そっと離れた柔らかい感触に名残惜しさを感じていた。短い、と、思う。いつもよりも。
苦しさなんて少しもなくて、熱さとそれから少しの冷たさ、間接的によく慣れたメンソールの味がした。
目の前の彼は不機嫌を隠さない。何故か?それはわからない。彼の“地雷”はどこにあるのか、私は未だにそれを把握しきれていないからだ。
きっと何かやらかしてしまったんだと思う。私が。私のせいであることだけは明確だ。彼は不機嫌の理由を尋ねてほしいのだ、だから鈍い私もわかるように、そういった態度を取るのだと思う。
甘えているのだと知ったのは実は、最近のことだ。
「あの……私、何か……」
「別に」
別に。一度目の返答は大体こうだ。しかしここで引き下がると不機嫌は数日続く。ただしあからさまな不機嫌ではない、私にだけわかるようにそうと伝えてくるような態度、言動、そういった具合だ。
随分悩んだし、苦しめられたそれも今となれば愛おしくさえ感じる。本当に不思議なものだ。
「もし君を傷つけてしまったのなら謝りたいです。なので、」
「別に、傷ついてなんかない。なぁに?物足りなかった?」
「……そう……ですね、少し……いえ、とても。もっとしたかったです」
彼は一瞬驚いた表情を見せて、それからふいと視線をそらし、それからそれはすっと灰皿へと移動した。
誘われるように私もそちらへ視線を移す。
ああ、なるほど。合点がいった。
「やきもち、やいちゃいました?」
「なんの話」
「あれには深い意味はありませんよ、少し重いのが吸いたいと言うので交換したんです。一本だけ。そういう気分だったんでしょうね」
「へえ」
「なので、この部屋で過ごしたとか、そういう事ではないですよ。あれを吸ったのは私です」
「そんなのわかってる。だから、」
味が気に入らない。彼はそう言ってむすっとしてまたそっぽ向いてしまった。
ああ、なんて可愛いんだろう。どうしてこうも愛おしく感じるんだろう。
彼の時折見せる幼い子供のような仕草が私は大好きだった。
「私、なんだか急にメンソールを吸いたくなってきました。交換しませんか?」
「いいけどなんで」
「理由なんてどうでもいいんです。煙草吸うことに理由も意味もないでしょう?吸いたいから吸う」
「まあ、ね……」
「それで、それから……」
お互いに、よく慣れた味のキスをしましょうよ。どうでしょう、いい提案だと思いませんか?
言い終わる前に、覆い被さってきた彼の背中に腕を回そうとしたら、すぐそばにあった灰皿に引っかけて床に落としてしまった。
ああ、掃除が大変だ、よりによって今日寝る前にでも捨てる予定で山盛りのままになっていた吸い殻はまるで床の模様のように広がっている。もとからそうであったかのようだ。
「ベッド行きたい。犬飼の匂いだけがする場所」
「好きですか?私の匂い」
「好きだよ、犬飼が」
私も好きですよ。きっと伝わっているので、あえて言葉にはせずにキスで返した。
彼はようやくいつものように柔らかく、そしてとても可愛らしく笑った。