沈殿ASMRカップルチャンネル最近教令院での卒業制作がとても忙しく、ストレスのせいか寝付きが悪い。ついつい深夜まで夜ふかしをしてしまい、次の日に寝不足で講義中寝落ちする…なんて堕落した生活を送っていた。
先輩いわく、寝る前にASMRという動画を聴くとぐっすり眠れるらしい。試しに、先輩から送ってもらった動画の1つを聴いてみることにした。耳かき、マッサージ、シャンプーなど様々な種類があるようだ。両耳から聴こえてくる立体的な音声が心地よく、日々の疲れが癒やされていく。気づいたら朝日が登っていた。いつの間に寝落ちしていたようだ。これは効果てきめんかもしれない!すっかりASMRの虜になってしまった私は、毎晩新しい動画を漁り、片っ端から聴いては寝落ちする日々を送るようになった。
ある日の夜、いつものように動画を探していると、見慣れないチャンネルの生配信がおすすめに流れてきた。タイトルは「初めてのASMR」、チャンネル名は「碧眼」、サムネイルは一面の砂漠。どんな内容なのか、見た目からは見当もつかない。普段ならスルーするはずなのに、魅了にかけられたかのように目を奪われてしまった。まあ、つまらなかったらブラウザバックすればいいし…という軽い気持ちで再生してみる。画面にはサムネイルと同じ砂漠が広がっている。程なくして男性の声が聞こえてきた。
「はいは〜い、みなさんはじめまして。声は聞こえてるかな?」
少し高めで艶のある聞き心地のよい声だ。この人の話だったら永遠と聞いていられるな、と直感で感じた。
「反応ありがとう!コメント見えてるよ。この配信ではASMRをやっていこうと思うんだけど、タイトルにもある通り初めてなんだ。聞き辛かったらごめんね?君に安らかな眠りをお届けできたらいいな。どうぞよろしく!
じゃあまずは目を閉じてみて。今すぐ寝ようと思わなくてもいいよ。そうそう、いい感じ。
仕事終わりの人も、勉強終わりの人も、お疲れ様。今日も1日よく頑張ったね。」
頭を撫でられている感覚がする。少し乱暴だが、悪くない心地だ。
「マイクチェックするね。まずは右耳。次に、左耳。もう一度右…と見せかけて左耳!騙された?」
ず、ずるい…!!!開始5分で心を奪われそうになった。
「じゃあまずはタッピングから。音に集中してみて」
タッタッタッタッタッ、トットットットッ…
頭の頂点から円を描くように、軽快なタップ音が聞こえてくる。
「うまく出来てるかな?次は耳を塞ぐね」
ゴーーーーーーッ
「不思議な感覚だったでしょ。僕、耳を塞ぐの結構好きなんだよね。閉塞感が癖になるというか!みんなは何されるのが好き?…あっ、寝てたらコメント打てないか。おしゃべりするのが楽しくてつい。ごめんごめん。
じゃあ次、耳かきだね。デカ耳くんもやってみる?」
「俺も喋っていいのか?観客に徹するつもりだったが」
突然、先程までの声の主とは別の声が聞こえてきた。デカ耳と呼ばれた男性は、もう一人の彼より少し低めで落ち着きのある声をしている。
「いいよ、そのために呼んだんだ。隣に座ってるだけじゃつまらないだろ?」
「おい、画面を見てみろ。ものすごい速さで動いているぞ」
気になって、頭の横に置いていたスマホを手に取りコメント欄を眺める。
男!?!?
もしかして付き合ってるんですか?
彼氏!?!?
一緒にASMRやる男友達ってどういう関係??
反応が素直すぎて笑えてくる。彼氏なんだろうか…視聴者は皆、突然現れた男の存在に同じ疑問を抱いているに違いない。
「やましい関係じゃないから!ただの親友!みんなコメント打ってないで、目を閉じて!寝に来たんだろ?」
「コメント欄のご面倒にはノーコメントだ、ごめんな」
ぴたっ、とコメント欄の勢いが止まった。布団の中にいるはずなのに一瞬物凄い寒気がしたのは気のせいではないと思う。
「皆、俺のダジャレに聞き入っているようだな。これはコメントとごめんをかけ…」
「解説しなくても分かるよ!!ダジャレにこんな活用法があったのか…まあ気を取り直して、耳かきだね。はい、これ。喋るときは小声で囁くんだよ?」
「なるほど…よし、入れていくぞ。」
ズボッッッガリッガリッゴゴゴッ
「ちょっとちょっと!そんな勢いよく突っ込んだらみんなの耳が血まみれになっちゃうよ!?」
「す、すまない。次は優しくする」
「ほら、手を貸して。入れるよ?」
スス…カリ、カリカリ…
「こうか…?気持ちいいだろうか」
「力入れすぎ。もっと緩めて」
カリ………カリ…………
「いい感じだね。もうちょっと奥に入れてもいいよ」
「ああ、だんだん慣れてきたぞ」
「じゃあ手を離すから、逆側は自分で動かしてみてよ」
カリカリ………カリ……
「ふう。心地よかったか?」
一体何を聞かされているのだろうか。脳内で宇宙猫が遠くを見つめていた。興奮して睡眠どころではない。
「次はどうしようか。何か音の鳴るものは持ってる?」
「音が鳴るかどうかは分からないが、ちょうど手元に七聖召喚のカードがあるな」
「なんでポケットに入ってるのさ…じゃあ、こうやって爪で弾いて〜しならせるといい音出るんじゃない?」
タタッ、タッタッタッ、ベベベン
「待て!!!!!大切なカードを折り曲げるな!!!!!!」
「急に大きな声を出さないで!!冗談だよ。カードは返すね」
「この身で万象を粛清するところだったぞ…」
鼓膜が破けるかと思った………この二人、普通に会話してるだけなのに面白いなぁ。
「気を取り直して、次はオイルマッサージをやっていくよ。ここで問題!なんの香りでしょうか?デカ耳くん、香ってみて」
「ふむ、華やかで自然と心が落ち着く香りがするな。花の香り…分かったぞ、ラベンダーだな?」
「正解!よく分かったね!これはいつも僕が使ってるヘアオイルだよ。ベタつかないから肌にも使えるんだ。手を出して、つけてあげる」
キュポットプトプトプ…
「いいのか?くすぐったいな…」
「何度見ても細くて綺麗な手だね。でも乾燥してる。毎日クリーム塗ってないでしょ?」
「塗っていないが…必要なのか?」
「スキンケアはちゃんとやらなきゃ!綺麗な肌なんだから保湿しないともったいないよ。君みたいなズボラくんには〜これ!オールインワンジェル!これをお風呂あがりに顔に塗るだけでいいんだ。簡単だろ?」
「やけに詳しいな。相当こだわっていると見える。今度詳しく店を紹介してくれ」
「興味持ってくれた?じゃあ、僕のとっておきのオイルで全身マッサージしてあげるよ。最近仕事が多くて疲れてるだろうからさ」
「頼む。今からでいいのか?服は邪魔か?」
「オイルまみれになっちゃうから脱いだほうがいいかも。その前に、配信を止めないとね。」
「みんな、最後まで見てくれてありがとう!またいつか配信できたらいいな。それじゃ、おやすみ」
プツリ。視聴者を置いてけぼりにしたまま、配信は終了した。途中からASMRそっちのけでいちゃついているのは何だったのだろうか…もう睡眠どころではなくなってしまった。アーカイブを視聴しようとしたが、検索してもどこにも残っていない。あの配信は、神様が見せた一夜の幻だったのだろうか。
ギンギンに目が冴えたまま、いつもと変わらない朝が来た。あまりにも眠いが、気持ちは晴れやかだ。いつかまたあの二人の配信を聞けますように…そう願いながら、私はまた夜な夜な動画サイトを漁るのあった。