七灰ワンドロワンライ45.『寝顔』.
空港中の土産屋を冷やかしに行くと、張り切って待合ロビーを出発した先輩たちを見送ったのは三十分ほど前のこと。あの頃なら半ば強制的に引き連れられていたのにと少し不思議に思ったが、二人だけで話したいことがたくさんあるのだろうと、並んで歩く先輩たちの背中を眺めているとそんなことを思った。
どうやら、七海も同じだったらしい。「私たちもちょっと歩かないか?」と誘われて空港内を散策することになった。けれど、人気のないロビーに辿り着いたところで、滑走路に面したベンチの方へ足が向いていた。
みんながいるロビーでは一つ空けていた席を詰めて、軽く肩が触れ合う距離で座る。少し笑って目配せをしたら、七海は気恥ずかしそうにはにかんだ。
滑走路を眺めながらポツポツと言葉を交わす。七海がここへ来てからもいろいろと話はしていたが、先輩や先生の前ではしていない話も結構あった。
空港なんて一年の時の沖縄以来だね、とか。七海、ずーっと眉間に皺寄ってたね、とか。あの時に夏油さんが取ってくれたホテル、ダブルでびっくりしたね、とか。でも、一泊してからなんかちょっと七海と仲良くなれた気がしたんだ、とか。
七海の口数は相変わらず多くはなかったけれど、視界に入る横顔は穏やかで、こっちが忘れていた些細な出来事を懐かしそうに話すこともあった。
あの頃過ごした日々をなぞるような思い出話。ふたりしか知らない、大切な日々の軌跡。
ふと、会話が途切れた。
あの頃も任務の帰り道の車や電車の中だったり、放課後の休憩所だったり、こうしてふたり並んで座って、ただ静かに過ごすこともよくあった。静寂も心地良いと知れたのは、七海のおかげだ。
大きな窓から入り込む光でベンチの周りはぽかぽかとしている。いつの間にか重なっていた手のひらも随分とぬくもっている。
そのまま、どのくらい時間が経っただろう。
元々触れていた肩に少し重みが掛かってきた。
あの頃と同じ爽やかなシャンプーの香りがほのかに漂ってきたと思えば、規則正しい小さな呼吸音が耳に届く。身体を揺らさないように気をつけて隣を見ると、どうやら七海は眠っているようだった。
俯き加減のせいで長めの前髪が顔の半分ほどを隠してしまっているから、寝顔はよく見えない。ただ、聞こえてくる寝息や手のひらから伝わってくるあたたかさに、きっとあの頃のような、自分しか知らない穏やかな顔をしているのだろうと、少し自惚れたことを思ってしまった。
寄り掛かってくる七海の頭へ、同じように自分の頭をこてん、と預けてみる。さらりとした髪の毛が頬へ触れて、なんだかくすぐったい。ただ、その感触がひどく懐かしく思えて、瞳の奥がじわりと熱くなった。
それを誤魔化すように、瞼を下ろす。
あの夏の日から気の遠くなるような月日が流れた。七海は大人になって、たくさんの人と出会った。
自分たちはもう、別々の時間の中で過ごしている。もう、あの頃に戻ることはない。
それなのに。
またこんな時間が訪れるなんて。また、七海の隣にいられるようになるなんて。
閉じた瞼の隙間から、ほんの少し涙が溢れてくる。けれど、気持ちよさそうに眠る七海を起こしたくはなくて、そのままただ、幸せそうな寝息に耳を澄ませることにした。