これ以降寒い時に腕を広げるようになった 「はぁ……」
先の任務で厄介な呪いを受けた。
おそらく過度に寒さを感じる呪い。誰にも言わないでいたが、だんだんと進行が進んでいるのか寒さで手が震え布団から抜け出せない状況にある。
「やっちまったな」
北の国にいた時のような痛みを伴うほどの寒さ。部屋は魔法で適温を保っていたというのにこうも寒く感じるとは。
とりあえず、子ども達に何もなくてよかったと思う。外から元気にドタバタと話す声が聞こえるので。
気を紛らわせながら寒さに耐えているとコンコン、と扉をノックする音が聞こえた。
「ネロ、今いいか」
ファウストの声。なんだかこんな状況で心が少し参っていたのか、安心感を覚える。だが、この状態を見られるわけにもいかない。
「わ、りぃけど、今は、むり」
「ん?どうした。体調でも悪いのか」
声が震えているが……ネロ?
無言でいた俺に痺れを切らしたのかファウストはガチャと扉を開けた。
「!ネロ!!」
ファウストはベッドで毛布に包まりカタカタと震えていた俺を見るやいなやすぐに駆け寄ってくる。
「なんだこれ?呪いか……?おまえ、隠してたな……!?」
呪文を唱えながら俺の状態を確認する。
「今きみに体温調整の魔法かけたけど、どう?」
あまり変わった気がせず、ふるふると首を横に振る。
「そう……」
ファウストは俺の頬を撫でながら考えるそぶりを見せる。その手が温かくて思わず擦り寄った。
「ふぁうすと?」
急に固まったファウストに不安を感じて顔を見上げた。
「どうかした?」
「いや、きみが可愛いことをするから」
「え?」
「それより、僕の手は冷たくないのか?この部屋でも寒さを感じているようだが」
「うん。ファウストの手、あったかい」
「そうか」
それに何を思ったのか、ファウストは帽子や上着、装飾品を魔法で脱いだ。
「ネロ」
「ん?」
「少し腕を広げてくれ」
「?わかった」
ほら、と毛布ごと腕を広げる。なんだかハグを求めているみたいで恥ずかしい体勢だが、この時は気にならなかった。
「っ!?」
そして、ファウストは俺を抱きしめた。
何か、言おうと思った口は動かず、そのまま腕をファウストに回す。
あれだけ毛布を被っていても寒かった身体がファウストの体温を感じて温かくなっていく。
ぽん、ぽん、と背中を叩いたり、髪をいじったり、頭を撫でたりしているのを感じながら、だんだんと熱が戻ってくる。
急に身体が温かくなったからか、うとうとと船を漕ぎ始めた。
「眠い?」
「……ん」
「寝てていいよ。説教は起きてからだ」
「はは、おこられるの、やだな」
「子ども達はともかく僕にまで黙っていたことは許さないよ」
「だいじょうぶだと、おもったから」
「きみの大丈夫は信用できないね」
「えー……」
「気付かなかった僕も悪いけど、自分を後回しにするのはやめなさい」
「うん」
きをつけるよ、と言い切る前に眠りに落ちた。
===
「全く、きみはいつまで経っても僕を頼ってくれないな」
抱きしめていた身体を寝やすいようにそっと横に倒し、愛しい恋人の寝顔を見る。
来た時に感じた呪いの気配は消えていた。
今日の依頼はとある植物の討伐だった。魔法植物同士が絡み合って新種の植物となった花が大いなる厄災の影響で攻撃的になってしまい森に近づけなかったという。
無事に討伐は終わったものの、前に出過ぎたシノをフォローするように戦っていたネロは自分への防御が疎かだったために植物の花粉を真っ向から浴び、呪いにかかったのだろう。
特に身体は変化ない、大丈夫、と言っていた彼を信用した自分が馬鹿だったのだろう。彼の大丈夫はいつも大丈夫じゃない。このことは子ども達にも話して反省してもらおうと思う。それが一番効くだろう。
彼はこの呪いを誤解していたようだけれど、これは単に体温を下げる呪いじゃない。呪いを受けた者の心に関わるものだ。
簡単にいうと"寂しいと寒さを感じる呪い"である。気付いたのはネロが自分の手を温かいと言った時。心で魔法を使う魔法使いにとって戦力を落とすにはピッタリの呪いだろう。
解呪するには体温を分け与えれば良い。体温を与えるのも誰でも良いわけではない。信頼している者でなければならない。自分以外でも、シノやヒース、リケ……あとは厨房仲間だというブラッドリーだろうか。彼らでもきっと問題なかっただろう。
先に気付いたのが自分で良かったと思う。自分以外が彼に体温を分け与えて解呪してたいたらと思うと、頭には嫉妬の文字が浮かぶ。
自分の中にある恋人に対する独占欲を感じ、落ち着けるために彼の髪を撫でる。
とりあえず、まず起きたら説教。そして、今日は酒ではなく前のデートで買った西の国のお茶を二人で飲もうと提案しよう。
くー、くー、と寝る恋人の瞼にそっと口を落として、彼が起きるまで読む本を自室から呼び寄せた。