキスをしてもらう話
    冬が好きだ。ピリと冷えた空気のおかげで、普段は感じない男の熱がしっかりと伝わってくるから。ルーサーの、本をめくる音だけが心地よく耳をくすぐる静寂の中、私たちは肩を寄せて体温を分け合っていた。ベッドフレームに背中をあずけて、一枚の毛布に包まっている。少し粗くてざらついた感触のそれはあまり好みではなかったけれど、こうして彼の肩に頭をくっつけていれば気にならなかった。すっかり装飾品を取り払ったルーサーの指が、紙の上を滑る様子をうっとり眺める。この二人きりの特別な時間を、私はクリスマスの朝よりもずっと大事に思っていた。毎年楽しみに準備している彼には悪いけれど。「もう眠るかい?」私の頭が何度も肩を滑り落ちるのに気付いたルーサーが、紙の上の文字を追っていた目をこちらに向ける。久しぶりに視線が合ったのが嬉しくて、体ごと向き直ってぎゅっと抱きついた。私は二の腕に顔をうずめたまま首を振って、眠らない意思を表明する。「困った、どうしたら眠る気になるのかな。……教えてくれる?」少し体勢を変えたルーサーの体重でベッドが小さく音を立てた。手のひらが頬をなぞって、金属の冷たさを忘れた指が、髪を梳くようにして首の後ろを滑る。くすぐったさに身をよじりながら、厚い体に抱きついていた腕を首へと回すと、彼の体が自然とこちらに寄り添ってきた。そっと頬の辺りで囁くと「仰せのままに」と瞼にキスが落ちてくる。そのまま額、頬、鼻先と次々振ってくるキスにくすくす喜んでいるうちに、私たちはすっかりベッドにもつれ込んでいた。私を見下ろす四つの瞳が、静かに問いかけている。「おやすみのキスはまだ必要かな?」答えの代わりに、私は彼の少しかさついて仄かにぬくい首筋に口づけた。
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