七海建人誕生祭2023/七灰一度目の誕生日はサプライズだった。
先輩たちにもお願いしたら、「盛大にやろうぜ!」と言った五条さんが見たことないくらい豪華な料理を用意してくれた。ケーキもどこかの高級ホテルに頼んでくれて、華やかな二段重ねのデコレーションケーキの上段全体に『Happy birthday 七海』と大きく書いてあった。
めいっぱい飾りつけをした寮の食堂に入ってきた七海は「やりすぎでしょう……」といつものように眉間を寄せていたが、本当は照れているだけなんだと、いつもより柔らかな横顔を見て嬉しくなった。まあ、パーティーハットと『本日の主役』タスキを渡した時はちょっと嫌がってたけど。
二度目の誕生日は後輩も巻き込んだパーティーをした。けれど、後日二人だけでもう一度お祝いをした。
初めての恋人の、初めての誕生日。
せっかくだからと、少し背伸びして予約したレストランでディナーを食べて、デザートは誕生日仕様にしてもらった。オシャレなお皿に乗る二人用の小さなホールケーキと、チョコレートソースで描かれた『Happy birthday けんと』の文字。
「建人、誕生日おめでとう」
下の名前で呼んだのはその時が初めてで、七海は驚いた顔をしたけれど、少し間を開けてから「ありがとう、雄」とはにかんで返してくれた。
次の年。
三度目の誕生日は病院でささやかにお祝いをした。任務での負傷から一年近く経っていたがまだ身体は言うことを聞かず、ケーキも病院近くのコンビニへ七海に車椅子を押してもらって買いに行った。当たり前だが、誕生日プレゼントを用意することもできなかった。
しかし、
「プレゼントは雄が退院したら一緒に見に行きたい」
だから、今はこれだけ。
そう囁いた七海は、ろうそくの火が消えた薄暗い部屋の中で、泣きたくなるくらい優しいキスをした。
数ヶ月後。約束通り二人でプレゼントを見に行き、寮の七海の部屋でケーキを食べて、久しぶりに一夜を明かした。
*
自宅近くのこじんまりとした洋菓子店。
看板メニューはふわふわのブッセ。一つから包んでもらえる焼きたてフィナンシェもたまに買って帰る。けれど、誕生日の時はいつも、真っ白な生クリームと真っ赤な苺のコントラストが鮮やかなショートケーキにしていた。
「プレートのお名前はどうされますか?」
にこやかな店員からこの言葉を聞くのは、もう何度目になるだろう。二人で住み始めて二年目に見つけた店だから、五度目だろうか。
初めて七海の誕生日を祝ってから十年以上が経った。お互いアラサーだね、と十代の頃は一度で食べきれていたホールケーキの残りを前に笑いあった二十五の誕生日がつい先日のように感じるが、もう今年で二十代が終わりを迎える。二十歳になった時のような特別感は正直薄い。それでも、また七海と二人で節目を迎えられたことは純粋に嬉しかった。
当日は仕事を定時で切り上げて、スーパーで食材を買い込んでから予約していたケーキを受け取って帰宅した。
七海が帰ってくるまでに、急いで支度を済ませなければならない。
今年は二人とも仕事を休めなかったから、いつもの夕食を少し豪華にするくらい。でも、滅多に使わないランチョンマットを敷いたり、小さな花瓶を置いたり、誕生日らしい雰囲気は用意した。
七海の好物ばかりが並んだ夕食が完成した頃。エプロンのポケットに入れていたスマートフォンが小さく通知音を鳴らした。
『あと十五分くらいで帰るよ』
『りょーかい!ご飯できてるからね!』
待ってる、というスタンプを送ると、クマとウサギがぎゅっとハグをしているスタンプが返ってきた。
七海は普段スタンプを使わないくせに、たまにこういうのを送ってくる。
早く会いたい。抱きしめたい。
そんな甘えたな気持ちをスタンプに込める所は、なかなか可愛いと思う。
いつもはリビングでただいまのハグをするけれど、今日は玄関までお出迎えしてあげることにした。
誕生日だからとビールではなくワインをグラスに注いで、チンと軽い音を立てて乾杯をする。
料理は昔から七海の方が上手で結構こだわりも持っているが、僕のちょっと大雑把な料理もいつも美味しそうに食べてくれる。子どものように膨らんだほっぺたをもぐもぐと動かす七海は、きっと僕しか知らないだろう。
ある程度食卓が綺麗になったところで、食卓の真ん中にケーキの箱を置いた。おもむろに中身を出していくと、七海が小さく笑った。
真っ白な生クリームと真っ赤な苺のデコレーション。
その中央に乗るチョコレートのプレートに書かれた文字。
『Happy birthday けんとくん』
あの洋菓子店を見つけた時からこの文言は変えていない。
『くん』付けにしてもらった経緯は、はっきりと思い出せない。予約した時に店員が聞き間違えたか、それか店の前に黒板の『本日のお誕生日』のところに書かれた○○くんや○○ちゃんの文字が可愛らしく見えたからか。ただ、このプレートを見た七海の気恥ずかしそうな微笑みがたまらなく愛おしくて、ずっと同じ文言で予約しているのだ。
節目だからと、今年は数字の形をしたろうそくも用意した。
ろうそくに火を灯して、リビングの照明を少し落とす。そういえばもう何年も歌っていなかったなと思い「Happy birthday to you」と手拍子付きで歌ってみると、七海は照れながらもろうそくを一息で吹き消した。
「誕生日おめでとう、建人」
「ありがとう、雄」
薄暗闇の中、はにかんだ七海がそっと距離を詰めてくる。
表面を合わせるだけの優しい口付け。唇はすぐに離れたけれど、物足りなかったのか今度は熱を交換するようなキスが訪れた。
そうして、生クリームより甘ったるいキスのあと。
心底幸せそうに目尻を下げる七海へ、僕はこう囁いた。
また来年も、こうしてお祝いしようね。