酒は飲んでも飲まれるなセノは砂漠での調査の一環で沈黙の殿に立ち寄り、そのまま一泊することになった。
夜も更け、セトスの部屋で床に座ってくつろぎながら酒を飲んでいた。奥から引っ張り出してきた秘蔵の古酒を開け、酒を手に入れた経緯や歴史などを饒舌に語っていたセトスだったが、ニ時間ほど経った頃だろうか。だんだんと彼の口数が少なくなっていることに気づく。
普段からよく酒場にいるため、酒に強いイメージを抱く者も多い。真実ではあるだろうが、見るからに度数の高そうな古酒をぐびぐび飲んでいるのだ。誰だって酔うに決まっている。
ぽやぽやした表情のまま、無言でグラスを開け続けていたが、やがて動きが止まってしまう。心配したセノは、「どうした?具合でも悪いのか」と水を差し出した。
しばしの沈黙のあと、セトスはぼそりと呟く。
「せのはなんでいつもぼくと飲んでくれるの」
かなり酔っているらしく、呂律があまり回っていない。普段シラフで軽快に物語を語る彼からは想像できない姿だ。
「俺がお前と飲みたいと思ったからだ」
「てぃなりと飲めばいいじゃん。すきなんでしょ?」
長年の友人の名前が突然出てきたことに驚く。
なぜセトスとの飲みの話でティナリが出てくるのだろうか。
「もちろん好きだが、お前と飲まない理由にはならない」
「やっぱり好きなんだぁ………っ」
なんと、突然セトスがぽろぽろと大粒の涙を流し始めたのだ。幼少期を除いて、彼の涙を見たことのあるものはテイワット中を探してもほぼいないであろう。酒とは人がひた隠しにしているものを全て丸裸にする恐ろしいものである。
「お前ももちろん好きに決まっているだろう!」
セノは大慌てで訂正を入れる。予測不能な事態の連続に、酔いはすっかり覚めてしまっていた。
「ほんとに…??ぼくの…こと………?っ……うぅ………」
セトスはあまりの嬉しさに、言葉を途切れさせ嗚咽を漏らす。涙が止まるどころかどんどんと零れ落ちてゆく。慰めたはずが逆効果だったようだ。
「どうして泣くんだ…今日のお前は珍しいな」
返事はない。しばらくすると、セトスは涙で赤く滲んだ目をセノに向け、ふにゃりと笑いかける。
「………ぼく、せのが世界でいちばんだいすきだよ」
「本心かは分からないが、流石に照れるな………」
にこにこと笑うセトスの表情は柔らかく、非常に愛らしい。思えば、彼は普段から頻繁に笑う明朗な青年であったが、その笑顔は本心を隠す仮面のようでもあった。セトスは周囲をよく観察しており、誰にでも「いい顔」をする。フレンドリーで簡単に人の心の内側に入り込むが、目的達成の手段のため近づいただけなのか、それとも心から仲良くなりたいと思っているのかは誰にも分からない。
沈黙の殿で初めて再会した頃より、かなり自然に笑いかけてくれるようになってはいたが、こんなにも自然な表情を見るのは初めてだった。
へにゃりと気の抜けた表情で座る兄弟を見て、セノは庇護欲を掻き立てられていく。いわゆる「お兄ちゃんモード」が発動したのである。その場で両手を広げ、近くに来るよう促した。
普段なら恥ずかしがるだろうが、理性が溶けている今のセトスには関係ない。むくりと立ち上がると、セノの腕の中にすっぽりと収まった。
セトスはセノの肩に顔をうずめ、何かを呟いている。
「…………い……」
「ん?なんだ?」
「あったかいね」
可愛すぎるだろう…!!!
弟の素直な様子に、愛おしさが胸を突き上げる。たまらずぎゅっと抱きしめ、ふわふわの髪を撫でた。
「何か困ってることはないか?なんでも聞いてやる」
今なら彼の本音が聞けるかもしれない。
すると、頭をセノに預けたままぽつり、ぽつりと呟き出した。
「こういうのはじめてで…うれしい……
ひとりはさびしいし、嘘つきたくないのに……仲良くなると、うしなうのがこわくて………っう………」
ぐすぐす泣きながら奥に秘めた感情を吐き出していく。セノは何も言わず、セトスの頭をぽんぽんと撫でながら話を聞くことにした。
「ひみつとかめんどうだよ………なんで…っ、ふつうのせいかつができないの………」
「いきなり首領とか、むりだよ、どうすればいいかわかんないよぉ………」
沈黙の殿の首領という立場上、身分を明かすことができず、話せないことが山ほどある。それを抱えたまま生きるのはどれだけ辛く孤独なことだろうか。セノには理解することが出来ず心苦しいが、その分隣で支えてやりたいと強く思った。
「ずっといっしょにいてくれる………?」
「ああ。もちろんだ」
「ありがt………」
言葉が途中で途切れる。寝てしまったようだ。
ベッドに寝かせてやろうと思ったが、背中に絡まった腕は離れそうにない。無理やり下ろすと起こしてしまいそうだったので、諦めてセトスを抱いたままベッドに入り、共に寝ることにした。
「おやすみ。よい夢を」
ーー次の日ーー
セトスが目を覚ますと、至近距離にセノの顔があった。びっくりして飛び起きる。
「おはよう。酔いは覚めたか?」
酔い……??そういえば、昨日酒を開けたところで記憶が終わっている。机に目をやると、空っぽの酒瓶が置いてあった。
ーー飲みすぎた………!!!
勘のいいセトスはすぐに察し、恐る恐るセノに尋ねる。
「昨日の夜、もしかして迷惑かけたりしちゃった…?」
「いいや。だが、貴重な体験だったな」
にやりと笑うセノ。
「ちょっとちょっと!?詳しく教えて!!」
「ここはあえて沈黙しておこう。沈黙の殿だけにな」
「ここでダジャレはいらないってば!!」
セノをいくら問い詰めても昨夜の真実を語ることはなかった。セトスはこれ以降、絶対に飲みすぎないことを胸に誓うのであった。