槍を返す話教令院との手続きの用紙を渡すため、セノは沈黙の殿に立ち寄った。直接取りに来るよう手紙を出してもよかったのだが、たかが用紙一枚のために手間をかけさせるわけにはいかない。砂漠の地形に詳しい者は数えるほどしかいないため、セノは自ら配達の役目を志願したのだった。
殿を訪ねたのはセトスとの決闘以来のニ度目だ。殿の人たちの申し訳なさそうな視線や、我が子を見守るような温かい視線を横目に奥へと進む。セトスの自室の扉をノックし、そのまま中へと入った。
セトスは椅子から立ち上がり、勢い良く振り返る。入ってきたのがセノだと気づくと、ぱあっとにこやかな笑顔を見せた。
「セノじゃないか!突然どうしたの?教令院から何か伝言とか?」
「察しがいいな。教令院と沈黙の殿の間で協力関係を結ぶにあたって、手続きの書類を渡すよう頼まれてな。挨拶ついでに俺が行くことにした」
「わざわざセノが届けてくれたんだ…ありがとう!手紙を送ってくれれば直接行ったのに」
「俺がやりたくてやったことだ。気に病む必要はない」
…
書類について一通りの説明をし、用事は五分ほどで済んでしまった。
「せっかくだし何か食べてく?大したおもてなしは出来ないけどさ」
「いいや、長居をすると迷惑だろう。これで失礼させてもらう」
セノは踵を返し、扉に手をかける。その時、
「そうだ、ちょっと待って!用事を思い出した」
突然セトスは部屋を出ていき、数分で大きな何かを手に戻ってきた。
「はい、これ。君に返すよ。」
突然セトスから渡されたのは、頑丈そうな槍だった。どこかで見覚えがあるような気がする。
「もしかして…お前が決闘の時に使っていた槍じゃないか?どうして俺に?」
返すというのは持ち主がいてこそ成り立つ言葉だ。セノには全く身に覚えがないため、不思議そうに尋ねる。
「突然何だって感じだよね。この槍はジュライセンの持ち物だったんだ。じいちゃんから譲り受けて使ってたんだけど、もう用がなくなったからね。君に返すことにしたんだ。ジュライセンはもういらないって言うだろうから、君に持っていてほしい。駄目かな?」
話を聞いてもなおピンと来なかったが、セトスがそう言うなら間違いないのだろう。セノは納得し答える。
「先生の持ち物…そうか。受け取ろう。
だが、本当にもう槍を使わないのか?お前の腕は相当だった。やり手だと思っていたが…」
「あはは!槍だけにね!ありがとう。槍は跋霊の力と一緒に決別したのさ。自分へのけじめってところかな。あ、君のせいじゃないからね?お揃いじゃなくなっちゃったのはちょっと残念だけど!」
「なるほど。お前が自分で決めたことなら止めない。」
君って本当に鈍感だな、と内心思いながら、セトスは話題を変える。
「セノって弓は使えるの?僕が教えてあげようか?」
「弓は師匠から少しだけ教わったが、てんで素人だ。弓を使えたら、ティナリやコレイとも肩を並べられるな。四人で狩りをするのも楽しそうだ」
「狩り!いいね!その時はどっちが沢山捕れるか競争だ」
「ああ、受けて立とう」
こうして二人は近い将来の約束をするのであった。