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    しんした

    @amz2bk
    主に七灰。
    文字のみです。
    原稿進捗とかただの小ネタ、書き上げられるかわからなさそうなものをあげたりします。

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    しんした

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    生存if七灰。
    夏の太陽の下で生徒たちと汗流してる教員はいばらくんを遠くから眺めるななみ。
    はいばらくんは20代後半でもぱっと見学生に見えたらいいな〜という幻覚を持っています。

     茹だるようなという表現がぴったり当てはまる、夏の日の午後。
     眩しい陽射しの下にいる彼は、まるであの頃と同じように見えた。


     *


     珍しく予定通り終わった任務の報告書を提出し、本日の仕事が無事に終了したのは十五分ほど前のこと。
     さっさと帰って、明日の休みを満喫するための支度に取り掛かっても何の問題はない。しかし、せっかくならその休みを一緒に過ごす相手の顔を一目見ておきたいという小さな願望が、駐車場へ向かいかけた脚を戻していた。
     こんなに暑いのだから、きっと教員室にいるだろう。
     そんな単純な予想をたてて教員室を覗いたが、結果はハズレ。夏休みで人気のない教員室に、彼の姿はどこにも見当たらなかった。
    「ああ、灰原先生ならさっき一年生の教室の方へ行かれましたよ」
     キョロと室内を見渡していると、机の影から顔を覗かせた非常勤講師が笑って言葉をかけてくれた。彼との関係が高専内で周知されているとはいえ、ほとんど直接会話をしたことがない相手にまで彼を探しているとすぐに見抜かれたのは少し恥ずかしい。それを顔には出さず、礼を言って教員室をあとにした。
     授業もないというのに一体教室へ何の用があるのだろう。どうせあと数時間もすれば家で会えるのだから別にもういいか。だが、わざわざ教えてもらった手前このまま帰るのもな。
     そんなことを思いながら、じっとりと暑い廊下を進む。
     元々人口密度の少ない高専の敷地内は、夏休みということもあり普段以上に人気が少ない。誰とも出くわすことなく静かな校舎の中を歩いていると、毎日のようにここで過ごしていた時期のことがぼんやりと蘇ってきた。
     二人きりの学年。この廊下も、一人よりも彼と二人で歩いた回数の方が多かったように思う。横を向くといつも彼がいて、視線に気づくとにこりと笑みを浮かべてくれる。なんでもない話をしながら教室へ向かい、同じように寮へ戻る。
     懐かしい青春の日々。だが、甘酸っぱい思い出だけあるわけではないことを思い出し、胸の奥が少し締め付けられた。
     彼が受け持っている一年生の教室は扉が開け放たれていた。中を覗くと三つしかない机の上には開きっぱなしの教科書とやりかけのプリントがあった。しかし、持ち主である生徒たちも肝心の探し人の姿も見当たらなかった。
     今度は生徒たちと一緒にどこへ行ったのだろう。
     思わず小さなため息が漏れたが、あの頃の彼も目を離すと隣から居なくなっていることが多かったと、遠い日の記憶が蘇ってきた。憧れの一つ上の先輩、何かと気にかけていた一つ下の後輩、教え方が上手い教師、ウマがあう補助監督。人が好きだという彼は、気づくとたくさんの人の中にいた。それが彼の美徳であり、強く惹かれた部分の一つでもある。ただ、あの頃は彼の隣に自分以外の誰かがいることによく嫉妬した。彼の隣にいるのは自分だけがいいと、幼い子どものような独占欲を抱いていた。
     しかし、情けなさを感じながらも心のうちを彼へ打ち明けた日。
     ──僕も、同じだからね。
     頬を染めて困ったように眉を寄せた彼は、いつもとは違う小さな声で呟いてからぎゅっと首すじへ顔を埋めてきた。
     お互い密かに膨らませていた気持ちを知り、恥ずかしさを覚え、笑い合った時のことは、どれだけ月日が流れようとも鮮明に思い出せる。そして、自分は彼の特別なのだと実感してからというもの、彼への想いは尽きるところを知らない。こうして彼を探している時間でさえ、彼への気持ちは膨らむばかりなのだ。
     誰もいない教室を出て、外へと続く階段を降りていく。こんなに暑い日でも学生時代は外でよく組手をしていた。座学に飽きやすい彼は実技になると驚異的な集中力を発揮する。正直、彼のスタミナについていけずにへばってしまうことも多かった。
     もしかすると、課題の様子を見に行ったというのに、生徒に乗せられて外へくり出したのかもしれない。そんな予想を立てて、教室から一番近い広場へと向かう。自販機が置いてある休憩所までやって来ると、遠くの方から楽しそうな声が聞こえてきた。
     ひさしの下まで行くと、木陰に座る二人が声援なのか野次なのか分からない声かけをしている姿が見えた。その視線の向こう、眩しい日差しが降り注ぐ広場の真ん中ではジャージ姿の二人が組み合っている。そのうちの一人、艶やかな黒髪の人物は探し求めていた人だった。
     彼と対峙しているのは彼と同じくらいの背丈をした淡い茶髪の学生で、手には大型のナイフのような呪具があった。先端に向けて幅が広がって重みのありそうな形状は、切り裂くというよりも叩きつけて切断するという目的に特化している。もちろん刀身は保護されているが、受けるよりも回避して隙を狙うのが有効だろう。案の定、素手の彼は振り下ろされるエモノをギリギリのところで躱しており、学生は合間を作らないよう積極的に攻めている。しかし、刀身のリーチを上手く活かしきれていないように見えた。
     打ち下ろす動作で威力が強まる刃物は、間合いを詰められすぎると逆に不利になる。特に刺すことに向いていないあの形状なら尚のこと。
     そういえば同じような夏の日、課題に飽きた彼に付き合わされてあんなふうに組み合った記憶がぼんやりと浮かんでくる。三回勝負の景品は高専の売店にある中で一番高いアイス。いつもなら気乗りしないが、数字と化学式ばかり眺めていた反動なのか、組み合っているうちに思っていたよりも彼との勝負を楽しんでいた。
     たしか自分が先勝して、次は彼に取られて。最後は結局どうなっただろうか。
     そんなことを考えていると、彼が一気に間合いを詰めていった。一歩反応が遅れた学生の方は、もう後方の回避が間に合わない。受け身を取ることもできず繰り出された拳をモロに腹で受けた──かと思われたが、彼が寸前のところで威力を緩めたのか、吹っ飛ばされることはなく尻もちをついただけだった。
     ああ、そうだったな。あの時も、最後はあんなふうに間合いを詰めてきた彼に一発食らわされたんだった。
     そんな、遠い日の記憶が頭の中に蘇ってくる。
     ただ、実力が拮抗した者同士の勝負で、彼も今のように寸前で止めるなんて芸当は出来るわけもなかった。あの時はお互い素手の勝負で、呪具を持っていなかったから咄嗟に両手で防御した。しかし、拳の勢いを完全に殺すことは出来ず数メートルほど地面を転がったのだ。
     白いTシャツで汗を拭った彼が、悔しそうに見上げている学生へ手を差し出す。
     あの時の彼も、駆け寄ってきて同じように手を伸ばしてくれた。
     冷めた子どもだったとはいえ、勝負ごとに負けるのはやはり悔しかった。しかし、青空と太陽を背にした彼の笑顔を目にした時、愛おしさの方が心の中を埋め尽くした記憶が今になって思い出され、小さな笑いが込み上げてきた。
     ひと段落ついたのか、木陰にいた二人も彼の元へ集まってくる。なにやら批評でもしているのか、彼は学生それぞれに声をかけている。時折ジェスチャーが混じるのは、彼の昔からの癖だった。
     思ったことを感じたことを一生懸命に伝えようとする部分は彼の魅力の一つで、出会った頃から強く惹きつけられていることはもちろん自覚している。余裕のなかった若かりし日々は、彼の魅力を知っているのは自分だけでありたいと独占欲を抱いたこともあった。しかし今は、たくさんの人の中で笑う彼の姿も愛おしく感じるのだ。
     ジャージ姿で学生の中に混じる彼は、遠目だとあの頃とあまり変わりないように見える。ただ、学生時代よく日焼けしていた腕はTシャツの下に着ているぴったりとした黒いアンダーシャツに覆われていて、首元まで隠されている。時折見える左頬には、大きな傷痕が走っている。
     あの学生たちのように、まだ多くのことを知らなかった日。自分たちに起こったことは今も心と身体に刻まれている。だからこそ、今もこうして彼の笑顔を見られることは、幸せ以外のなにものでもなかった。
     ふと、彼がこちらへ顔を向けた。一応邪魔をしない程度に気配を消していたが、気づかれたことに内心少し驚いてしまう。ただ、大きく手を振る彼を眺めていると、頬は自然と緩んでいくものだった。
     学生たちに何か告げた彼がこちらへ走ってくる。小走りなんてものではなく、結構な速さで。
     もし周りに誰もいなければ、両腕を広げて駆け寄ってきた彼を思いきり抱きとめているところだろう。しかし、まだ遠くの方では好奇心に満ちた表情の学生たちがこちらを窺っているので、ここはぐっと自分を制御した。
    「お疲れさまー!」
    「お疲れ」
    「今日早かったんだね!」
    「ああ、かなりスムーズに終わったから」
     少し息を弾ませている彼が、黒い瞳を上から下までゆっくりと動かしていく。
    「怪我もないみたいだしよかった!」
     少し低い位置にある黒い瞳がふっ、と緩んだ。難しくない任務だったとはいえ、なにがあるか分からない。それは彼が一番身をもって知っている。
    「きみは少し足首を痛めているだろう?」
    「……そんなことないよ?」
    「いや、最後の踏み込みがいつもと違ってた」
     対峙していた学生はもちろんのこと、周りで見ていた学生たちも気づいてはいないだろう。それくらいの些細な変化。本当はこちらへ駆け寄って来ていた時に止めた方がよかったと思うが、満面の笑みの彼につい見惚れてしまったのだ。
    「ん〜、やっぱ建人は誤魔化せないかぁ」
     困ったように笑う彼がTシャツで流れる汗を拭う。痛みは強くないだろうが、テーピングをしておいた方が治りは早いはずだ。
    「医務室へ行こうか」
    「大丈夫だよ、これくらい」
    「駄目だ。きみは昔からそういう所に頓着がなさすぎる」
    「でも、まだ仕事残ってるし」
     しぶる彼の腰へ手を回し、ヒョイと抱き上げる。さっきとは違い少し上にある彼の黒い瞳がいつも以上に丸くなり、それから火照っていた頬がさらに濃く色づいた。
    「ちょっ、あの子たちが見てるって!」
    「大丈夫。もういないよ」
    「いないから大丈夫とかじゃないから!」
     昔は動揺させられるのは自分の方ばかりだったが、歳を重ねるごとに思い切りがよくなったからか、こうして彼を慌てさせることが出来るようになった。
     陽射しが降り注ぐ中でこちらを窺うことを諦めた学生たちの気配は、もう近くにはない。ここから一番近い医務室までは、廊下をつきあたりまで行って左へ曲がるだけ。夏休みであるから医務室に保健医は常駐していないが、彼のポケットに入っている鍵の束を使えば問題なく中に入れるだろう。
    「仕事、何が残ってるんだ?」
     抱き上げたまま歩き出すと、諦めたのか彼は大人しく肩へ手を置いた。
    「夏休み明けの呪術実習のスケジュールでしょ。交流会準備の議題書に宿泊地の選定。今年こっち開催だから。あとはあの子たちの課題の答え合わせかな……」
    「そこそこあるな」
    「そうだよ!」
     抗議で軽く耳を引っ張られたが、別に痛みはないし、むしろ困っている彼が可愛くて口元は緩んでいた。
    「じゃあ、先に帰って雄の好きなもの作っておくよ」
    「やった!」
    「なにが食べたい?」
    「え〜、どうしようかなぁ」
     医務室へ着き処置台代わりの簡易ベッドへ彼を下ろした時には、彼はすっかり機嫌を直していた。
    「今日も暑いしサッパリいってもいいけど、逆にスタミナ系でもいいよね」
    「両方でもいいよ」
    「じゃあ、冷しゃぶとレバニラで!」
     間髪入れずに答えた彼に思わず笑みがこぼれる。学生の頃から夕食のメニューに迷った挙句、両方作るというのはよくある光景だった。
    「わかった」
    「ありがとう建人!」
     棚から湿布とテーピングを拝借して、嬉しそうに笑う彼の足元へしゃがみ込んだ。少し腫れている足首へ湿布を貼って丁寧にテーピングを巻いていく。彼が口を閉じているせいか遠くの方から蝉の声が聞こえるだけで、医務室の中は静かだった。
    「はい。とりあえずこれで大丈夫だと思う」
    「うん。ありがと」
     顔を上げると、彼はむずがゆそうに微笑んでいた。
     彼の膝にそっと手のひらを置いてゆっくり距離を詰めていく。すると、背中を丸めた彼は両手で頬を包み込んでくれた。
    「任務どうだった?」
    「被害が大きくなる前に祓えたから及第点かな」
    「建人も怪我なかったしね」
     触れるだけのキスのあと、彼の隣に腰掛けてポソポソと言葉を交わした。
    「今年の一年生はどうなんだ?」
    「みんな負けん気が強いかな。すぐ外に出てる。あと、三人とも座学が苦手みたい」
    「きみと同じだな」
    「えー、そうだったけ?」
     あの頃も時々教室や休憩所でこんなことをしていたが、卒業してからはそんな機会は無くなった。それに、一緒に住んでいるのだから、わざわざ誰かに見られかねない場所で内緒話なんてしなくていいとも思う。
    しかし、久々に目にした眩しい陽射しの下で笑う彼の姿に、同じように彼の隣で笑っていたあの頃の自分を思い出したのだ。
    「建人、明日休みだったよね?」
    「ああ」
    「僕、明日は昼からでもいいんだ」
     火照りが引いたはずの彼の頬がじんわりと赤くなっていく。もう数え切れないほど彼と夜を共にしているが、こうして彼からお誘いを受けるといつも舞い上がってしまう。
    「じゃあ、早く帰ってきてくれ」
    「うん。残業しないように頑張るね」
    「そうしてもらえると助かる」
     今の言葉は余裕がなさすぎただろうか。
     そんなことが頭をよぎったが、小さく吹き出した彼はあやすような口づけをしてくれた。



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