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    しんした

    @amz2bk
    主に七灰。
    文字のみです。
    原稿進捗とかただの小ネタ、書き上げられるかわからなさそうなものをあげたりします。

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    しんした

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    3月インテの七灰原稿進捗です。
    生存if30代後半の七灰が古民家で暮らすお話。
    暮らし始めて1年目を七海視点で回想しているところです。
    書きながら七海が楽しそうでなによりだなぁと思いました。
    ※推敲まだなのでいろいろとご了承ください。

    3月七灰原稿進捗③.





    とはいえ、ゴールデンウィークが明け日差しに夏の気配が混ざりはじめると、呪術師にとって一番忙しい時期が訪れる。つまり、繫忙期である。
    引っ越してから然程日にちが経たないうちに、七海へ舞い込む任務の量は急激に増えていった。
    「今回は少し長くなりそうだ。上手くいけば十日くらいで帰れると思うから、終わったら連絡するよ」
    本格的に夏が訪れると単発の任務ではなく、出張の回数も多くなった。
    「わかった。でも、無理はしないでね」
    灰原に頷き返し、出張用に新しく買った小さめのスーツケースとガーメントバッグを車に積み込んだ。今までは任務が連続しても合間に自宅に寄って洗濯物を出すことができていたからスーツケースまで必要はなかったが、引っ越してからは簡単に帰れる距離ではなくなってしまったのだ。働き方を変えたのは自分自身であるから仕方がない。
    「じゃあ、いってきます」
    「いってらっしゃい。気をつけて」
    門の外まで見送りに来てくれた灰原に運転席から軽く手を振り、アクセルを踏んだ。
    少し走ってから、そういえばいってきますのキスをねだるのを忘れていたと、ふと思い出した。マンションに住んでいた時の見送りは自宅玄関までで長期の出張の時はいつも玄関でキスをしていたが、新しい家に越してきてから日常の些細な勝手の違いがいろいろとあって、まだそれに慣れていないのだ。
    どうせ誰にも見られることはなかっただろうから、運転席からでもねだればよかった。そんなことを考えて、一人でしょんぼりとしてしまった。
    結局、この年の繫忙期も例にも漏れず忙しく、引っ越してから初めての夏は新しい住処でのんびりすることなくいつの間にか過ぎ去っていた。
    ようやく七海の任務が落ち着いたのは、昼間の風にも心地良さを感じられるようになった頃合いだった。
    これから閑散期に向けて任務が全く入らないわけではないが、長期の出張はなく日帰り又は一泊程度で片付けることのできるものがメインとなる。夏の間任務に忙殺されていた反動か、七海は休みの日のほとんどを自宅とその近辺で過ごした。
    七海が一番に取り組んだのは、夏の間満足に手をつけることができなかった家庭菜園だ。広い自宅敷地内の隅には小さな畑がある。定期的に手入れがなされていた家屋とは違いそこは随分と荒れ果てて、畑として使用するにはしっかりと土作りから行わなければならなかった。
    一応任務の移動の合間に家庭菜園の本を熟読してはいたが、実際に素人が一から全てをするのはなかなか骨が折れた。それでも、何かを作り上げる作業というのは料理以外にはほとんど経験したことがなく、最初は雑草だらけで固くボロボロだった畑が自分の手によって栄養タップリでふかふかとした土壌へ変化していく過程は新鮮で楽しかった。
    「ただいまー!」
    「ああ、おかえり」
    繁忙期以外の仕事量を少なくした自分とは違い、秋以降もそれほど忙しさが変わらない灰原は今日も朝からこの地域一帯を車で回っていた。
    「まだやってたんだ」
    もう夕方だよ?と仕事用の軽トラックから降りてきた灰原が呆れた顔をする。確かに、一度昼食をとりに戻った灰原を送り出してからすぐに畑へ出たことを考えるとそれなりに時間は経っているだろう。隣にしゃがみ込んだ灰原が「土ついてる」小さく笑い、持っていたタオルで頬を拭ってくれた。
    「タネ撒いたの?」
    「いや、まだだよ。今日肥料を混ぜたから植えるのは再来週あたりだな」
    「へぇ、そうなんだ。結構大変なんだね。なに植えるんだっけ?」
    「とりあえずホウレン草とカブと春菊かな。一〜二ヶ月で収穫できるらしいから、冬には食べられると思うし。あと、イチゴも植えてみようかなと」
    「イチゴ!いいねぇ!」
    灰原がぱぁ、と顔を輝かせた。なんでも美味しそうに食べる灰原だが、他の野菜と比べると甘酸っぱいイチゴはやはり別格らしい。
    「収穫は春だけどな」
    「いいじゃん。春に楽しみが待ってるのって」
    そう言って、灰原はまだ何も植っていない畑をニコニコと眺めている。その横顔を見つめていると、ここへ来て新しいことを始めて良かったと、少し感慨深くなった。
    「あ、そうだ!中里さんからサツマイモもらったんだった!」
    片付けをして家へ入ろうとした時、灰原が慌てて車の方へ走っていった。夏の間にこの辺りを毎日のように車で回っていた灰原はかなり多くの顔見知りができたようで、行く先々で野菜などのお裾分けを貰っていたらしい。出張から帰ると冷蔵庫の野菜室は満杯で、痛みそうだからと下処理をして冷凍保存されている野菜もあって、マンションで住んでいた時よりも野菜の摂取量は格段に上がったと思う。
    灰原が貰って帰ってきた大小様々な大きさのサツマイモは、それなりに大きなスーパーの袋いっぱいに入っていた。
    「随分とたくさん貰ったんだな」
    「雄くんいっぱい食べるでしょ、って」
    夏の間に一体どれほどご近所と仲良くなったのか、雄くんと呼ばれて息子か孫のように可愛がられているらしい。昔から変わらない灰原の人当たりの良さには、本当に感服するばかりだ。
    「どうやって食べようか」
    「蒸したの食べさせてもらったけど甘くてホクホクで美味しかったよ!天ぷらでもサツマイモご飯でもなんでも美味しいよー、って言ってた!」
    「じゃあ、今日は天ぷらにしようか。茄子とレンコンがあるし、あとは玉ねぎとシイタケと」
    「かき揚げもしようよ!小エビだったら冷凍のやつあったよね?」
    「そうだな。ニンジンと玉ねぎとあとミョウガも入れようか」
    「うん!」
    夕食には早いからと先に交代でお風呂に入ってから、ふたり一緒に台所に立ってひたすら天ぷらを揚げた。今日は大きなダイニングテーブルではなく居間の座卓に料理を並べ、縁側から入る涼しい夜風を浴びながら、頂いたものを美味しくお腹の中に収めた。
    夕食が終わったらふたり一緒に後片付けをして、あとは各々好きに過ごし、日付が越える前にベッドへ入った。
    閑散期に入って任務に追われることが少なくなってからは基本的に早寝早起きのなんとも健康的な生活を送っているが、たまにベッドに入ってから深夜まで盛り上がってしまうこともあるので、お互いまだまだ若いなと思う。
    とはいえ、やはり歳なのか閑散期の任務量を減らしたからなのか、秋が深まるにつれて身体が少し重くなった気がしたので、ランニングの量を増やすことにした。
    そうしているうち秋は過ぎ去り、古民家に冬が訪れた。
    標高の高いこの地域の気候は寒冷地の山岳気候であり、夏は冷涼で過ごしやすいがその分冬の寒さは厳しいものとなる。東京よりも季節風が強くて、実際の気温よりも寒く感じることも多い。真冬となれば日中の気温が氷点下止まりとなることも珍しくないが、地形の関係なのか降雪量は意外と少ないらしい。とはいえ、平野部の鉄筋コンクリート製で気密性ばっちりのマンション暮らしが長かったこともあり、木造平屋の底冷えは想像していた以上のものだった。
    もちろんエアコンは寒冷地用のものを買ったし、石油ファンヒーターも用意した。それでも一番心地よかったのは座卓兼こたつで、ホットカーペットと合わせると本当にこたつ布団がある半径一メートル以内から動きたくなくってしまうことが増え、あえて居間ではなく床暖房のある台所のダイニングテーブルで作業することもあったくらいだ。
    本格的な冬に入ると、灰原の仕事も落ち着いてくる。東京に住んでいた頃は休日が被った時はせっかくだからとどこかへ出掛けることが多かった。だが、ここへ越して来てからは家や敷地内で過ごすことが増え、寒さが厳しくなるとそれは一層顕著となった。
    冬の楽しみは結構多い。
    秋の半ば辺りに植えたホウレン草にカブ、春菊は十二月に入ると収穫できるようになる。初心者向けの家庭菜園の本を参考にタネを植えた場所に不織布を掛けたり、灰原にも手伝ってもらって間引きや追肥を行なった。初めて自分の手で育てた野菜は不揃いで不恰好なものばかりだったが味は抜群で、元々好きだった料理がさらに好きになった。
    東京に住んでいる時から灰原も台所には立っていたが、秋に近所の農家から新米を貰ってからは土鍋で米を炊くことにハマり、炊きあがりの米の硬さや底のお焦げの付き具合を見極めようと真剣な顔をしてコンロの前に佇むことが増えた。他にも、ホームベーカリーで作ったパン生地を使って惣菜パンやお菓子パンを一緒に作ったり、今まで挑戦したことのなかったお菓子作りにも手を出したりもした(ちなみに、サツマイモを使ったパウンドケーキや野菜入りのケークサレをご近所へお裾分けしたら大変喜ばれた)。
    一応ランニングは続けているがそれだけではどうかと思い、玄関を入ってすぐの使っていなかった納戸を少し改造してトレーニングルームを作った。マシンを使うトレーニングなんて学生以来で、灰原と回数や重さを競ったり、比較的暖かい日は庭に出て久々に組み手をして少しあの頃へ戻ったような時間を過ごした。それに、車で一時間も走ればゲレンデへ出れることもあり、ウインタースポーツにも挑戦をした結果、食べているわりに体型はきちんとキープすることができた。
    それから、冬に入って夏や秋とは少し変化したことがあった。
    仕事でこの地域を回っている灰原と違い、自分一人の時はご近所の方から声をかけられることはほとんどなかった。しかし、秋からランニングの量を増やしたからなのか、はたまた手作りお菓子をお裾分けしたからなのか、一人で走っている時や買い物をしている時に「雄くんとこの建人さん」と声をかけられることが増えたのだ。いつしか灰原と同じようによく野菜を貰うようになり、たまに玄関まで上がってお茶をご馳走になった。年末に差し掛かった時にはこの辺りの地主の自宅で開催される餅つきに灰原と一緒に招待され、生まれて初めて杵を持って蒸したての餅米を灰原と交代でついた。出来立ての餅があれほどに伸びることを初めて知ったし、貰った切り餅で作ったけんちん汁風のお雑煮の美味しさにすっかり虜になってしまった。
    他にも、ここへ来るにあたり多くの迷惑をかけた頼れる後輩を近場の温泉へ招待したり、突然やってきた先輩二人組にこの辺りのおすすめスポットを案内させられたりと、夏や秋に比べて賑やかに時間は過ぎていった。
    年が明け、一年で最も寒い時期に入ると、隣接する市町村と比べて降雪量が少ないこの村にも雪の降る日が多くなる。灰原より先に目覚めた朝、雪見障子の向こうに広がる真っ白に染まった庭を腕の中にいる灰原の黒髪越しに眺める時間は、他に例えようがないくらい贅沢なものだと思った。
    白い雪の中に鮮やかな紅梅がポツポツと姿を現すと、里山の長く厳しい冬もそろそろ終わりの気配を見せる。
    山の春の花というのは梅から始まり、桃、桜と標高の低いところから高いところへ咲き上がっていく。昼間の陽射しでぬくもった縁側で貰い物の羊羹やお饅頭を食べながら眺めていると、本当に隠居した気分になった。
    標高の高い場所でも桜の花がぽつぽつ咲き始めると、庭の畑で冬を越したイチゴも新芽を芽吹かせる。そこから小さな白い花が咲いたら、大きくてきれいな実をつけるように人工授粉をさせた。それなりにたくさん苗を植えたこともあり灰原と手分けして作業をしたが、大の男二人が黙々と小さな花の表面を筆で優しく撫でている光景はなんだかシュールだった。それでも、白い花が赤い実をつける過程を見ていると、これは灰原とふたりで育んだ結晶なんだと、少し夢見がちなことを思ってしまった。それから、最初に収穫したイチゴを食卓に並べた時、「なんか食べるのもったいないねぇ」と灰原は皿に盛ったツヤツヤのイチゴを愛おしげに見つめていて、思わず抱き締めそうになってしまった。
    夜風が心地よく感じられる時期になると、縁側の窓を開けて庭に咲くツツジやシロヤマブキを眺めながら晩酌をするのが休日の楽しみになった。いつものビールや日本酒だけでなく、収穫した小ぶりのイチゴで作った果実酒もよく飲んだ。灰原は特別酒に弱いわけではないが、甘いイチゴのお酒はスルスルと飲めてしまうのか、普段よりもふわふわと楽しそうに酔っ払うことが多かった。ふらつく灰原を抱きかかえて寝室に向かうこともしばしばで、そのまま甘いキスをしてことに及ぶ時もしばしばあった。
    終わったあとは、酔いとは違う原因で足元がおぼつかない灰原を再び抱きかかえて浴室へと向かう。マンションの時は寝室から浴室まで距離がなかったが、広いこの家へ越してきてからこうしてよく灰原を抱えて移動することが増えた気がする。それは灰原も自覚しているだろうが、まんざらでもなさそうに首筋へ腕を回してくるので別に構わないのだろう。
    「建人」
    「ん?」
    ふたりで入っても充分な広さの浴槽に浸かっていると、腕の中にいる灰原がこちらへ顔を向けた。短く相槌を打ち続きの言葉を待っていたが、灰原はほんのり染まった目元を綻ばせるだけだった。
    「なんでもない」
    ふふっ、と小さく笑った灰原はまた前を向いて頭をこちらへ預けてきた。濡れた黒髪が頬に触れて、少しくすぐったい。ただ、漂ってくる同じシャンプーの香りや伝わってくる灰原の素肌の感触は心地よくて、たまらなく幸せだと思った。




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    しんした

    PROGRESS3月インテの七灰原稿進捗です。
    生存if30代後半の七灰が古民家で暮らすお話。
    暮らし始めたところまで書けたので、とりあえず暮らすぞーってなった部分までをあげました。
    生きるってどういうことかな、ということを多少真面目に考えて書いたつもりですが上手くまとめられているかは分かりません。七灰はいちゃいちゃしてます。
    推敲まだなのでいろいろとご了承ください。
    続き頑張ります。
    3月七灰原稿進捗②.




    呪術師という職業は一応国家公務員に分類されている。高専生時代から給料が支払われるのはその為で、呪術師のみが加入できる特別共済組合という制度もあり、規定年数納税すれば年金も支給されるし、高専所属であれば所属年数に応じた金額の退職金も支払われる。
    「うーん。まあ、別にお金に困ってるわけじゃないし、退職金のこととかそんな気にしなくてもいいよねぇ」
    デスクトップディスプレイに表示された細かな文字列を追っていた灰原は、椅子の背にもたれて小さく言葉を漏らした。
    真っ黒にも程があるブラックな呪術師という職業も、書類上だけ見ると就業規則や福利厚生など案外きっちりと定まっている。給料も一般的な国家公務員とは比較にならないくらいだ。(もちろん、呪術師の仕事内容を考えると当然のことだと思う)
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