咲く花よりも 01キャプション
⚠︎留文、特殊設定
2024年春、勢いで書いた六万字弱ある小説。
完結していますが、校正のキリがなくて今まで完成に至っていないのです。
とりあえず第一章を晒して自分の尻を叩きます。
花咲病とかいう頭から草生える奇天烈な病が流行っている世界。
もだもだも胸キュンもないまま、犬と猿がくっつくまでをひたすら見守るタイプの文章なのでイライラします。
あと、これは性癖なんでどうしようもないんですが、攻めがストーリー中8割不在です。
(一)朔、そして月が立つ
1
ある朝起きたら、頭上に何かが生じていた。何か得体の知れない植物が七寸ばかり、頭頂部のちょうど真ん中辺りからしゅるりと伸びて穂のようなものをつけている。頭から生えていると言って差し支えない。雑草にも見えるが雑木の枝にも見え、普段から手入れが行き届いているとは言い難い総髪と相俟って、どうにも野性味を増している。何だってこんな草が、と思ったが、原因以前にそもそも生えている場所が常識外れ甚だしい。
薮に潜って鍛錬しているうち、どこかで種子か胞子を拾ってきたものが、いつの間にやら頭皮付近で成長したのか、とも考えた。しかし、昨日までは確かに影も形もなかったのだ。頻繁に洗髪はしているし、手入れにかける手間や時間はともかくとして、極端に不潔にした覚えもなく、その点において、文次郎は精神への果てしない打撃を受けた。
けれど、これは頭皮から生えていると言うより、どうやらもっと奥の方から深く根を張っているようなのだ。
さて、不審なこの状況が近しい者に知れるのは一瞬のことで、これは当たり前と言えば当たり前だが、そもそも起床して一番初めにそれを発見したのが同室の立花仙蔵だった。
二人とも、その日は授業どころではなくなった。
兎にも角にも早朝一番、学園の教師には事情を説明して頭を下げ、原因究明のためにあらゆる活動をする許可を得た。いっそ座学や用意された実習より為になるだろうと判断した学園の英断に感謝である。
ちなみにその際、自分より背の高い教師に真上から引っ張り上げられもしたが、ものすごく痛いと言うこともなく、ぞわりと背筋を抜けるようななんとも名状しがたい感覚があった。
それでも抜いてしまうのはやはり恐ろしく、二人で恐々、穂先をほんの少しだけ切ってみた。覚悟したような痛みはなく、どうやら神経までは通っていないようだった。髪の変質したようなものと思えば良いのだろうか。文次郎の短い髷よりさらに短いくらいで、無理やり髪と一緒に束ねて頭巾を被れば、激しく目立つこともなかった。
そこからは、保健医に相談したり、司書教諭に資料を求めたり、戦忍の経験のある先生方にどこかで症例を見たことがないかと当たってみたり、学園中で可能な限りあらゆる知識を集めて回ったが、やはり原因は判然としなかった。
生き字引と名高い同輩にも、二人はもちろん真っ先に相談していた。医療の知識に精通する同輩にも。ただ、二人とも興味深そうにしげしげと眺めるだけで、たかが十五の忍たまに何か分かるはずもなかった。
学園最大の財産とも言える図書室に籠って古今東西のあらゆる書物を紐解いたり、二つ先の山のさらに向こうの山奥の集落に仙人と呼ばれる人物がいるとの噂を聞いて教えを乞うたり、学園一優秀だと自負する二人は、与えられた丸七日間、文字通り駆けずり回った。
七日後、結果として得たものは、特に何もなかった。
図書室では、はるか昔の殷代、人体に咲く不思議な花の伝承があったことまでは突き止められたものの、実際にはそれを題に詠まれた古詩が一篇見つかっただけで、およそ有益な情報とは言い難かった。同輩の図書室の住人、中在家長次も色々と手を尽くしてくれたが、伝承はおろか、詩人についてもそれ以上の情報を捉まえることはできなかった。元の伝承自体、秦代の焚書で失われたのではないかというのが彼の見解だ。
当世の知の粋を極めた図書室も、無名の文人の抒情詩ひとつを与えたきり、口を噤んでしまった。
はるばる惑い行き着いた山村でも、出逢えたのは仙人と言うより年相応に博識な老人だった。折り悪く村は祭りの準備で慌ただしい様子で、大人たちはよそ者に構う暇はないとばかりに、どこでもすげなくあしらわれた。なんとか無邪気な村の子供に先導されて、ようやく村の奥の奥に住まう老人の元へ辿り着くだけで半日も掛かってしまったのだった。
気が付けば、駆け回った七日の内の丸二日分は、ほぼ収穫のなかったこれに費やしてしまっていた。
ヘトヘトになって戻った二人を見て、医務室の使い、善法寺伊作は気の毒そうに薬湯を差し出した。中身は普通の強壮剤であって頭上のソレにはたぶん役に立たない、と申し訳なさげに言われ、何だかこちらこそ申し訳なくなった。
体育委員会を率いる七松小平太は、学園周辺の警邏も担って、普段から山へ沢へと走り回っている。したがって、あらゆる地形、地質の所々に自生する植物にも自ら詳しいのだが、その小平太をもってしても、頭上の奇妙な住人に名前をつけることはできなかった。二人が出掛けていたここ数日は、切った穂先を懐に忍ばせて、裏々々々山まで何度もマラソンに出掛けてくれていたらしい。初日以降、流石に低学年は置いて行ったようで、委員会唯一の上級生である滝夜叉丸に、二人は胸の内でそっと手を合わせた。
2
六年生のそれぞれが、この同級生のために得意を活かして弱々しいなりに援助の手を伸べる中、七日間、だんまりを貫いた者があった。
食満留三郎、学園一好戦的と名高い男だ。
殊、この奇病の罹患者、潮江文次郎の関わることには過剰なほどに反応するのが常日頃であるだけに、今回の沈黙は奇妙であった。
その留三郎が、七日めの晩にようやく口を開いた。
「最近、町の若い女の間で『花咲病』ってのが噂になっている」
彼の得意は、そう、人心掌握とでも言おうか。一見鋭い眼光の持ち主だが、不思議と老若男女誰とでもすぐに打ち解けて情報をすっぱ抜くのが上手だった。町へ潜入しての調査なら、人当たりの良い伊作と共に学年でも頭一つ分抜きん出ている。
「そんな病気聞いたことないけど」
伊作が首を捻る。
留三郎は心得ているとばかりにひとつ鷹揚に頷いて続けた。
「あくまで噂だ。なんでも、ある条件で閨事すると翌朝髪に綺麗な花が咲くんだと」
はあ? と呆れた声を出したのは仙蔵だったか伊作だったか、またはその両方か。いつも通り袖手で静かに聞いていた長次も、この時ばかりは怪訝な顔をした。
「それはつまり、文次郎がなんか変な条件で女と寝たってことか?」
必要以上にでかい声で、必要以上にあけすけな発言をしたのはもちろん小平太だった。
「待て待て、変な条件って何だ」
「(問題はそこではないと思う)」
「同意の上で、然るべき避妊もしたんだろうね?」
「ついに文次郎にモテ期が来たのか」
「なんだと、そんな素振りはなかったぞ」
「相手はお店の方? 体調に変化があったらすぐ申告するんだよ」
「(だからそういうことではないと思う)」
「どんな女だ? 乳は?」
口々に好き放題発言し始めた四人を前に、当の文次郎はというと、理解が追いつかないのかぽかんと惚けている。七日もの間、何の成果も出せず、本当のところ皆疲れ切っていた。七日経って別に実害もないし、正直なところ切迫感は薄れていた。
「その条件ってのも色んな噂になっていたが、一番面白かったのは――」
留三郎は得意げに、全員を見回して続けた。
「強く好いているが絶対結ばれないような間柄の男に抱かれた朝、その子種を養分に咲くんだと」
子種が養分って、と四人からどっと笑い声が上がる。なんだかんだ言って全員体育会系の十五歳だ。旺盛な欲を持て余す思春期真っ盛りの男子の、それも疲れ切って開き直った夜中の会話である。品がないのはご愛嬌だ。
「なんというか……、前半は中途半端に純情な乙女趣味だけどさ……」
呆れたような半笑いで伊作が唸るのを、半眼を作った仙蔵が引き取った。
「後半、中途半端に旺盛な肉欲の匂いも漏れ出している。なんとも言えん噂だな」
「でも、今までで一番、症状に似つかわしい情報だろ?」
「まあ、確かにね」
「(八百年も前の詩よりは、ずっとだ)」
伊作が肩をすくめ、長次も同意して見せる。しかし、やはりさらなる爆撃を仕掛けたのは小平太だった。
「しかし、養分が子種となると、文次郎は子種を注がれたのか?」
あえて誰も指摘しなかった点を、いともあっさりと突いてくる。
さあ我が意を得たり、ここぞとばかりに留三郎が悪ノリを仕掛けた。
「そうなるよな〜? 文ちゃんは一体どんな男に懸想して、どんなにあっつい一夜を過ごしたんですかね〜?」
半笑いでシナを作り、よよよ、と小平太にしなだれかかってみせる。なにも本気で言っているわけではなかろうが、十分に腹の立つ煽りである。
「咲く花にも色々あるんだぜ〜」
曰く、想いが強ければ力強く、相性が良ければ麗しく、宿縁が深ければ貴きものが咲く、と。
きゃ〜ロマンティック、と留三郎と小平太が抱き合う。仙蔵も伊作もゲラゲラ笑っているし、長次は腹を抱えて床を叩いている。
からかわれて、はっと文次郎が顔を上げた。おや、これは喧嘩になるぞ、と誰もが呆れ半分期待半分身構えた。
「いや待て! これ花だったのか!」
とっくに風呂を済ませて元結を解いたまっすぐな髪に、ぴょこんと立ったなんとも言えない地味な草。薄緑のそれを揺らして、ずっと黙っていた文次郎が叫んだ。ここへきて、これが初めての発言だった。
いやそこじゃないだろう、と今度は長次以外も皆一様に思った。