君の好きなものを教えて玖楼国から移動した先は特に争いもなく、穏やかな国だった。
留まる間の資金の確保、寝床の確保を終えて、ようやくひと息。
翌日から本格的に活動をしようかと話した矢先に、この国の伝承について調べてくると小狼は1人、部屋を出てしまった。
「…ねぇ、黒様、気づいてるでしょ?」
ソファに項垂れるように座っていたファイは向かいに座る黒鋼に問いかけた。
「何にだ?」
向かいの黒鋼は天井に向けていた視線をファイに移して応えた。
「小狼君が俺たちに遠慮してるというのか、余所余所しいというのか…」
「んなの、この旅始める前からだろ」
「…だよねぇ」
「小狼…前の旅の時もあんまりモコナたちとお話しなかったよね…」
部屋を見て回っていたモコナもファイの頭の上に着地して同意した。
「彼にとって俺たちは小狼君を通して見ていた存在で、馴染めないのかな」
黒鋼は肯定も否定も言葉にしなかった。
「でも、モコナたち、小狼といるって決めたから、仲良くしたいな…」
「……うん、そうだね」
モコナの言葉に同意はしたもののファイはどう仲良くすべきか悩んだ。
前の旅の時は思惑もあったし、自分の中の心境が変わるくらいに心地の良い関係性が自然と生まれた。
それを見ていたとなると、やはり初手から仲良くというのも難しいか。ましてや出会い方から違う。
直球で言えば、きっと彼は答えてくれるだろう。
それで、良いのだろうか…。
彼に歩み寄る方法が浮かばない。
「悩んでもしょうがないか…。小狼君のところに行ってくるから2人ともお留守番お願いね」
2人の返事も聞かずファイは外へと出た。
伝承関係であれば、本屋か歴史的な建物があるところか、見慣れぬ文字に戸惑いつつも店先にある物であたりをつけて回ってみる。
「小狼くん、どこかな…」
小狼自身はこの国にいても特に目立つ見た目ではない。逆に自分のような見た目の人は珍しくどことなく遠巻きに見られている。
(話しかけづらいんだよね〜)
小狼を探したくて声を掛けようにも何となく避けられていると感じている。
そんなことを考えて歩いていたら、本屋と思わしき建物を見つけた。
ここにいると良いんだけれど、祈るようにお店の扉を開ける。
カランコロンとドアベルがなる。
「お邪魔しまーす」
恐る恐る声にしながら扉を開けると目の前に見えるのは本の山だ。
店内はどこもかしこも本だらけで本当にここはお店だろうか?
本の山を崩さないように、道と思われるところを通っていく。
店の奥から話し声が聞こえる。
「そうやって、この国は荒廃を繰り返している。この平穏もいつまで続くか、分からんもんだよ」
「そうか…貴重な話をありがとうございます」
「いやいや、こんなジジイの話を聞いてくれてこちらこそ、ありがとう…。おや、お客さんかい?」
探し人はそこにいた。
「何かあったのか?」
「……何もないよ、ただ、小狼くんがどうしてるかなって」
「君のお連れさんかい?」
「ああ、一緒に旅をしている」
「そうか…大事にな」
お爺さんは眩しいものを見るようにこちらを見てそういった。
小狼はそれに頷いて応えた。
ファイが何かをいう前に小狼はさっさと先を生き店を出てしまった。
ファイも会釈もそこそこに小狼を追いかけた。
「もう、良かったの?」
先に店を出て歩いてしまったかと思ったが、小狼は店先で待っていた。
「ああ、この世界に小狼がいる可能性はないだろう」
「そっか…」
会話は途切れた。
すっかりが日が落ちて電灯の微かな光が辺りを照らしている。
「ねぇ、小狼君」
「なんだ?」
声をかけたものの、ファイは何をいうか決めていなかった。
聞かれたものの言葉が続かないことを不思議に思ったのか、小狼がファイを見た。
「どうかしたか?やっぱり何かあったのか?」
「……小狼君は、1人で旅をしている時もあんな感じで調べ物してたの?」
何を聞くか悩んだ結果、前のことを聞くことにした。もしかしたら、酷な記憶かもしれないと言ってから気づいた。
「あ、答えづらかったらいいんだ、思い出したくないかもしれ、「ああ、そうだ。それしか、方法がなかったから」
それを聞いて失敗したとファイは思った。
ツラいことを聞きたいわけでなかった、彼のことを知りたいと思っただけだ。でも、何を聞こうとも、小狼に関しては難しかった。
「そっか……そう、だよね…。あー、えっと、小狼君は今日何か食べたいものとかある?宿でも食事は出るみたいだけど、好きなものがあれば、俺作るよ?」
そうファイが言うと、小狼は先ほどまでの無表情にも近い淡々とした雰囲気から、眉を下げて困ったという表情になった。
「……強いていうなら、果物だろうか?」
小狼は言葉を選びながらファイの質問に答えた。
ファイはその言葉を聞いて自分が凍りつくのを感じた。
「……あとは、そうだな…小狼は…貴方の料理を美味しいと感じていたから、食べてみたいかな…」
困った表情のままの小狼はそう付け足した。
ファイは自分の言葉選びに大いに後悔していた。
7年、いや、14年という歳月がどれほど彼からあらゆる物を奪ったのか。
「……すまない…子どもの頃はきっと、あったと思うんだが……」
小狼は申し訳なさそうに言葉を続けた。
違う、そんなことを言わせたい訳じゃない。
「……それならさ、探そうよ…みんなで」
「え?」
「小狼君が好きなもの、探そう?先はまだ長いし、色んな国にきっと行くから、小狼君が好きなものきっと見つかるから、だから、探そう…」
失ったものは戻らない。
でも、これからは選べるから。
それなら、一緒に君の好きなものを探して、好きなものが数え切れないくらい出来て、君が笑っていられる未来を作りたい。
「でも、そんな…」
「そんなじゃない!大事なことだよ、君が何が好きで、何が嫌いなのか、一緒にいるなら大事なことだよ」
それでも、小狼は納得してなかった。
「俺、小狼君の誕生日には好きなもの作ってあげたい。だからさ、今のうちから探そう?次の誕生日には沢山、たーくさん好きなもので埋め尽くすから」
14年という歳月、彼自身は己の誕生日を祝いはしなかっただろう。埋め合わせにはならないかもしれないでも、祝いたい気持ちは本当だ。
「…わかった。それなら、貴方の誕生日も、彼の誕生日も同じくらいに祝うことにする」
「……それは、楽しみだね。それじゃ、まずはこの国の果物買って行こうか」
「え…?」
「……俺、本気だからね」
そうして、帰り着く頃には各々で抱え切れないくらいのものを買って帰ったのだった。
モコナははしゃぎ、事情を知った黒鋼は怒るに怒れず、そんなもん適当でいいだろと言ってファイと一悶着するのだった。