お題:初めて 烏丸家の長男、下には小さな弟と妹が二人ずつ。そんな家庭環境だからか、烏丸はいつの間にか我慢を覚え『欲しい』とは言えなくなっていた。
そんな烏丸が中学で出会ったのは一つ年上の出水だった。ボーダーに入り気づけば太刀川隊で一緒にいることの多い出水が何かと気にかけてくれるのが恥ずかしくも嬉しくて、ボーダーにいる間はほんの少しだけ長男であることを忘れられるようになっていた。
「京介」
名前で呼ばれることにも違和感を感じなくなった頃、隊室で任務前の待機をしていた烏丸は声の主である出水の元へと近寄っていく。するとソファに挟まれたテーブルにはお菓子の箱が広げられており、その中には数種類の美味しそうな焼き菓子がきれいに並んでいた。
「どれがいい?」
「え?」
「え、じゃなくて、どれがいいか聞いてんの! おまえどういうのが好き?」
まだ誰も手を付けていない箱から好きなものを取れということだろうか。家ではまず妹と弟たちが好きなものを取り合い、喧嘩が落ち着いてから残っているものを貰う。それが烏丸にとっての当たり前だった。お兄ちゃんだから、と我慢をするようになったのがいつからなのか自分でも思い出せない。そんな烏丸を全く気にすることもなく、出水は菓子箱を差し出してくる。
「そういえば食べ物の好みとか全然聞いたことねえな」
箱を覗き込みながら、何味なのか包装の裏側をチェックしているらしい。イチゴにチョコに抹茶もあるぞ、なんて言いながら楽しそうにしている出水を見て、何故かわからないが嬉しい、と思った。
「出水先輩は何味が好きなんすか?」
「おれ? んー、おまえが好きなの取ったら教えてやるよ」
どうやら先に言ってしまうと遠慮すると思われたらしく、今までにない気遣いに烏丸はどう反応すれば良いのか戸惑ってしまった。自分の好きなものを主張する、それが難しいのだと自覚していなかったことに気付いて苦笑してしまう。
「じっくり悩む派?」
「いえ、選ぶというのが久しぶり過ぎて」
「え? まじか! じゃあなおさら一番に選べよな」
そう言ってあまりにも眩しく笑うから、自分が特別じゃないとわかっていても好意を寄せるには十分だった。
あれから月日が流れて隊が分かれても初めて『欲しい』と思った人が大切であることに変わりはない。あの時選んだのは焼き菓子だけではなく、手放したくないと心から思った人だった。