七灰ワンドロワンライ50.『未来』.
灰原は、よくこんなことを口にしていた。
「また来年も、一緒に来ようね」
わざと先輩たちからはぐれた夏祭りの会場で、食べ歩きを楽しんだ中華街からの帰り道で、人でごった返すイルミネーションの下で。
それから、どこまでも続いていそうな桜並木の中で。手を繋ぎながら、こっそりと内緒話をするように。
先のことなんて誰にも分からない。呪術師なんてしていたら尚のこと。
けれど、はにかんだ笑みを浮かべる灰原を見ていると、自分も当たり前のように肯定の言葉を返していた。
来年だけじゃなく、再来年もその次も。もっと先の未来も、きみの隣にいたいと。
そんな欲張りな願望すら心に秘めて、繋がった手のひらをぎゅっ、と強く握り返していた。
約束を果たすことなどほとんど出来ず、一人で次の年を迎えることになるなんて。
ひとかけらも、想像しないまま。
先輩たちから離れて、灰原とふたりで大きな電光掲示板の前へやってきた。行き先表示はよく知る都市名から一体どこの地域だと首を傾げる地名まで様々だ。
たった一つの行き先以外なら何度でも行き来ができるらしいと、さっき灰原が教えてくれた。まあ、灰原自身この場所を離れたのは一度きりらしく、本当のところはよく分からないらしいが、そのたった一つをすぐに選ぶ必要はないというのはお互いの共通認識だった。
「あっ」
さてどうしようか。
そう一番上から順に表示された行き先を眺めていると、隣に立つ灰原が小さく声を上げた。
「どうした?」
「あそこに書いてあるのってさ」
灰原が指を差した先へ目をやる。一番下の、ついさっき表示が変わったであろう列。そこに表示されていたのは、あの夏の日の直前、ふたりで花火を見に行った東京の片田舎の名前。来年も行こうねと、約束した場所だった。
少しして表示が切り替わり、片田舎の名前が一段上がって一番下にまた新しい地位が表示される。それも、一度灰原と訪れて、二度目は永遠に訪れなかった場所だ。
「あ、あそこも」
「ああ」
どうやら、これを見ている人間に合わせて表示が変わるらしい。次々と電光掲示板の表示が変わり、あの頃灰原と行ったことのある場所の名前が並んでいく。
休みの日に早起きをして行った有名なテーマパーク。わざわざ弁当を作って登った小高い山。イルカショーで頭から水を被った水族館。任務以外で初めてふたりで外泊した、小さな温泉宿。
二十八年の人生の中で灰原と一緒に過ごした時間は、決して長いとは言えないかもしれない。それでも、灰原と過ごした一年と数ヶ月は残りの時間全てを合わせたものよりも、深く色濃く、心の中に刻まれている。
「なんか、懐かしいね」
「そうだな」
こんなにたくさん約束していたのに、再び訪れることができた場所はごく僅かだ。来年なんて来なかったと、カレンダーをめくる度に空虚な気持ちに苛まれた。
けれど、灰原は待っていてくれた。迎えにきてくれた。こうしてまた、灰原の隣に立つことができた。
こんな未来があるなんて、一体誰が想像できようか。
「灰原」
「なに?」
きみとした約束は、たくさんある。
「まずは、どこへ行こうか」
それをこれから、一つずつ果たしにいきたい。
そんな気持ちを伝えるように、灰原の手のひらをそっと包み込む。
すると、はにかんだ笑みを浮かべた灰原は、いつかの日の自分のように、ぎゅっ、と強く手のひらを握り返してくれた。