一緒に酒飲むのと、セックスするの、そこに違いってあるのかな。俺の問いに犬飼は答えた。全然違いません? って。そういう意味じゃなくて、言いかけたけどやめた。きっと平行線になる。俺と犬飼もそうだ、ずっと平行線。どちらかがほんの少しだけ角度を変えたとしても、未来永劫交わることはない。それはちゃんと解ってる。嫌というほどに。いつだってその事実にひどく抉られているからだ。
「じゃあさ、犬飼はどうして俺とするの」
「今、そんな事……」
わざわざ気分を削ぐようなこと言うなんてどうかしてるとは思うから、ちょっと疲れてるのかもしれない。何があったわけでもないけど、ああ、でも、強いて言えば。
「昨日、さ、なんだっけ、名前忘れちゃったけど、あんたの上司、……うんそいつ。そいつと飲みに行ったでしょ?」
「ええ……断れなくて……」
「だろうね。で、そいつね、犬飼のことなんて言ってたか知ってる?」
「なんです?」
「あと少し飲ませたらヤれたのに、だって」
「えぇ!?」
どこで、そんな事……。と、あからさまに動揺して目を泳がせている犬飼は、まさか、でも、だけどもしかして、そんな逡巡でもしているのだろうか、その気持ちに呼応するように、俺の腹に当たっていたそいつはふにゃりと縮こまっていった。思い当たることがあるんだろうな。相変わらずわかりやすい。
「酒飲むのとセックスするの、犬飼は違うって言うけど、同列に思う人間もいるって事くらい解るでしょ、あんた何年生きてんの」
思いがけず棘のある言い方になってしまったけど、そんなつもりは無かったなんてことはない。本心は、明確に棘を刺してやりたかった、だ。血が出るくらい。
「……お前、何が言いたい」
「ちょっと、いきなり出てこないでよ。こっちが萎えるって」
「あぁ? てめぇのナニがどうなろうと知ったことか」
いきなり裏返るとは思わなくて流石にちょっと警戒したけど、知ったことかと言ったまさにそれが、自分の中に入ったままそれを言う犬飼がなんだか可笑しかった。でも笑ったらそのあとそれがどうなるかを考えたら、我慢する以外に選択肢なんてないけど。
「今じゃなくてさ、昨日出てきてあげればよかったじゃん。あの感じ、危なかったと思うよ、マジで」
「させると思うか? 俺が」
「まあね」
言い逃れが出来ない状態でそれをやった方が効く。そういうことだと思う。ちゃんと我慢できて偉いじゃん。
「ちなみにあんたはさ、どうなの」
「何が」
「さっきの話」
「酒とセックスがどうのって話か」
「それ。別に酒じゃなくてもいいよ。食事とか、ゲームとか、そういうのでも」
ほんとに萎えそうって思って黙って抜きかけたら犬飼が僅かに反応して、その顔と声に少しだけ下腹が重くなった。このまま奥まで突っ込んで、やめろって言われてもイかせて、気持ちよかったねってキスして、こんな話なんて忘れちゃえばいい。だってこれはただ、俺のつまんない嫉妬の話なんだから。
「くだらない。ガキの癖に何でも悟ったような面しやがって。足りねえ頭でよく考えろ」
「俺はどうかって事?」
「違う」
「わかんない。教えてよ」
言い終わる前に犬飼は俺の唇を噛み千切らんばかりに噛みついたかと思ったらあっさり離して、それからぎろりと睨んで、わからねえのか、と言った。わかんない。と、言うか、まずなんの為に裏返ったのかがわからない。世間話しに? 真っ最中に? 笑える。
「俺は、いつでもお前を殺せる」
「え、こわ。俺何かしたっけ」
「てめえが今何をしてるのかすらわからねえ程のカスなのか、殺すぞ」
「だからさー」
「……あ、えっと……32年……ですね……」
「いや、だからさぁ!」
急! 急なんだよ! あっちの犬飼はいっつもそう。肝心なことは何も言わずに適当にはぐらかして逃げる。そうだ、あんなの逃げだ。卑怯だろ。もやもやさせて楽しんでんのかな。いい趣味してるよ。
「その話もういい」
「えっ。いいんです?」
「いいの。俺とあんたとは考え方がぜーんぜん違うね、ってこと。だけど、」
「はい……」
「もういいよ」
「えー……。気になるじゃないですかぁ……」
あいつにされたこととおなじことをしてやった。大人気ないけどあいつだって大人気ない。いい勝負ってことで手打ちにしとこ。違うな、してやられたんだ。俺の負け。
「犬飼はさ、俺のこといつでも殺せるんだもんね?」
「はぁ!? ええっ!? なんですかそれ!? えっ私また何か……? そんな……こんな時に!? 怪我とかないです? 大丈夫ですか?」
目をまんまるにして俺の目を見たあと、ぺたぺたと身体を触って不安げな顔をした犬飼に俺は、ここ最近で一番情けない顔をしながら、俺のこと、いつでも殺してね。と言って、犬飼の唇を柔らかく噛んだ。
少しだけ、俺達の角度が変わっていたような気がした。