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    ミヤシロ

    ベイXの短編小説を気まぐれにアップしています。BL要素有なんでも許せる人向けです。

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    ミヤシロ

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    苦艾(くがい)と読みます。ニガヨモギのことですね。
    アニメ71話の後。ランツとミリオンのお話です。※酒が登場するお話です。

    苦艾酒 人生にはアブサンの残酷な苦みが混ざっている。
    「……らしいですよ」
     テーブルを挟んで座るミリオンにランツが怜悧な瞳のまま笑う。日が落ちて久しい時間、二人はとある酒場に身を置いていた。
    「昔の賢夫人が言うところによれば、ね」
     店はXタワーの中心から少し離れた場所に位置し、人が気楽に入れるとは言い難い地下一階で営業している。カウンターはなく、少人数の来客を想定した造りの店だ。マスターと一人の料理人が切り盛りする隠れ家的な店で二人はゆったりと時間を過ごす。席について注文を済ませてすぐの時間、ランツは文庫本をミリオンに構わず読み進めた。
     ランツが唐突に語りだすのはいつものことだった。
    (またウンチクが始まった)
     ミリオンはビールを、ランツはアブサンを注文して。ミリオンは相方の悪癖に眉をひそめたが、ランツは気にもしなかった。
     青年が読み進めるはセヴィニエ夫人の書簡をまとめた本だった。
    『セヴィニェ夫人手紙抄』
     セヴィニエ夫人とは17世紀に生きたフランスの貴族であり、娘に送った書簡がサロンで人気を博したという女性である。その書簡の中で夫人はアブサンに触れている。ニガヨモギをはじめとする薬草を用いたハーブ系リキュールは苦艾の魔酒と称され、多くの文化人に親しまれた。
    「前から興味はあったのですが、試してみたいと思いまして」
     本に影響され、加えこの日の日中の出来事ゆえに、彼はアブサンを所望した。
     龍宮クロムが外道のベイを手中に収め、何処へと去った日の夜である。一人の青年が堕ちるさまを見届けた二人は、主と別れたその足で行きつけの酒場に赴いた。彼等は龍宮クロムの人となりを予め把握していて、深い闇を孕む男が道を踏み外すであろうと読んでいた。予想通りの結果に彼等はほくそ笑み、祝い酒と洒落込んだ。計画通りに事が進むのが愉快でたまらなかった。特にランツは業深い男が修羅となった瞬間に恍惚を覚えたものだった。
     アブサンには人生の残酷な苦味が混じっている。クロムを思い浮かべ、ランツは陶然と目を閉じながら語る。
    「金も名声も捨てて、命さえ代償にして。そこまでしてあの少年を倒さんとする。業の深い人ですよ。
     あの人が取るに足らないと見なすモノは、ブレーダーならば喉から手が出るほど欲しいでしょうに」
     大切なモノを斬り捨て、強さのみを追い求める。道を踏み外してまで進む姿は、かつての高潔な青年からかけ離れていて恐ろしくも面白かった。人は何処まで堕ちるのだろうか、たった一人の少年によりチャンピオンは修羅と化した。再び姿を現したとき、龍宮クロムはどのような姿を衆目に晒すのだろう。今から楽しみで仕方がない。
    「残酷な話ですよ。――ああ、ありがとうございます」
     二人の前にそれぞれの酒が供された。
     ランツの前に置かれたグラスには3分の一あたりまで酒が注がれている。透き通った緑色は酒の色としては珍しく、初めて見るミリオンはおのずと視線を注ぐ。ランツは薄く微笑みながらグラスにアブサンスプーンを乗せ、その上に角砂糖を置いた。アブサンを嗜む際に使用されるスプーンは独特な形状をしていて、鋭利な先端がナイフを連想させる。グラスの傍らには水差しが置かれてる――ランツは角砂糖を溶かすよう、少しずつ水を落としていった。
    「随分とめんどくせえ酒だな」
     薄い笑みをたたえる相方にミリオンはしかめ面をする。彼の目から見てアブサンなる酒は面倒なことこの上なかった。ビールジョッキ片手に自分ならば絶対に頼まない酒を凝視しミリオンの表情はいよいよ厳めしくなる。
    「龍宮クロムにも飲んでほしかった」
     儀式めいた手順を踏む酒を前に、ランツは双眸に熱を込めて言う。スプーンを伝って落ちていく水が、苦艾の酒に触れて少しずつ混じっていった。

    ****
    私は『セヴィニェ夫人手紙抄』を読んだことがありませんが、アブサンについて小説内の記述があるのだそうです。
    アブサンは割って飲むのが前提の酒で、様々な道具を使用します。水を加えると色が変わる不思議なお酒です。
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    ミヤシロ

    DONE82話『七色の決意』後のシエルのお話。
    引きこもっていた頃のシエルはやつれていて、ご飯食べてるのかなと心配になって思いついたお話です。
    決意を新たに シグルと別れ帰宅したシエルは、まずは荒れ果てた部屋を元に戻すことから着手した。
     メダルとトロフィーが床に散乱していた。
     ゾディアックとの戦いで大敗しどん底を味わったあの日、シエルはアマチュア時代の栄光を衝動のまま床に叩きつけた。500勝無敗、アマチュアの王、これらの賞賛は無意味でしかなく、彼はあの日自分が塵芥(ちりあくた)と思えるほどに打ちのめされた。クロム不在の間ペンドラゴンを守ろうという誓いは無残に打ち砕かれた――あの日の自分と決別するため、シエルは夕闇が窓に垂れ込める時間、惨憺(さんたん)たる部屋を凝視し硬い握り拳を作った。
     ひどいザマだ。だが時間さえ掛ければ原状回復は可能だ。幸いトロフィーもメダルも破損は見られず、ただ元の位置に戻せばいいだけだった。ひたひたと忍び寄る闇が苦しく、シエルはしんどい気持ちの中それでも自身のやらかしに向き合う。一つ一つ、昔の誓いを改めて胸に刻むように。彼は自分の歩みの証を、クロムの言葉を思い出しながら手に取った。
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    ミヤシロ

    DONE80話『最遅の者』~81話『オールイン』の石山メインのお話。石山の部屋の描写は私的設定です。あとマルチが新ベイを完成させた日時がはっきり特定できない為、80話の翌日に完成したという設定にしています。
    石山は登場するたびに魅力的なキャラになっていますね…! 今回のお話を書いてみて、彼の歩みがアニメ本編でとても丁寧に描写されていると感じました。
    不変の道 石山は母親に頼んで手に入れたスイーツを、翌日ファランクスの二人と共に味わった。
    「すっげー!」
    「うまそうだな」
     昨日バーンの部屋で拒んだ甘味を、この日石山は仏頂面ながら親しき者にはわかる上機嫌で堪能する。母親に電話したあのとき“一人で三つ食べてしまおうか”と頭をよぎったものの、彼はすぐさま思い直し三人で食することにした。予定の空いていた二人は報せを聞き、喜んで石山の家を訪れた。石山の住まいはとある賃貸物件の一室であり、そこはさっぱりと片付いて私物がさしてない場所だった。
     十年間、無骨な男は簡素だが清潔な部屋で暮らしている。勝手知ったるファランクスの二人は用意されたスイーツに目を輝かせ、石山の淹れた紅茶と共に舌鼓を打った。その後は今後の予定やトレーニング内容を確認し、世間の話題にも触れる。彼等の話にはトーク番組の撮影やスタジオに乱入したカルラ、そして黒服への言及があった。
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    ミヤシロ

    DONE『夢か現か』のシグル視点。シグルは台詞も少なく感情を表情から読み取りにくく、お話を書くのはとても難しかったです。彼女も彼女なりに二人を案じたり、ペンドラゴンを好きでいてくれたりするといいな、って。
    来週のアニメにシグルが登場しますね! 楽しみです。
    バイオレット シエルがクロムの中で大切な存在になっていく。
     彼がクロムにとってどれほど支えになっているのか。心の傷を癒してきたか。私は彼に感謝してもしきれないんだろう、上手く言葉に出来ないけど。
     私は何も出来なかった。見ているだけで、壊れていくクロムを気遣う言葉を持てなかった。
     でも、クロムが昔の自分を取り戻しつつある今、私は。今度こそ、何かあったら彼を支えたいと思う。シエルと共に。
     そしてチームのために戦おう。持てる限りの力を尽くして。

    「オレ達の、イメージ香水…!」
     私がモデルを務めるブランドの会議室で、シエルが上ずった声で言った。
     ペンドラゴンの三人をイメージして香水を作る。期間限定で販売される香水が完成したから、と、私達はこの日企業から呼び出しを受けた。雑誌に載せる写真を撮ってインタビューを受けて。私にはそう珍しくない仕事だけど、シエルにとっては初めてのコラボ企画だった。彼はベイについてのインタビューならたくさん受けてきたけど、香水については初めてだ。彼はそわそわしながらイメージ香水に向き合った。営業社員に勧められて香水を試す彼はおっかなびっくり、とても危なっかしかった。
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    ミヤシロ

    DONEバーンと石山のお話。
    また香水のお話です。先月クロムの匂いがどうのと騒いでいましたので、つい書いてしまいます。実は現在も香水ネタでお話を考えていたり。
    彼の香りは 石山タクミが不死原バーンと会う約束をしたその日、バーンは珍しく遅刻してきた。
    「すまない。待たせてしまったね」
     いつもは早い時間に二人とも待ち合わせ場所に到着しているか、あるいはバーンの方が早いくらいだ。石山は“珍しいな”と意外に思うものの、相手に怒りや苛立ちを覚えはしなかった。バーンはベイバトルの時間には度々遅れていたが、石山との約束の時間を破ったことは今日以外に一度もない。そもそもほんの数分の遅れであってバーンが謝るほどでもないのだ。石山は謝罪をさらりと受け入れ相手が向かいに座るのを見つめる。優美な男性の所作は美しかった。
     二人はバーンがマウンテンラーメンを買収して以来定期的に顔を合わせ、互いの近況を報告し合う間柄となっている。彼等の関係は実に良好で、石山のまとう空気も彼が出せるものの中では穏やかである。彼は引退の窮地を救われたがゆえバーンに少なくない恩義を感じている。たかが数分の遅刻で文句を言う気は毛頭なかった。
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