『イけない』
テーブルの上においたスマートフォンの通知欄には、そんなメッセージが表示されていた。
私はリモコンの一時停止ボタンを押してからスマートフォンを手に取ってアプリを開く。
『どうしました?』
相手は甲斐田くん。就寝時間がとっくに過ぎていることは彼も私も十分に理解している、はずだ。その点についてのお決まりのような注意は、今日は省略して、簡潔に返信をする。
こんな時間にメッセージを送ってくるという事は、何か困ったことがあるのかもしれない。その解決のために私を頼ってくれたであろうことは純粋に嬉しかった。
返信はすぐに来た。
『そっちイけない。凌牙とシバケン、まだ起きてるから』
彼の、子供っぽく拗ねた顔が浮かぶようだった。
みんな寝てないのか……と少し落胆はしたが、その件については明日にでも注意することにして、少しでも甲斐田くんの気持ちが楽になるようにと私は、努めて優しく声をかける。
『直接話したいことがあるのでしたら、遠慮せず、来てくれて構いませんよ』
これに対する返信は三分ほど空いた。これまでぽんぽんと軽快に返信してきていたのにおかしいな、寝てしまったのかな、そう思っていたころに届いたのだ。メッセージを開く。
『どうするの、シたいって言ったら。今から』
揶揄われているのだろうか。だとすればこの場合どう返信するのが正解だろうか。茶化さず、真摯に向き合うべきだろうか、それともここは笑って受け流すべきだろうか。
迷ってしまって返信に五分も掛かってしまった。返信の遅さで不安にさせてしまっていたらどうしよう。そんなつもりはないんです。
『まずはお話をしませんか?それから決めましょう』
悩んだ挙句にひねり出したこれは、間違ってはいないだろうか。
私はよく、空気が読めないと言われてしまう。そんなつもりはないのだけれど、間違いの方を選択してしまっていることが往々にしてあるようなのだった。
『だから行けないんだってば。そっちに』
『犬飼の部屋に行くとこ、誰にも見られたくない』
『もういい』
『おやすみ』
間を置かず連続して届くメッセージを見ながら、私は、ああやはり失敗してしまったんだと悟った。
考えてみれば当たり前のことだ。夜遅くに看守の私室に出入りするところなんて見られたくないに決まっている。明日時間を作りますので、今日はゆっくり寝てくださいね、とでも返信すればよかった。
私はまた一つ、彼の更生のチャンスを潰してしまったかもしれないと思った。
申し訳ない、私が不甲斐ない看守であるばかりに。
迷って、悩んで、『おやすみ』から10分も経ってから、もう眠っていて迷惑かもしれないとは思いながらも、今日最後のメッセージを送った。
『もしも甲斐田くんを傷つけてしまったのなら、謝罪させてください。本当にすみません。ですが私は君の力になりたいと、心から思っています。私で良ければいつでもお話聞きますし、相談もしてください。的確なアドバイスができるかはわかりませんが、最善策を精一杯考えます。そして一緒に解決策を探っていきましょう。今日はメッセージをくれてありがとうございました。どうかいい夢が見れますよう。おやすみなさい。』
私も、本当に寝てしまおう。そして明日様子を見て声をかけてみよう。
そうして一時停止にしていた画面を停止にして、テレビの電源も切った。ベッドに入り、スマートフォンを充電器に繋ぎ、部屋の電気を消した頃、再びメッセージが届いた。簡潔に、本当に簡潔に、短いメッセージだった。
『なが笑』
それを見て自分の送ったメッセージを読み返した。これはたしかに長かったな、と苦笑した。
[さみしいあまえたいっていえない囚人と
そんなことにはいちミリもきづけない看守のはなし]