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    しんした

    @amz2bk
    主に七灰。
    文字のみです。
    原稿進捗とかただの小ネタ、書き上げられるかわからなさそうなものをあげたりします。

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    しんした

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    2023/12/3開催の七灰webオンリー『桜の下で待ち合わせ3』の展示作品です。
    1月のインテで発行予定の新刊『午前0時のいただきます』の冒頭1話。
    呪専七灰が夜食を作って食べるだけのほのぼの本です。
    webオンリー終了後も展示している予定ですが、推敲していないので所々変更箇所があるかもしれません。

    七灰webオンリー3展示作品『午前0時のいただきます』冒頭1話夜食というものは、どこか特別感がある。
    真っ暗な台所の明かりを小さく点けて、大きな音を立てないよう、こっそりと冷蔵庫や棚を漁る。何を食べるか、何なら翌朝咎められないか。調理しなくても食べられるものにするか、手をかけて出来立てを食べるのか。
    ほんの少しのスリルと背徳感。それを超えた先に待っている、他の食事とは違う美味しさ。育ち盛りなら、誰しも一度は経験したことがあるに違いない。
    そんな特別な時間を、誰かと共有したならば。
    一体、どんな気持ちになるのだろう。







    呪術高専へ入学して一週間。
    今までの生きてきた世界とは全く違う日常に、七海は随分と疲弊していた。
    曜日が一周してようやく学校生活の流れは掴めてきたと思ったところに舞い込んだ、初めての任務。内容はとあるショッピングモール内での蠅頭の祓除。四級以下の蠅頭であれば、入学して間もない一年に振るには丁度良かったのだろう。
    任務開始は午後九時。本当は夕方からの予定だったが、やはり閉店時間を早めることはできないと依頼者側がゴネたらしい。呪いが活発になるのは夜とはいえ、義務教育が終了したばかりの学生を遅い時間まで働かせるなんて。
    任務が終了したのは午後十一時前。補助監督が運転する車が高専に着いたのは午前〇時を回る直前だった。
    自室へ戻った七海は早々にシャワーを浴びた。熱い湯を頭から浴びたところで、思っていたよりも自分が疲れていたことを自覚する。報告書は明日の夕方まででいいと言われているから、今日はさっさと寝た方がいいだろう。
    しかし、寝巻きを着たところで、ぐう、と腹の虫が小さく鳴いた。任務の前、モールのフードコートで夕食代わりのパンとコーヒーを食べてはいたが、流石にそれだけで成長期の胃を朝まで黙らせるなんて無理な話だった。
    個室に作り付けの小さな冷蔵庫に入っているのは、水と牛乳、使いかけのハムに三つパックのヨーグルト、マーマレードの瓶。冷蔵庫の上のカゴには朝食用の食パン。ただし残り一切れ。
    少し迷って、ヨーグルトを一パック食べた。だが、空腹の胃には逆効果だったかもしれないと七海は内心後悔した。スペースはまだある、もっと寄越せと胃が主張してくる。ひとまず明日の朝食のことは置いておいて、トースターで軽く焼いた食パンにマーマレードを塗って食べた。だが、初めての任務で頭も変に昂ぶっているのか、このまま空腹を満たさなければ上手く寝ることも出来なさそうだ。
    仕方なく七海は自室を出て、ある場所へと足を向けた。
    高専の学生寮はとにかく古い。そして、古いだけでなく、他の建物と違って危険な呪物や貴重な文献がないせいか、他の建物よりも設備に金が掛かっていないのだ。
    個室の面積は割と広いくせに浴室にはシャワーしかなく、洗濯機パンもない脱衣所がやたらとスペースを取っている。作り付けの小さな冷蔵庫の上にあるのは、簡易的な流しと狭い作業台のみ。昭和のアパートでももう少し広いのではと思うが、食事に関して昼食と夕食は寮母さんが用意してくれるので、この程度で十分だろうと上は思っているのかもしれない。
    ただ、そのせいか、寮母さんも使う共同の台所は結構立派な作りをしているのだ。
    三口のシステムコンロ、広い作業台と掃除のしやすい流し。炊飯器にオーブンレンジ、トースターに電気ケトル。冷蔵庫も両開きのかなり大きめの物が置いてあり、決まったスペースであれば学生も食材を入れていいことになっている。そして、学生用のスペースに無記名で入っている食材は誰でも自由に使っていい、という暗黙のルールもあるらしい。
    入学してまだ一週間。共同の冷蔵庫に自分の食材はもちろん入っていない。だが、暗黙のルールを使うのはこのタイミングだろうと、七海は一階へ降りていった。



    一階に着くと、非常灯しかついていないはずの廊下の途中に細く明かりが漏れていることに七海は気がついた。明かりの出処は七海の目的地である共同の台所からのようだ。
    誰かいるなら部屋へ戻ろうか。しかし、食べ物を欲する胃は大人しくなる気配はない。ひとまず、誰がいるのかを確認してから考えよう。そう思い、七海は足音と気配を殺して台所の扉へと近付いていった。
    共同の台所の扉は両開きだが古いせいか扉の間の隙間が大きく、明かりはそこから漏れていた。ほんの少しだけ扉を開けてこっそりと覗き込む。すると、流し台の照明しか点いていない部屋の中には、七海と同じジャージ姿の黒髪の人物がいた。
    あれは。
    少し迷った七海は、静かに扉を開けてその人物へと声をかけた。
    「ちょっと」
    「わっ!?」
    コンロの前に立っていた人物がバッと振り返る。真っ直ぐな黒髪、溌溂とした太い眉、ビー玉のようにまん丸な黒い瞳に、感情がよく表れる快活な口元。
    やっぱりか。
    深夜の台所に忍び込んでいた人物。それは、今年のもう一人の新入生で七海のたった一人の同期。
    灰原雄だった。
    「って、なーんだ七海か!」
    零れんばかりに瞳を大きくしていた灰原が、安心したような笑みを浮かべる。それにどんな反応を返していいか分からず、七海は無言のまま立ち尽くした。
    七海は灰原のことが少し苦手だった。
    「はじめまして!僕、新入生の灰原雄!これから二人で頑張ろうね!」
    入学初日。二つしか席が並んでいない教室で先に待っていた灰原が、入ってきた七海に気ついた時に放った、真っ直ぐすぎる言葉とまぶしいくらいの満面の笑顔。自分とはあまりにも違っていて、これから二人でやっていけるのかと、正直不安になった。一週間経った今も、その気持ちは変わっていない。
    七海のそんな気持ちを知るはずもない灰原は、七海の方を向いたままニコニコとしている。
    「もー、びっくりさせないでよー!御厨さんだったらどうしようかと思っちゃった!」
    御厨さんとは寮母さんのことだ。六十代前半くらいの小柄で穏やかな女性だが、一癖も二癖もある呪術師の中でもさらにややこしい十代の子どもを長年相手にしているだけあって、厳しいところは結構厳しいらしい。
    明かりの量から一応見つからないようにと考えてはいたようだが、灰原はリアクションも声もいちいち大きくて、扉は閉めていても廊下まで音が届いてしまいそうだ。とりあえず灰原にこれ以上声を張らせないよう、しっ、と人差し指を立てた七海は灰原の方へと近付いた。
    どうやら灰原はコンロに鍋を掛けていたらしく、鍋の蓋の蒸気穴から白い蒸気が少しずつ昇っている。そして、コンロの傍らに置いてあったある物の名前を七海はボソッと呟いた。
    「ラーメン、ですか」
    「そっ!なんかお腹空いちゃってさぁ」
    今日の任務はもちろん同期である灰原も一緒だった。
    あまり食べ過ぎない方がいいかとパンとコーヒーで夕食を済ませた七海に対して、広いフードコートにキラキラと目を輝かせた灰原は、散々迷った結果大盛りのカツカレーを美味しそうに平らげていた。
    「任務前にあれだけ食べてましたよね」
    「でもあれだけ歩き回ったらお腹空くって」
    確かに大型のショッピングモールの面積は、ヘタすれば東京ドーム何個分と表現されるくらい広いところもある。今日のモールの面積がどのくらいかは知らないが、館内に散らばった呪霊全てを祓う為に移動した距離はなかなかのものだろう。現に七海自身も空腹を満たすためにここへ来たのだ。
    塩らーめん、と力強い毛筆とチャーシューや卵、野菜がトッピングされたラーメンのパッケージを見ているだけで口の中に唾液が溜まっていく。
    「よかったら食べる?」
    「……は?」
    予想外の言葉に七海の反応は少し遅れた。視線を隣へ向けると、灰原はニコッと笑って、七海がいまの今まで凝視していたラーメンの袋を持っている。
    「ラーメン。よかったら七海も一緒に食べない?」
    「いや、私は」
    「でも、七海もお腹空いたからここ来たんでしょ?」
    「それは……まあ、そうなんだが」
    空腹をなんとかしようとここへ来たこと自体は、指摘されても別になんとも思わない。ただ、物欲しそうな顔をしていたと思われたとしたら、そっちの方は恥ずかしくて仕方がない。それに、さして仲良くもない相手から一緒にラーメンを食べようと誘われたことには、単純に戸惑ってしまう。
    「一袋しかないでしょう。それを分けてもらうのは気が引ける」
    「そっかぁ、確かに半分こじゃ少ないよね……あ、そうだ!」
    何かを閃いたのか、灰原は大きな冷蔵庫の一番下の段を開けた。しゃがみ込んで何やらガサガサと中身を漁る灰原の背中を眺めながら、どうしようかと考えを巡らせる。
    「野菜でかさ増しってのはどうかな!?」
    しかし、振り返った灰原はそうよく通る声を放って、しなびた長ネギを手に満面の笑みを向けてきた。
    そんな顔をされたら、断る方が気が引けるじゃないか。結局、キラキラと瞳を輝かせて長ネギを掲げる灰原に、七海は「そうですね」と頷くことしかできなかった。



    少し干からびている人参のかけら、八分の一も残っていない使いかけのキャベツ、袋に一つだけ取り残されていたピーマン。そして、しなびた長ネギ。
    以上が野菜室の隅に転がっていた野菜たちだ。ここに灰原の私物であるもやし一袋が加われば、なかなかのかさ増しになるだろう。
    「とりあえず炒めたらなんとかなるよね!」
    沸騰しかけていた鍋の火を止めた灰原は、そう言って残り野菜を切り始めた。
    しかし、包丁を持つ灰原の手つきは、側から見ていてなかなか不安になるものだった。インスタントのラーメンは作れても、包丁に触り慣れている訳ではないことは一目瞭然。七海自身も実家で台所に立つことはほとんどなかった。それでも、人参のかけらを指先をプルプルと震わせながら押さえている灰原よりも、多少安全に切ることができるだろう。だが、灰原は頑として手伝いをさせてくれなかった。
    「僕が誘ったんだから、七海は待っててよ」
    普段ヘラヘラとしているのに、意外と頑固なところもあるのかと七海は内心驚いた。しかし、ただ座っていても落ち着かない。炒めると言っていたからとりあえずフライパンと菜箸を準備すると、「わー!ありがと!」と大袈裟なくらいお礼を言われて、なんだかくすぐったくなった。
    なんとか切り終えた灰原は、温めたフライパンへ豪快に野菜を投入した。ジュワッ、と熱した油が音を立てる。野菜に水滴が残っていたのかパチパチと少し油が跳ねたが、フライパンの底が見えないくらい大量の野菜が敷き詰められると、跳ねる隙間はもうない。最初は量が多すぎて炒めることに苦労していたが、野菜がしんなりしてくると灰原は鼻歌まじりに菜箸を動かしていた。
    「結構いい感じじゃない?」
    「そうですね」
    「あとはなんか肉でもあったら最高だったんだけどなぁ」
    灰原がぽつりと零した言葉に、自室の冷蔵庫の中身が七海の頭に浮かぶ。一応肉ではあるが、大した量は残っていなかったはず。
    だが、それでも。灰原なら、きっと。
    「……ハムならありますけど」
    「え!?」
    「朝食用のロースハムですが」
    「全然いいじゃん!ていうか使っていいの?」
    「まあ、せっかくなので」
    「やったー!ありがとう、七海!」
    心底嬉しそうな顔をした灰原に「取ってきます」と口早に告げて、七海は台所を後にした。
    ハムくらいでも、灰原ならきっと喜ぶだろうと予想はついた。しかし、どうして自室へ向かう足が少し駆け足になっているのかも、どうして普段より心臓が煩いのかも、その原因は何故か分からなかった。
    台所へ戻ると、炒め物の香ばしい匂いが漂ってきた。急いで取ってきたせいで脈は少し早かったが、それよりも食欲を刺激されて胃の方が暴れ出しそうになる。
    もう野菜は随分と炒まっているようで、隣のコンロではインスタントの麺が鍋の中で茹っていた。炒める時間はあまりないから、ハムは小さめの方がいいだろう。そう思い、ハムを細めの短冊切りにしていく。
    「七海、包丁上手だね!」
    「このくらい誰でもできるでしょう」
    「でも、なんかやり慣れてる感じがした!実は僕、あんまり包丁得意じゃなくてさー」
    「そうだと思いました。危なっかしくて見ているこっちが緊張した」
    「だって誘ったのに手伝ってもらうのもどうかな、って思ったんだよ。でもこんなに上手なら今度は七海に切る係してもらおっかなぁ」
    次があるのか、と単純に驚いた。確かに、同じ屋根の下で生活しているのだから、食事のタイミングが被ることはあるだろう。だが、こうして一緒に料理をするなんて、そうあることではないと思っていた。
    灰原は特に何も気にしていない様子で、七海が切ったハムを軽く炒めて、どこからか見つけてきた顆粒の中華調味料で味付けをしている。なんだか、自分ばかりが振り回されているようで納得がいかない。
    「そんなことしてたら、いつまで経っても上達しないですよ」
    「確かに!じゃあ、七海に教えてもらおっ!」
    「高くついてもいいのなら」
    「えっ!?お金取るの!?」
    それでも、こうして軽口を叩くくらい、灰原と並んでラーメンを作っている状況を楽しんでいる自分もいることに頭の片隅で気がついていた。
    そろそろ麺が茹で上がるというところで、七海は粉末スープを鍋へ入れた。何か、香辛料だろうか。スープの香りが鼻腔をくすぐる。野菜炒めも完成したのか、灰原がコンロの火を止めた。
    「器これでいいですか?」
    「野菜いっぱいだしもうちょっと大きい方がよくない?」
    「ああ、確かに」
    なんでもない共同作業。
    「じゃあ盛ってくねー!」
    「灰原、その盛り方だと溢れる」
    「え!うわやばい!」
    それでも、何故かテンポがいい。
    「お茶出すからコップお願い!」
    「わかった。じゃあ、ついでに胡椒お願いします」
    「りょーかい!」
    食べる支度をしている時、今日の任務のことがふと七海の頭に蘇った。
    任務自体は無事に完遂。しかし、連携なんて程遠く、お互いバラバラに動いていたせいで効率は悪かった。
    だが、仕方がないと思った。これまでずっと一人だった。一人で呪霊と対峙し、一人で祓ってきた。それが日常だったのだ。
    高専に入ったからといって、一人であることはきっと変わらないと、そう思っていた。はずなのに。
    こんなふうにすればよかったのか。声をかけ合って、足りない部分を補い合って。協力し合えばよかったのだ。
    一人でも出来ることはたくさんある。けれど、二人で協力した方がスムーズに行くこともたくさんあって、それだけでなく、二人でしか味わうことの出来ない感情もたくさんあるのだ。
    そんな単純なことに、ラーメンを作りながら気がつくなんて。
    こんもりと野菜が盛られた丼を前にして、向かい合って座る。
    「じゃあ!」
    パンッ、と灰原が音を立てて両手を合わせる。七海は静かに手を合わせた。
    「「いただきます!」」
    まずは麺、と言いたいところだが、野菜炒めの山を無理やり崩すのは得策ではないだろうと思いキャベツを口へ運んだ。一口大より大きいキャベツは火の通りが甘いかったのか、噛むたびにパリパリとサラダを食べているような音が鳴る。灰原が懸命に薄く切ろうとしていたにんじんもまだ少し硬いし、反対にバラバラになった長ネギは所々焦げていて、もやしは柔らかすぎてへにょりとしている。
    お世辞にも上手く炒められているとは言い難い。しかし、徐々に鶏ガラペースのスープと絡み出すと、そんな些細なことは気にならなくなっていた。
    ある程度野菜の山を切り崩したところで、お待ちかねの麺へと狙いを定めた。インスタント特有のちぢれ麺は、業務用のプラスチック製の箸でも滑ることなくよく絡む。野菜炒めで蓋をされていた麺は熱々で、白い湯気を全体から昇らせていだが、息を吹きかけて冷ます隙も惜しくて一気に麺を啜った。油で揚げた麺特有のこってり感が口いっぱいに広がるが、そのジャンクさこそインスタントラーメンの醍醐味だろう。スープ自体はあっさりとした鶏ガラスープだが、麺の油がにじみ出すのか時間が経つにつれて味が濃くなっていくように感じるのは気のせいではないように思う。ふわりと口から鼻へ抜けていく後入れの切りごまの香ばしさは、ちょうどいいアクセントだ。
    熱々の湯気のせいで刺激された鼻を時々ズズッと鳴らす。行儀が悪いと思ったが、空腹に夜食という二つのスパイスが重なったこの状況で箸を止めることなんて無理な話だった。
    半分ほど食べた頃合いに、ふと正面から視線を感じた。顔を上げると、コップを手にした灰原がこちらをじっと見ていた。
    「なんですか……」
    「すごい勢いで食べてたからちょっとびっくりしちゃって」
    そう指摘されて、急激に頬が熱くなっていく。頭の片隅で自覚はしていたが、まさか灰原に気づかれていたなんて。
    「仕方ないでしょう。美味しいんだから」
    「ほんと!よかったぁ!」
    灰原の顔がパァッと輝いた。
    「家族以外に作るの初めてだったから実は結構ドキドキだったんだぁ」
    そう嬉しそうに言った灰原は目尻を下げてにこにことしている。思ったままを言っただけだと言うのに、そこまでの反応を返されるとは想像していなかったから内心驚いた。
    「それに、七海ってラーメンとか食べないと思ってたから余計に嬉しい!」
    「別にラーメンくらい食べます」
    一体どんなイメージを持たれているのだろう。デンマーク人である祖父の容姿を色濃く継いでいるとはいえ、育ったのは一般的な日本の中流家庭。母はデンマークと日本のミックスではあるが日本での生活の方が長く、食卓に並ぶのも主に日本の家庭料理で、インスタントのラーメンも休日昼の定番メニューの一つでもあった。とはいえ。
    「まあ、夜中に食べるのは初めてですけど」
    もちろん夜食自体は初めてではない。ただ、こんな夜更けに家族以外の誰かと台所に立つことや、一緒に食卓を囲むことは初めての経験だ。
    照れ隠しで七海は箸の動きを再開させた。しかし、灰原が続けた言葉に啜った麺を吐き出しかけた。
    「じゃあ、七海の初めては僕が貰っちゃったってことだね!」
    「……その言い方やめてください」
    なんとか麺を飲み込んで、ため息と共に小さく言葉を零す。だが、灰原はキョトンとするだけだ。
    からかわれているのだろうか。いや、この様子だと特に何も考えていないのだろう。
    ペースが乱される。けれど、何故か不快には感じない。それが不思議だった。
    「ねえ七海」
    しばらくして、先に丼を空にした灰原がほんの少し身を乗り出して口を開いた。
    「なんですか」
    「七海のこと、もっと教えてよ」
    また突拍子もないことを。だが、見つめてくる黒い瞳は裏も表もなく、どこまでもただ真っ直ぐだ。
    「どうしてですか」
    「だって僕らこれから二人で頑張っていくんだし、いろいろ知ってた方がきっとうまくいくと思うんだよね!」
    「そういうものですか」
    「そういうものだよ!」
    自分も似たようなことを感じていたが、はっきり言葉にされると少し照れてしまう。だが、恥ずかしげもなく自分の考えを口にできる灰原のことを気になり始めている自分もいるのだ。
    「じゃあ、灰原のことも教えてください」
    パァッ、と音が聞こえてきそうなほど灰原の表情が再び輝いた。今まで他人と深く関わってこなかったこともあり、自分の発言が誰かの表情を変えられることには単純に驚いてしまう。それが快や喜びなら、尚のこと。
    「もちろん!誕生日と血液型は初日に言ったからー……じゃあ、好きな物はお米で嫌いな物はなし!特技は大食いで、趣味っていう趣味はないんだけど、お給料もらったら大盛りのお店行きたいなーって思ってて、あとは、」
    「待ってください。とりあえず先に食べてしまうから」
    「あ、そっか!」
    少し伸びてしまったラーメンを啜り、スープも飲み干した。空になった丼をテーブルに置いた時、灰原が満足そうに笑っていて、自分の頬もつられて緩んでいくのが分かった。
    食べ始めと同じように灰原と一緒に手を合わせ「ごちそうさま」を言った。それから二人で並んで洗い物をした。丼、コップ、片手鍋、フライパン。数はそれほど多くない。しかし、妙に時間がかかってしまった。
    その原因の一つは、楽しそうに話す灰原が度々手を止めたこと。そしてもう一つは、そんな灰原の声をもう少し長く聞いていたくて、七海の手も無意識のうちにゆっくりになっていたからだった。



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    しんした

    PROGRESS3月インテの七灰原稿進捗です。
    生存if30代後半の七灰が古民家で暮らすお話。
    暮らし始めたところまで書けたので、とりあえず暮らすぞーってなった部分までをあげました。
    生きるってどういうことかな、ということを多少真面目に考えて書いたつもりですが上手くまとめられているかは分かりません。七灰はいちゃいちゃしてます。
    推敲まだなのでいろいろとご了承ください。
    続き頑張ります。
    3月七灰原稿進捗②.




    呪術師という職業は一応国家公務員に分類されている。高専生時代から給料が支払われるのはその為で、呪術師のみが加入できる特別共済組合という制度もあり、規定年数納税すれば年金も支給されるし、高専所属であれば所属年数に応じた金額の退職金も支払われる。
    「うーん。まあ、別にお金に困ってるわけじゃないし、退職金のこととかそんな気にしなくてもいいよねぇ」
    デスクトップディスプレイに表示された細かな文字列を追っていた灰原は、椅子の背にもたれて小さく言葉を漏らした。
    真っ黒にも程があるブラックな呪術師という職業も、書類上だけ見ると就業規則や福利厚生など案外きっちりと定まっている。給料も一般的な国家公務員とは比較にならないくらいだ。(もちろん、呪術師の仕事内容を考えると当然のことだと思う)
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