最凶のふたり「ん……うーん……」
――うちの蒲団、こんなに固かったっけ?
そんなことを思いながら敦は目を覚ます。目に映るのは白い天井。明らかに社員寮の見慣れた木目の天井ではない。畳の匂いもしない。そこではっとして敦は寝そべっていた床から飛び起きる。
「此処……何処だ!?」
見渡す限り白一色の手狭な部屋。出入口らしきものはドアが一つ。
「はぁい敦君、やっとお目覚めかい?」
太宰の声がしたので傍らを振り仰ぐと、何時ものコートを纏った痩身が其処に立っていた。
「太宰さん……何なんですか、此処。確か僕達、街を歩いていた筈じゃ」
「それがねぇ、私にもわからないんだ。私も突然背後から薬を嗅がされたと思ったら此処に放り込まれてたから」
あっちを見給え、と敦が太宰の指差す方向を見ると、ドアの上に『お互いに相手が自分の何処が一番好きか当てられないと出られない部屋』と書かれている。
「……えぇ~?」
敦は理解が追いつかない。ただ真っ先に思いついたのは太宰の異能だった。
「そうだ。太宰さんの異能力ならこんな変な部屋、触るだけで――」
「もう試したけど駄目だったよ。この部屋は異能で造られたものじゃない。それに見て、あの監視カメラ」
部屋の一角の天井近くに監視カメラがある。それは小さな赤いランプを灯して此方を見ている。
「……誰かが見張ってるってことですか?」
「そ。……何処の酔狂な人間だろうねぇ。君と私を二人こんな部屋に放り込むなんて。
まあ私達の仲を知っているストーカーもどきだと思うけど」
そこで太宰は言葉を切り、敦に視線をやった。
「まあ何にせよ、あのカメラの向こうで見ている人間が納得する行動を取らないと鍵は開かないんじゃないかな」
敦は頭を抱えた。太宰もコートのポケットに手を突っ込んだまま監視カメラを睨みつけている。
「僕、太宰さんがなんで僕を好きでいてくれるのか未だに不思議なんですけど……」
僕は僕の事が嫌いだ。見栄えはぱっとしないし、中身は弱くて甘ったれで。
「私だって君が私の何処を一番好きなのかわからないよ。強いて言うなら顔かな? って思うくらいで」
そこで部屋の中に『不正解』と云わんばかりのブザー音が鳴り響く。敦はがっくりと肩を落とした。
「顔も好きですけど一番ではないですよ……本当に何なんだこの部屋……」
「んー、じゃあ目を離すと死んでしまいそうで放っておけないところ!」
再びのブザー音。
二人はお互いの顔を見つめると溜息をついた。これは長期戦になりそうだ。そう敦が思って俯いた瞬間、太宰が珍しく苛立ったように舌打ちを響かせた。
「敦君。虎になれ。異能じゃないなら物理で破壊するまでだ」
監視カメラを睨む横顔、そのこめかみに青筋が見えるのは気のせいではない。
「あのカメラの向こうに居る奴、私達二人で死ぬ程後悔させてやろうじゃあないか」
ねえ? そう目が笑っていない笑顔が云う。敦は神妙な顔でひとつ頷くと眩く蒼い光を纏って大きな白虎へと変身する。そして雷の如き轟く咆吼と共に、ドアをその鋭い爪で切り裂いたのだった――。