お題:ゲーム「出水」
任務が終わり隊室のソファに座って休んでいた隊員である出水に声をかけたのは、隊長である太刀川だ。唯我はすでに帰っているし、国近は用事があると言って席を外している。結果として今部屋にいるのは太刀川と出水だけだった。
「どうかしました?」
呼んだのは良いが、そのあとに続く言葉はうまく出てこず、この状況を不思議に思った出水はもっともな質問を返してくる。いつもの太刀川であれば言いたいことは脳直のように話すのに、今の太刀川は珍しく迷いがあった。
「その、なんだ。ゲームをしないか?」
「ゲーム? 柚宇さんに無断で遊ぶと怒られません?」
出水はゲームをいつも国近たちと遊んでいるゲームのことだと思っているらしい。太刀川の言い方だとそう取られてもおかしくはないし、むしろ太刀川の意図を汲み取れというのは無理な話だろう。どう説明するか、と思ったその時、出水の手に持っていたスマホがメッセージの着信を知らせるために震えた。
「あ、柚宇さん用事終わったから戻ってくるみたいですよ。聞いてみます?」
「いや、そうじゃない。ゲームはゲームでも、俺と賭けをしないか?」
「へ? ……賭け」
「俺から逃げきれたら出水の勝ち。逃げきれなかったら俺の勝ち」
説明を聞いている出水の眉間にだんだんと皺が寄っていく。太刀川の言葉はなんの説明にもなっていないのだから当然だ。
「一体何の賭けですか? 鬼ごっこなんて言いませんよね」
「今から1か月。俺がお前を落とせたら俺の勝ち」
「……太刀川さん、頭でも打ちました?」
「俺は真面目」
「おれが付き合うメリットなくないですか」
出水の言い分はわかる。太刀川だって他の人に突然そんな話を持ち掛けられれば同じように思っただろうし、からかわれているだけだと本気にもしないだろう。だが、出水のことを少なからず好意的に見ている太刀川にとっても、そして出水にとってもこの話は悪くないはずだ。それだけの理由が二人にはあった。
「先週の金曜日」
そう一言告げた瞬間、出水の顔色が変わる。身に覚えのある顔だ。
同じように任務の終わったその日、レポートの締め切り後だった太刀川は隊室に戻るなりソファに寝っ転がっていた。太刀川の代わりに報告書を届けに行ってくれた出水が戻ってくると他の隊員はおらず、眠っている太刀川の横に近づいてきた出水の座り込んだ気配がする。夢現の太刀川は徹夜明けの任務というのもあり、出水が帰ってきたことに気づいても起き上がるどころか腕を動かすのも億劫で、代わりに報告書を提出してくれたお礼すらも言えそうにない。
申し訳なさもあったが仕方がないとあきらめていた瞬間。頬にあたる柔らかな感触にキスされたのだと気づくが、起き上がろうとした太刀川に気づきもせず出水はそのまま隊室を出て行った。
あれの意味が何のか、同じ気持ちを隠し持っていた太刀川がわからないはずもない。一線を越えられない出水の気持ちに気づかない振りをしていたのは太刀川のほうだった。
「続きも言おうか?」
「……もう、いいです」
「じゃあ、ゲーム受けてくれるな?」
その問いかけに返答はなかったが、出水はため息を吐きながら小さくうなずくのだった。