次の日、彼がキッチンに立つことはなかった 雪を見てはしゃぐ子どもたちの声を聞きながら、大人たちは温かい部屋でのんびり過ごしていた。外にいるリケやミチル、シノとヒース、クロエにアーサー。年相応に雪をぶつけ合ったり、雪だるまを作ったりしている姿が窓から見え、それにとても癒される。こちらが見ているのに気付いたのか、おまえらも来いよ!と丸めた雪を両腕に抱きながらシノが呼びかける。
「だってさ、せんせ?」
「……」
行きたくない、と言わんばかりの顰めっ面に思わず笑う。それでも人がいいものだから、仕方がないかと重い腰を上げた。そして座っているこちらを見る。
「きみも行くんだよ」
僕一人なんて許さないぞ、となかなか立ち上がらない俺の腕を引く。老体なんだから労わってほしい、と思いつつ自分より数百年以上年上のシャイロックやスノウとホワイト、フィガロにオズがいるこの空間では口にすることはできなかった。
ミチルやアーサーがルチル、フィガロ、オズを呼ぶ声がする。え〜と言いながらフィガロが誘われたのを嬉しそうに外へ向かう。
「ほら、僕たちも行こう」
「はいはい」
少し、ファウストも雪に浮かれているのだろうか。なんだかいつもより腕を引く力が強い。
外に出ると温かい部屋から急に雪の降ったところに来たせいで寒さに身体が驚く。雪景色を見るより先に横からべしゃ、という音が聞こえた。
「シノ……!!」
横を見ると顔が雪で覆われたファウスト。少し距離のある場所にこの雪を投げたであろう得意げにふふんとしているシノ。わわとシノがファウストに雪をぶつけたことに焦るヒース。
やるなぁ、なんて思っているとこちらにも雪玉が飛んできたので避ける。好き好んで雪まみれにはなりたくないので。
「なんで避けるんだ」
「見えたら避けるだろ」
不満そうにしていたが、やがて火がついたのか、こちらに雪玉を絶えず投げてきた。もちろん大人気ないが、こちらからも雪を飛ばした。
すると、急に冷たい何かが顔に当たった。雪だったようで手でそれを拭い、投げられた方向を見る。そこにいたのはファウストで、油断大敵だなとにやにやしていた。
それからはこっちを見ているだけだったヒースもシノとファウストに言われ、みんなで雪玉を投げ合った。子どもたちも俺らもだんだんヒートアップして、お互いに雪だらけになってしまった。
それがなんだかおかしくて、互いの顔を見合って笑う。
「楽しそうだったな」
「あぁ」
夜。先生からのお誘いで、部屋で今日の話をつまみに二人で飲むことにした。
今度は実技の授業に取り入れても良さそうだと先生らしい言葉が続く。
「さっき羊飼いくんに東の国の魔法使いは仲が良いな、なんて言われたんだよな」
「南の魔法使いたちもみんなで雪だるま作って楽しそうだっただろう。仲の良さなら南が最もじゃないか?」
「だよなぁ」
雪玉の投げ合いを終わらせ、風邪を引く前に子どもたちを浴場に送り、自分もシャワーを浴びた後はキッチンでおやつを出したり、夕飯の支度をしていた。子どもたちが疲れてうとうととしていたからか、今日は大人たちが夕飯のサーブの手伝いをしてくれた。
その時に告げられたのだ。フィガロにも若いね、なんて言われたし。あの人、30代の設定はどこやったのか。
「俺も、あんたが外に出るとは思ってなかったけどさ。しかも雪玉の投げ合いに参加するなんて」
「久しぶりだったしな。あの子たちに付き合うのも悪くないと思ったんだ」
思い出して微笑んでいる姿に見惚れてしまう。
「……ネロ?」
「っ、あ、わりぃ。ぼーっとしてたわ」
誤魔化すように目の前のグラスを手に取り、ぐ、と飲む。それにふふっとファウストが笑った。
「酔ってるの?それ、僕のだけど」
「っ!?」
手に持っていたグラス落としそうになり、ファウストが手で支える。落としかけたことに気付き、俺も咄嗟に手が出て、二人の指が触れ合った。
「ごめ」
ん、と言い切る前に、手を離そうとした俺に気付いて、だめだと言うように指を絡められる。
「なんで逃げるの」
恋人同士なのに。
さっきまで保護者同士のような雰囲気だったのに、急に恋人のファウストが出てきて、顔が熱くなる。絡めていない方の手で俺の頬を撫でる。そして顔を近付け、唇を重ねた。
「んっ……ぁ」
軽かったそれはだんだんと深くなり、頬を撫でていた手は耳に触れていて。
「は、ぁ…ん…ッ」
くちゅくちゅと聞こえる艶やかな水音に恥ずかしくなる。更に耳をつ、と撫でられ、声が溢れる。ちゅ、と離された時には息が上がり、唇はどちらのかわからない唾液でてらてらと光っていた。は、は、と息を整えていると彼はこちらを見てかわいい、なんて言っている。
「ね、いい?」
何を、なんて野暮なことは聞かない。身体は何度か重ねている。ファウストの欲の浮かんだ目を見て、ナカがきゅうと物欲しそうにしている。こくりと頷くと絡めた手を引き、ベッドへ招かれる。
そして降ってきたキスに、明日は起きられるだろうかという少しの心配と、めちゃくちゃに抱いてくれるだろうかという少しの期待が折り混ざる。
一度口が離れたところで、そっとシュガーを口に入れ、首に腕を回して自らキスを仕掛けた。