肝試し 戦いの中で消えた勇者を探して東奔西走、とある山奥の村でヒュンケルとラーハルトは奇妙な噂を聞いた。
夜に山頂に向かう途中、オバケに遭遇するとかしないとか。
現れたのは最近で、謎の白い浮遊物体はこちらに攻撃的な為、大人達も正体がわからず困っている状況らしい。
ヒュンケルは困り事を助けたそうな雰囲気を出しているが、あまり人間に関わりたくないラーハルトはどうしたものかと思案しながら聞き込みを続ける。
そして広場に辿り着くと、数人の子供達が集まっていた。
不穏な雰囲気にそっと二人が近づけば、一人の小さな少年が寄って集って詰められているようだった。
「お前みたいな弱虫が行ったってオバケに食べられちゃうだけだぞ!」
一際身体の大きい少年はリーダー格なのか、非難の声に周りがそうだそうだと同調する。
「よ、弱虫じゃないもん! 今夜一人で山頂まで行って、それを証明してやる!」
「夜に子供一人で登るなんて許されるはずないだろう!」
小さな少年は震えながら反論するも、多勢に無勢で勢いに押しつぶされそうだ。
見かねたヒュンケルが少年を庇うように前に出る。
「大人が付き添えば許されるのか?」
突然現れた見知らぬ大人に子供達は驚き声も出ない。
「おいヒュンケル、余計な道草を食う時間なぞないのだぞ」
呆れながらラーハルトも近づくが、魔族であると驚かせないように深く外套のフードを被っているため余計に警戒された。
「だが、最近起こった事ならダイに関係ないとは限らないと思うが」
「それはそうだが……」
急な味方が現れて呆然とする小さな少年と、警戒を露わにする少年達を気にせず話を進める旅人達に痺れを切らしたのか、リーダー格の少年が声を荒げる。
「兄ちゃん達なんなんだよ! フードで顔まで隠して怪しすぎるぞ!」
バサリ、と勢いよくフードが払い除けられる。
敵対してる訳でも、ましてや子供相手に警戒の欠片もなかったラーハルトは完全に油断しており、押さえる手が一瞬間に合わなかった。
「う、うわぁぁぁ! 魔物だぁ!!」
ラーハルトの顔を見た子供達はさらに驚き、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「……先に大人達に事情を説明しておいて良かったな」
村に来てすぐに旅の事情と相棒について話していたヒュンケルは、消えていった子供達をのんびりと目で追っている。
子供相手とは言え不覚を取ったラーハルトは、どこか不満気な顔をしているが、不意に裾を引かれ意外そうにそちらを見た。
「ほぅ、オレが魔族と知って逃げぬとは、存外弱虫という訳でもなさそうだな」
裾を引いたのは先程の小さな少年で、一人逃げずラーハルトを見つめていた。
「ほ、ホントにお兄ちゃん達、着いてきてくれるの?」
「……」
ラーハルトは渋い顔で少年を見つめ、そのままの表情でヒュンケルに視線を移した。
「オレたちも幽霊の正体が気になるんだ。 肝試しだとしても、危険が伴うなら一人で行かせる訳にはいかない」
「ありがとう! 本当はオバケに襲われたらどうしようって思ってたんだ」
「では夜に山頂への道で会おう。 ちゃんと親に話してくるんだぞ」
「わかった!」
不安な顔から一転し、ピクニックにでも行くのかと言うほど明るい顔になった少年は、一目散に家へと戻って行った。
「全く、安請け合いをしおって」
「でも、着いてきてくれるんだろう?」
当然のようにヒュンケルが返せば、帰ってくるのは苦虫を噛み潰したような表情だった。
「もう少し聴き込みをしたら一度宿に戻ろうか」
ヒュンケルがそう言えば、ラーハルトは渋々といった様子でフードを被り直す。
是ととらえたヒュンケルは苦笑しながら、更なる聞き込みのため足を進めた。
日も沈み、まん丸を描いた月が登る時間、二人は少年と合流し山頂への道を歩いていた。
ヒュンケルは少年と並び歩き、少し距離を置いて後ろを警戒しながらラーハルトが歩くという布陣だ。
少年の話によると、山頂付近に薬草郡があるそうだ。その中に満月に反応して光る特殊な薬草が村の収入源の一つで、そこまでの道が整備されている為登頂は子供でも簡単に出来るらしい。
ここしばらくは幽霊騒動のせいで採取に赴けないので、取ってくれば村の役にも立て、子供達を見返す事が出来る、というのが少年の目的だ。
お互いの事情を話しながら歩けば、もうそろそろ目的地付近だと少年の声があがる。
その時だった。
ふわりと木々の合間を白い影が舞い踊った。
「で、出たぁ!!」
人魂のようにゆらゆらと揺れながら白い物体は近づいてくる。
少年は震えながらヒュンケルに抱きつきキツく目を瞑った。
「大丈夫だ、こいつは幽霊じゃない」
ヒュンケルが宥めるように肩を撫でながら言えば、少年は恐る恐る顔をあげた。
「白いドラキーか、珍しいな」
声の方を見れば、ラーハルトが白い物体を頭から鷲掴みにしている。
「ドラキー……」
明かりに照らされた姿は、色こそ見慣れないものの姿形はドラキーそのものであった。
「ツンドラキーだ、本来こんな所に生息はしていないんだが」
少年に少し離れているよう言い付け、ヒュンケルはツンドラキーに近づいた。
「落ち着いてくれ、オレたちに敵意はない」
穏やかにヒュンケルが告げるが、ツンドラキーは暴れたままだ。
ダイとは関係ないと判断したのか、つまらなそうにラーハルトは手の中の生き物を押し付けた。ヒュンケルは両手で包み込むように魔物の身体を抑える。
「どうしてこんな所にいるか教えてくれないか」
いとも簡単に手が変わった事で適わないと悟ったのか、ツンドラキーはおとなしくなり、キィキィと鳴き始めた。
ラーハルトと少年はドラキーの言葉はわからないため無反応だが、ヒュンケルはふむふむと相槌を打っている。
「なるほど、そういう訳だったのか。 村の者達には注意するよう言っておくから、お前も人を襲うのは控えてくれ」
和解が出来たのか、ヒュンケルはツンドラキーを解放しているが、魔物はキィキィ鳴きながら浮遊するだけだ。
「もう魔王軍はいないから、子供が育ったら元の場所に戻るんだぞ」
ヒュンケルの言葉に了承したように、クルリと一回りするとツンドラキーは森の中へと戻って行った。
「と、言うことらしい」
「どういうこと……?」
急に振られても全く理解が及ばなかった少年は疑問符を浮かべながら返す。
「すまない、人間に魔物の言葉は分からなかったな。 あのツンドラキーはオーザムが魔王軍に襲われた時、巻き添えで住処を奪われたらしい。つがいでここに流れ着いたが、子供が出来たので守ろうとしていたそうだ」
「そうだったんだ! じゃあオバケなんていなかったんだね!」
良かったぁ、と少年は安心したように溜息を吐く。
「遅くならないうちに薬草を取って戻るぞ」
「うん!」
すっかり安心した少年と二人は、その後無事薬草を摘み取り、何事もなく少年を家に送り届け一夜が過ぎた。
「おじさんおはよう! 旅人のお兄ちゃん達もう起きた? ご飯は食べた?」
日もすっかり昇った頃、宿屋を訪れた少年は着いて早々に宿の主人に質問攻めだ。
「残念だけど旅人さん達はとっくに出ていってしまったよ」
少年の勢いに苦笑しながらも主人は二人の不在を告げる。
「えー! 残念、改めてお礼を言いたかったのに」
「しかし偉いなぁお前、薬草を取ってくるだけじゃなく、幽霊騒動まで解決しちまうなんて」
「お兄ちゃん達のおかげだけどね、でもアイツらもボクのこと認めてくれるようになったんだ」
嬉しそうに話す少年につられて主人も笑顔になる。
「また会えるといいなぁ」
旅路を往く二人を思い浮かべながら、少年は楽しそうに呟いた。
「ヒュンケル、昨日僅かに放っていた殺気はなんなんだ」
再びついた旅の中、ラーハルトは慎重に昨夜の話題を振った。
「いや、念の為だ。 問題はないが追い払っておいた方が良いかと思って」
「……なにを」
「聞きたいのか?」
「……遠慮しておく」
それきり二人の間に会話はなく、ラーハルトはなるべく昨日のことは考えないことにした。