雨宿り 旅路にトラブルは付き物で、急な天候の変化はよくある事象の一つだ。
最初は弱い雨足だったが、僅かな時間で外套では防げなさそうな勢いに変わり、ラーハルトとヒュンケルはたまたま見つけた洞穴に助けられあまり濡れることなく雨から逃れられた。
生き物の気配もないので遠慮なく雨宿りさせてもらおうと、荷物を雨の当たらない奥の方に下ろしラーハルトは一息着く。
外を見やれば雨足は更に強まっており、激しい音を立てて降り続けている。
その様子をヒュンケルは荷物も置かず、一心不乱に見続けていた。
訝しげにラーハルトがヒュンケルの表情を覗き見れば、そこには子供のように好奇心に輝いた瞳があった。
「土砂降りがそんなに珍しいか」
「こんなに間近で見たのは初めてだ」
ラーハルトの声に我に返ったヒュンケルはようやく雨から視界を移すが、キラキラした瞳そのまま声の主を見つめるものだから思わずラーハルトは面食らってしまった。
動揺を隠すようにヒュンケルから荷物を奪い己の荷物の隣に置き、今にも濡れそうな旅の相棒の腕を軽く引く。
すると何故かその慣性のままにヒュンケルはラーハルトの懐に収まった。
これには予想もできなかったラーハルトは思わずその身体に手を回してしまう。思いがけず抱きしめる形になり混乱の極みに達したが、歴戦の戦士の哀しき性か表にそれが出ることはなく、ヒュンケルも何故か無反応だ。
そろりとラーハルトがヒュンケルの顔を伺うと、ヒュンケルの意識は外に向いているようで、さらに強まった雨に目を奪われている。
この状況よりも雨への感心が強いことに得体の知れない怒りを覚えたラーハルトがそれをぶつけようとしたが、それよりも早くヒュンケルが口を開いた。
「アバンと旅をしていた時は、こんな雨に降られたことはなかったな」
すぐ側にいるのに、けたたましい雨音にかき消されそうな囁きは、ラーハルトの怒りを興味に変える。
「旅をしていた時以外は天候など気にする環境にいなかったから、こんな光景を見られるとは思わなかった」
「お前の生い立ちなら大雨に遭遇したことがないのも納得がいくな」
以前聞いた生い立ちを思い返し、ラーハルトはそれが良い事なのかそうではないのか、思考の海に沈みそうになった。
「ところで、何故オレは抱きしめられているんだ?」
突然の話題転換。
「!? お、お前が踏みとどまらないからだろう!」
思いがけぬ展開に再度動揺を引きずり出されたラーハルトは勢いのままに突き放すと、力が入りすぎたのかヒュンケルは後ろ足にたたらを踏み洞穴の外に倒れ込む。
突然の出来事にお互い思考が追いつかず硬直してしまい、ヒュンケルの屋外に晒された身体はみるみるうちに雨に侵食されていき、水を被ったように濡れてしまった。
「す、すまない! 大丈夫か!?」
我に返ったラーハルトは慌てて外套を脱ぎ雨からヒュンケルを庇うように被せる。
「ああ、問題は無い」
予想外の事に少々驚きながらも、ヒュンケルは立ち上がり洞穴に戻り、ラーハルトの外套をそっと字面に置いた。
そして顔に着いた水滴を拭おうと腕を上げるが、袖も水を吸い込んでおり拭いきれず、ヒュンケルは思わず笑い声を上げた。
「はは、ずぶ濡れだ」
楽しそうに髪の毛を絞り、滴り落ちる水を目で追うヒュンケルだが、それに反してラーハルトは困ったように眉を下げている。
「濡れそうだったから奥に招こうと手を引いたのだが、逆に濡れさせてしまったな」
申し訳なさそうに佇むラーハルトを見つめるヒュンケルは、思案するように首を傾げ、一人納得したように頷くと、雨濡れの身体でラーハルトを強く抱きしめた。
「!!??」
何が起きたのか理解出来ないラーハルトは声にならない声を上げる。
「これで手打ちにしてやる」
パッと離れたヒュンケルはどこか子供じみた笑みを浮かべている。
呆然とラーハルトは立ち尽くすが、じわりと伝わってきた不快感に気が付いた。
ずぶ濡れのヒュンケルから移された水分で服が身体にまとわりつく。
「凄いな、洗濯をした時のように水が出てくる」
そんなラーハルトなど気にもせず、ヒュンケルは脱いだ己の外套をこれまた楽しそうに絞っている。
「全部脱いでいいだろうか? さすがに気持ち悪い」
マイペースなヒュンケルは許可を得る体で聞くが、すでに脱ぎ始めている。
共に着替えなど何度もしたはずなのに、どうにもそれを見ていられずラーハルトは目を逸らした。
「お前も濡れただろう、脱いだらどうだ」
「こ、この程度直ぐに乾く!」
「そうか」
怒らせてしまったか、と少し申し訳無さげにヒュンケルはラーハルトを見つめるが、そっぽを向いているラーハルトからは感情が読めず、諦めて脱衣を続けた。
妙に気まずい雰囲気の中、ヒュンケルは黙々と衣服の水分を搾りとる。
その様子を盗み見ながら、ラーハルトは無自覚だった感情を見つけたことに悶々と頭を巡らせていた。
上がる体温が更に濡れた服を不快にさせ、身動きをとることも出来ずただ早く止むことを祈ったが、止む気配がない雨はラーハルトを苛み続けた。