みつよくんのところまで挨拶に来る初期刀清光くんの話「あのさー。大典太光世さん、だよね」
「そうだが」
わざわざ確認されるほどの新顔ではない。そしてこの加州清光も、わざわざ挨拶に来るような新顔ではない。
ここは本丸のはずれの蔵の裏手の縁台、母屋からはけっこうな距離があるはずだが。本丸が始まったときから主とともにいる打刀が、こんな場所まで足を運ぶ来る理由がわからない。
というこちらの疑問に答えをくれるようすもなく加州清光は続ける。
「加賀の前田家にいたんだったら、お礼しといたほうがいいかもって思ってさ」
「……?」
今になってそんな気を遣われる理由もわからないし、礼をされる理由はますますわからない。
立ちっぱなしもなんだからまぁ座れ、と隣をすすめてやりたいがそんな軽口の叩ける間柄ではない。
もてなしを要求するでもなく加州清光は続ける。
「俺を打った六代目加州清光ってけっこう生活に困ってたんだ、当時は飢饉なんかもあったし。前田家の慈善事業がなかったら、俺も今ごろここにいなかったかもしれない。
つまり、前田家は刀工だけじゃなく刀の加州清光にとっても恩人ってことになるんだよね」
それは前田家のしたことであって、前田家にあった刀の手柄ではない。戦勝祈願や疫病退散ならまだしも、貧民救済では刀の出る幕などない。
とはいえ関係ないとはねつけるのもいかがなものか。逡巡していると加州清光はいきなり小さな弁当箱ほどの包みを突きつけてくる。
「あんた箱入りだから、城下で人気のお菓子なんか知らないよね?
これ、このあいだ主のお供で現世の加賀に行ったときのおみやげ。いっぱい入ってるから、兄弟とか仲のいい刀といっしょに食べて」
ようやく来訪の目的が理解できた。もっともまだ呑み込めたわけではない。
「前田家にいた刀は俺だけじゃないんだが」
加州に劣らず古参の前田藤四郎をはじめ、自分よりも土産物の菓子を喜びそうな前田家ゆかりの刀剣男士はいるはずだが。
加州清光は肩をすくめる。包みを引っ込めるそぶりはない。
「知ってる。でも他の連中は池田屋とかでいっしょの部隊になってもう知り合いだし、わざわざ手土産持ってくのも違う気がするし。あんただけなんだよね、いつもすぐ蔵に引っ込んじゃって挨拶もできてないの」
「それでわざわざ、ということか」
挨拶の必要など感じなかったし、自分のような刀は用が済めばさっさと蔵に戻るべきだと考えていた。それを注視されていたなどと想像したこともなかったし、ましてここまで訪れてくるものがいるなんて夢にも思わなかった。
「そうだよ。別にあんたがいらないってんなら、あいつらと分けるからそれでもいいんだけど」
よそよそしい口ぶりの割に淡々としていた加州の声が急に一段階高くなる。
いいんだけどと告げながら土産を引っ込める気配は微塵もない。足を運んでくれたことへの申し訳なさとともに、なぜだかおかしさがこみ上げる。
「……ふ」
「なに? 俺なんか変なこと言った?」
面を上げて、こちらをのぞき込むけげんな顔とまっすぐに向かい合う。
「いや、ありがたいと思ってな。兄弟といただこう」
差し出した右手に、はなやかな風呂敷で包まれた菓子の箱がちょこんと載せられる。
「そっか。ま、受け取ってくれるんなら無駄足にならなくてよかったかな。じゃあね、そのうち同じ部隊になったらよろしく」
受け取ってしまえば、それで用事は終わったとばかりに加州清光は飛び石を踏んで帰ってゆく。後ろ姿を見送りながら、たまには母屋まで散歩に出るのも悪くないとふと考えた。