【飯P】凍えない夜のために 「ピッコロさん、分かってます? こんなに小さいのに、一人で帰るなんて……危ないでしょ」
強く言い切ると、ピッコロさんは眉根を寄せた。不満を隠しもせず、軽く首を振る。
何故、このような現象が起きたのかは分からない。分かるのは、見たことのない赤い神龍が空に現れ、ほとんど真上の神殿で閃光が走ったことだけ……誰かの願い事に、巻き込まれてしまったのだろうか。
気付けば、修業で砂にまみれていた両手はもみじの葉のごとく縮んでおり、ぶかぶかになった道着が辛うじて肩に引っ掛かっていた。すぐさま、ピッコロさんは手をかざして、丁度よいサイズに調整していたが。
「大袈裟だ。おれは昔から、一人でやってきた」
「小さい身体の時は、信頼できる相手に抱き上げてもらうべきですっ」
腕を組んで、生徒を叱るように断じる。立場が逆転したようで、おかしな心地だ。
「おれは卵から誕生してすぐ歩いていた、大きさもちょうど同じくらいだ。抱き上げる必要などあるか?」
「あります、絶対に。歩幅も狭くなってますし、こんなに急に身体のサイズが変われば、動かし方の感覚が大きく違うはず……転んだら危ないです」
多少の説得力を感じたのか、ピッコロさんは無言のまま横を向いた。許容ではないが、わずかに迷いが見える。この機を逃すまいと、僕は更に畳みかけた。
「それに、身体が小さいと体温維持も難しいんです。ピッコロさんなら、体温維持の難しさには実感があるでしょ? 卵生の生物は大抵、孵化直後は体温維持が苦手ですからね」
「……心配しすぎじゃないか」
「心配しますよ! 凍えないよう、今夜は、添い寝が必要です」
添い寝、と口にした途端、ピッコロさんがうんざりするのが分かった。警戒ではなく呆れ返っているのは、ここまで体格差があるならば、まさかふしだらな行為には及べまいと思っているからだろう。
「お前な、少しは下心を隠そうという気がないのか? 添い寝など……」
「必要なんですっ! 暖房より、生きた体温が一番です」
怯まず断言すると、ピッコロさんは気圧されて口を閉じる。何か言い返したいが、言葉が出てこないといったところだ。こういう時、戸惑った末に俯く面差しは、いつもよりずっと幼く見える。
しばらく何事かを考えていたピッコロさんが、腕を組んで目を閉じる。僕が焦れるほど長く押し黙っておいて、やがて静かにため息をついた。
「……仕方ないな」
苦笑まじりに呟いて、はじめて屈んでくれる。少し撓んだ目が、同じ高さから僕の目を覗き込む。一人だけ子供の姿へ縮んでしまった、僕の目を。
「初めて会った時と、同じくらいになってます? 僕」
舌や口も子供のものになっているから、発音も明瞭とは言いがたい。
「いや……あの時よりも、小さくなっている気がする」
「だ、だから……、いいでしょう?」
目の高さが合うと急に弱気が顔を出し、ピッコロさんの指をぎゅっと握りしめた。ついさっきまで、チャンスとまで感じて強気で話せていたのに……この感情の触れ幅も、子供に戻った影響だろうか……。
「寝る時だけでいいんです。ピッコロさんのベッドに入れてくれれば……そしたら心細く、ないから」
ピッコロさんは少しの間、僕に握られた指をじっと見下ろしていた。子供の僕と、大人のピッコロさんでは、手の大きさが違いすぎて、僕からは指を握るのが精一杯だ。それでもしっかりと離さずにいると、やがてピッコロさんが口元をわずかに緩めた。
「世話の焼ける弟子だ……お前には敵わん」
ピッコロさんが腕を伸ばし、僕を軽々と抱きかかえて立ち上がる。
「おれは生まれた時も一人だったから、子供をどう扱うべきかなど分からんぞ」
「……こうして抱き上げて、お部屋へ連れてってくれるだけで、十分です」
僕は子供の長さになった腕を、ピッコロさんの首の後ろまで回す。今のピッコロさんを抱きしめることで、生まれたばかりのピッコロさんも抱きしめるつもりで。肩に額を埋めると、居心地が悪そうにかすかに身じろいだ。
「やっぱり、ピッコロさんが一番あったかい。これで凍えませんね、二人とも」
弱気に支配されかけた心が、今はもう、密着した体温に浮き足立って仕方がない。これは子供に戻ったからなのか、元々ピッコロさんが大好きだからなのか、分からなかった。