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    そうこ

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    そうこ

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    旅の中で見つけた廃教会で結婚式をすることになったラーヒュンの話。
    当然のように死者と会話をするヒュンケルがいます。
    付き合っているのかいないのかは不明なのでお好きな方でお読みいただければ幸いです。

    #ラーヒュン
    rahun

    記念日 荒れた道に二つの足音が響く。
    辛うじて人の手で作り上げられたであろう道は見えるが、もうずっと誰も歩いていないのか生茂った草がその姿を隠していた。
    そんな道をしばらく歩くと、ぽつりぽつりと佇む廃屋が現れた。
    「廃村か」
    「そのようだな」
    ヒュンケルとラーハルトは辺りを見回すが、どの建物も打ち崩され瓦礫しかない。
    そんな中に一つだけ異彩を放つ建物があった。
    所々朽ちているが屋根を飾る十字架は原型を留めている。
    「あの教会……」
    「どうしたヒュンケル」
    ヒュンケルは引き込まれるようにふらふらとその建物へ足を進める。
    訝しげに思いながらもラーハルトも後を追う。
    そしてたどり着いた教会の横には、とうの昔に朽ちたと思われる骸が一つ転がっていた。
    ヒュンケルはその場に屈みこみ、骸にそっと触れた。
    「そいつに呼ばれたのか?」
    「いや、こいつではない。 この亡骸の魂はここにはないようだ」
    ラーハルトの相棒はその生い立ちのせいか、どうにも生なき者に吸い寄せられる気質がある。
    そしてその声を聴く、とても人間にできる所業と思えないが、目の前の男は呼吸をするように死者と言葉を交わす。
    「……そうか」
    なにかに納得したように一つ頷くと、ヒュンケルはおもむろに立ち上がり、教会の中へと入っていった。
    屋内は思いの外明るく、崩れた屋根から木漏れ日のように陽が差している。
    主祭壇にも、亡骸。こちらはラーハルトにもわかるほど禍々しい気を帯びている。
    構えるラーハルトとは対照的に、村人に聞き込みをするかの如く軽やかな足取りでヒュンケルは近づいた。
    地を這うような呻き声は油断をすれば呪われてしまうのではないか、とラーハルトは危惧するがヒュンケルは顔色一つ変えず相槌を打っている。
    「ラーハルト」
    話が着いたのか、ヒュンケルがラーハルトを呼びながら振り返る。
    「結婚式を、あげよう」
    いつもの表情で、いつもの旅路の提案をするように放たれた言葉は、流石にラーハルトも理解に時間を要した。
    「……オレ達は、男同士だぞ」
    どうにか復活した思考回路で返す言葉はどこかズレている気がしたがラーハルトは気にしないことにした。
    「いいんだ、なんでも。 結婚するという誓いが立てられるなら」
    いつの間にか亡骸から立ち登っていた黒いモヤを眺めながらヒュンケルは目を細めた。
    「駆け落ちをした恋人達がこの教会に駆け込んできたんだ。 憐れに思ったこの神父が結婚式をあげようとしたところに盗賊が押し込み殺されてしまったらしい」
    その未練がヒュンケルを呼んだのか、とラーハルトは納得した。
    「形だけでいいんだ、付き合ってくれないか」
    「どの道この魂をどうにかせんといかんからな、致し方ない」
    諦めたようにラーハルトはヒュンケルの右隣に並び立った。
    ヒュンケルは小さく笑うと、身にまとっていた外套を脱ぎ、己の頭に被せた。
    「何をしている?」
    「お前がそちらに立ったからな、ヴェールの代わりだ」
    外套の中から聞こえるくぐもった声はどこか楽しそうだ。
    「さぁ、新郎新婦が揃ったぞ」
    ヒュンケルが骸に告げると、一層おどろおどろしい呻き声が響く。
    ラーハルトには理解できないが、ヒュンケルが落ち着いている様を見て居住まいを正す。
    不意に声が止むと、ラーハルトの裾が軽く引かれた。ヒュンケルの右手だ。
    「誓う」
    ラーハルトの短い言葉は、静寂に包まれた教会に不思議なほどはっきりと響いた。
    そして再び呻き声が上がるが、先程よりも短い。
    「誓います」
    布を隔てた静かな声が耳に届いた瞬間、ラーハルトは肌が粟立つのを感じた。
    「あ、指輪……これでいいか」
    ラーハルトの心境など知らぬと言わんばかりの軽い口調で、ヒュンケルは外套の下から祈りの指輪を差し出した。
    「ラーハルト、これを」
    指先で摘まれた指輪を、ラーハルトは小さく震える手を悟られないよう慎重に取る。
    大きく一息つくと、緩くあげられたヒュンケルの左手を取り、薬指にそれを通した。
    そっと支える手を離せば、ヒュンケルは流れるような手つきでもう一つの指輪を取り出す。力の指輪だ。
    何かを探すようにヒュンケルの手が彷徨う。本物のヴェールとは違い厚みのある外套は周囲が見渡せないのか、指輪を嵌めた左手がラーハルトを探す。
    ラーハルトは胸が詰まるのを感じながら、左手を触れさせた。
    目的のものを見つけたヒュンケルは撫でるように手に触れ、薬指を軽く掴む。
    その動作から目を離せずにいるラーハルトの指に、金色の輪が通った。
    左手の不思議な感覚にぼんやりするラーハルトに、布越しのヒュンケルの視線が刺さる。
    上げられている顔に気付いたラーハルトは、誘われるように外套を捲り、そのままヒュンケルの後ろに落とした。
    視線が交わる。
    ラーハルトはそっとヒュンケルの肩に手を置き、顔をゆっくりと近付ける。
    ヒュンケルは一つ瞬きをすると、近付く顔を迎え入れるように瞼を閉じた。
    どちらからともなく唇が重なる。
    どれほどその時間が続いたかと思うほど長い時間だったのか、あるいは一瞬だったのか分からない時が経ち、ゆっくりと二人が離れると先程までの黒いモヤはキラキラと不思議な光を放っていた。
    二人がその光を見つめると、より一層光は大きくなった。
    「新たなる道を行く二人に、神の御加護があらんことを!」
    聞こえた声は力強く、祝福するように響き渡ると光とともに消えていった。
    教会に静寂が戻る。
    先程までの禍々しい気は完全に消え失せ、ヒュンケルとラーハルトの気配だけがそこに残っていた。
    「フリだけで良かったんだがな」
    ヒュンケルは唇に触れながら呟く。
    ぼんやりとそれを見つめていたラーハルトは、おもむろにその手を除けると、再び口付けた。
    ヒュンケルは少し驚いた表情を見せるが、されるがままだ。
    「もう彷徨える魂はいないんだろう?」
    唇を離し問えば、神妙な顔でヒュンケルが頷いた。
    「ならばもうこの場所に用はないな」
    足元に落とされたヒュンケルの外套を拾い渡すと、ラーハルトは足早に教会を立ち去った。
    渡された外套を纏いながら、ヒュンケルは急いでその後を追う。
    そして誰の気配もなくなった教会は、変わらず緩やかな日差しに照らされていた。
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