ほこらパロ ニョロパロ 何戸科湾を南に、西には隆々とした山脈があり、遠く東の平野まで裾を伸ばしている。西の大山脈の裾は低くなるにつれてだんだんとちぎれ、小山となって東の平野に点々と散らばる。その間を何本かの河が流れ、ぬかるんだ土地は耕されて田んぼになった。小山に登ればあたり一帯を覆う田畑を眺められたので、この平野を夕比礼江野(バタヒレエヤ)という。
さて、平野を流れる河のうちの一本、下流にとある村がある。この村には昔、外れにオウミという名前の若者が一人住んでいた。たいそう器量の良い男であったが、ある時から古い空き家に勝手に住みつき始めた流れ者でもあった。
この若者は始めこそ仕事を手伝おうと村の衆に寄ってきていたが、若者はあまりに畑仕事ができなかったのでそのうち相手にされなくなったのであった。
この年は雨がよく降った。村のすぐそばの小山には大蛇が棲みつき、雨を呼ぶ。村人は治水にも駆り出されて忙しく、よそ者に構う時間も惜しかった。
そんなわけでオウミは山に入って木の実やきのこをとってきて食いつないでいた。
オウミがいつものように山で木の実を探していると、茂みに獣道を見つけた。まだ木の実を一つも見つけられていなかったオウミは、この先にブナかクワが生えているかもしれぬと考え、不用心にも獣道をかき分けて進んでみることにした。
雨露滴らせる草木に衣を濡らしながら進むと、細い道の先には少しひらけた場所があった。突き当たりには背の低い観音開きのロッカーが置かれている。
近寄ってみると天板はひどく錆びており、物を置くには頼りない。定礎に乗っている角も茶色く朽ちて、今にも崩れ落ちそうだ。扉は片方だけ開いており、中の暗闇がくっきりとしてやけに生々しい。昔は誰かしらが作業に来ていたのかもしれないが、今はそんな気配はない。
オウミはふと扉の中が気になり、覗き込んでみることにした。もしかしたら中にめぼしい物が残っているかもしれない。
しかし薄暗い山の中では扉の奥をどんなに覗いても中が見えない。光を入れようとオウミがもう片方の閉じている戸を引っ張ると、どうも腐食で脆くなっていたようで、ロッカーの天板の一部をひっつけて戸の取っ手が取れてしまった。
それと同時に中から何かが飛び出してきた!驚いて尻餅をついたオウミがその方に振り返ると、なんとそこには男の顔を太い蛇の体にくっつけた、人面の蛇がいるではないか。人面蛇はしばらくオウミを見ていたが、サッと茂みに飛び込んで消えた。恐ろしくなったオウミは急いで山を駆け降りた。
オウミはほうほうのていでなんとか家まで逃げ帰った。しかしその日から、昼夜問わず静かな時間に床を擦るような音がするようになった。ある時は家の外から、またある時は天井の上から聞こえてくる。外に出ても己の足音にまじって地面をする音が時折聞こえるのである。オウミは肝の小さい若者だったので怯えながら日々を過ごした。
そんなある夜、オウミは悪夢で目を覚ました。悪夢で起きれば誰しも怖いもので、オウミもなかなか寝付けない。窓からちょうど差し込む月の光を眺めて心を落ち着けようとすると、またあの床を擦る音がした。
しかも今度はすぐ近く、背後から音がする。オウミはたまらず目を瞑り、必死に寿限無を唱えた。しかし音はするりするりと移動してオウミの目の前までやってきてしまった。
オウミがいっそう強く声を出して唱えていると、「やめにょろ」と声がした。若い男のはっきりした声にオウミが唱えるのをやめると、今度は額に人肌の柔らかいものが触れて離れる。
オウミは祈りが通じたのだと目を開くと、そこには男の顔をした黒黒しい大蛇がいた。男の顔がニタリと笑うと「かわいいにょろ」と鳴いた。
そして大蛇は声を出せないままのオウミを絡め取り、山へ消えていった。それからオウミの姿を見た者はない。
おしまい!!!