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    はちがつ

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    はちがつ

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    転生したフラシュミ③

    人間というのは、必ずしも予定していた通りの行動を取るとは限らない。
    例えば、長らく自分の信念としてきたことに基づかない行動を選択することもあるし、何故そうしたのか自分でも不可解な行動をとったりすることもある。
    人の心の動きというのは自分でも予測がつかない動きをする。それは生きている限り大なり小なり、よくあることだ。
    駅で彼を見送った後、私の足が研究所に向かったのも、予定外のことだった。何故そんな行動をとったのか、自分でもはっきりとした理由など説明できない。ただ行ってみたいと感じてしまった、としか言いようがない。深夜の研究所など、誰もおらず建物内には入れないだろうと分かっているのに、私はそこへと向かった。

    もしかしたら、立地のせいかもしれなかった。
    かの研究所はk市街を一望できるような高台にある。歩くのは好きだ、朝でも夜でも苦にならない。天気が良ければ、朝の光がK市街に光を与えていく素晴らしい景色が見えるだろうーー朝日が現れて周囲を照らしてくのは、私の最も好きな景色だ――が、それでも駅から反対方向に位置し歩けばニ時間近くかかるような場所へ、何故わざわざ夜中に歩いて行くのかは、自分でも説明できなかった。
    寝静まった夜道、星空の下を一人歩く。郊外をしばらく歩くと、樹々が黒々とした大きな影となって私の前に出現する。森林が近い。冷えた夜の森の匂いを力の限り吸い込む。身体中に澄んだ空気が染み渡っていく気がする。自然はいつだって私を心安らかにしてくれるし、夜の冷気はかえって心地がいい。
    とはいえ、自然が多く残るK市であっても、道は全てアスファルトに覆われていた。嘆かわしい事だが、もはや手付かずの自然など、この地球上にはないのだろう。全て人間が切り開いてしまった。
    私は、切り開かれた車道を登って高台の研究所を目指した。

    高台にある研究所は、やはり無人だった。
    この研究所が高台にあるのは、元々は天文観測設備を備えた天文観測所だったからだ。隣町のS市にある総合大学の研究室の一つだった。
    今夜の空は星がよく出ているから、天文観測するのにはもってこいの夜空だろう。私は天文事象はおろか、星座だって詳しくはないが、この美しさについてはよく分かっているつもりだ。
    朝日同様、人間がどうしたって介入出来ない圧倒的美だ。
    こうした美を前にした時、私はこの全身に張り巡らされた神経感覚で、ただその美しさを味わいたい。
    だが無謀にもこの美しさの、理由について解明しようと試みるタイプの人間もいる。例えば私のボス。
    ボスならば、きっとこのため息が出るほど美しい星空を、その謎を解明するために
    飽きることなく一晩中見つめているだろう。

    私は、今は研究所となった建造物を眺めた。
    ここではもう天文観測は行われていない。
    観測所としては設備がかなり古く、さらにはK市の都市化が進んだことによって光害があり、観測機関としての役割をはたせなくなってしまったのだ。
    研究者たちは、大学が新たに建設した最新の設備を備えた観測所に移っていった。
    観測は難しくなったが、ここに残った学者もいた。ポトツキ先生だ。
    彼は一人ここに残り、理論研究に専念した。蓄積されたデータを使った理論研究は、注目を引くような最新の研究ではない。
    しかしポトツキ先生にとって、研究の価値とは明確性なのだ。新規の発見ではなく。
    これまでに得た知見の明確性をさらに追求する為に、数年ここで研究を続けたが、老齢で体調を崩されてしまい、引退を余儀なくされてしまった。
    ポトツキ先生の引退と共に観測所は閉鎖するかと思われたが、彼の後を引き継いだ学者がいた。
    元々ポトツキ先生の研究グループのメンバーだった一人で、今は高名な学者となった方だ。名はフベルト教授。
    フベルト教授は彼の師と同じく研究に専念するタイプの学者だが、彼の助手というのが、若いのに如才ない人物だった。
    閉鎖寸前の観測所を、自由な研究の場として蘇らせたのは、実質この助手の手腕によるところが大きい。
    天文観測で培った技術をさらに発展させ、さらには他分野との自由な共同研究で新たな可能性を見出す、古くなった観測所はそういうプロジェクトのもと、主に環境モニタリングを行う総合研究所として引き継がれることになった。
    このプロジェクトには、いくつかの民間企業が出資している。いわゆる産業連携というものだ。
    微細な変化を正確に捉える技術も広域観測のノウハウも、天文分野に限らず社会貢献に応用すべきだと、フベルト教授の若き助手は主張した。
    この若き助手はポトツキ先生の養子でもあるらしいから、養父が自らの人生を研究に費やしたこの施設を閉鎖してしまうのは忍びなかったのだろう。

    ……まあ、これは全部ボスから聞いた話だ。私は、ポトツキ先生もフベルト教授も彼の助手も面識がない。
    ただ、受け継がれた研究室のセキュリティを、ボスに一任されたというだけだ。
    この研究所とボスの繋がりは私も詳しくは知らないが……フベルト教授とボスが同じ大学の出身だから、繋がりがあるとしたらそこだろうか。

    研究所は、ある程度の改装はされたが昔の老朽化した観測設備を残したままだった。天文観測所特有のドーム型の独特なシルエットが、夜空に浮かび上がる。
    私はその建物を背にして高台から、k市街を見下ろした。都市化したと言っても所詮は地方都市の、元々大きくない都市だ。夜景が楽しめるほどの規模でもない。
    だが、ここから見下ろすと何が光害となり、天文観測の妨げとなったのかは明確だった……K駅だ。
    ここからでもはっきりとわかる。ガラスパネルの内側から眩しい人工の光を発していている。やはり宇宙ステーションみたいだった。建物としてのK駅は好きだが、やはり人工物というものは、思わぬところで弊害をもたらす。

    私はジャケットの内側に手を差し入れ、薄く平たい端末を取り出した。黒い画面をタップすると、この小さな端末もやはりまた人工的な強い鋭い光を発した。いまだこの光は好きじゃない。目に痛い。
    目を慣らすために、私は、何度か瞬きした。最後の瞬きの後、私はゆっくりと目を開けて画面を確認する。画面上にはマップと位置情報を示す赤い光点が示されていた。
    それは、駅で別れた彼を追跡するものだった。

    運命ならまた会える、と彼は言った。
    甘いな、と思わず声が出た。誰もいない場所で、むなしく響いた自分の声。皮肉めいた笑いが口元に広がる。
    こんな笑い方は彼の方が様になってるはずだ。彼は、あれで駆け引きをしたつもりか? 
    全く甘い、甘すぎる。
    彼の突然の抱擁と接触を思い出す。確かにあれは美しく忘れ難い瞬間だった。
    だが私はいかなる時も、自分の目的を忘れない。私が彼に発信機を装着したのはその時だ。
    大胆な行動をとってみても詰めが甘いんだよ君は。その甘さが君らしいと言うべきなんだろうか。運命などと言ってあんな行動をするなら、こちら側に追う必然が生じるということも、受け入れて欲しいものだね。主導権を渡したかのように見えても、優位なのは常に私だし、この優位性を君に譲る気は一切ない。

    彼に装着したのは、最新の発信器だ。
    面白そうなのが出来たから機会があったら使ってみて、とボスから送られてきたものだ。
    この新しく生まれ変わった総合研究所で、試作されたものらしい。
    音声は拾えず、位置情報の確認のみ可能だが、特殊なナノ素材で作られており、とにかく薄くて軽い。加えてこの新素材は、ある一定の時間を過ぎると自己分解する仕組みになっている。つまり、発信器の装着は気付きにくいし、装着した痕跡さえ残らない。
    元々は、保護すべき絶滅危惧の野生動物の生態を研究するために開発されたものだったとか。
    そう、技術というものは使い方次第だ。そして人間というものは大抵、悪事に使用することに頭が働くものだ。全くもって愚かしい。
    この発信機を、私は彼に装着した。もちろん彼の許可は取ってないから、悪事に利用したと言われれば、私は素直にそれを認める。
    別れ間際の抱擁の際、私は彼のジャケットの裾の内側に装着した。タグ偽装型だから彼が気づいたとしても発信器だとはすぐに見分けられないだろう。発信器は自動消滅する。持続時間は十時間だ。
    私は画面上の赤い光点が少しずつ移動していくのを確認した。
    彼の行先は言った通り、L市へと向かっているようだ。この経路だと線路であることは間違いない。ナイトトレインに間に合ったのだろう。彼がL市に向かうと言ったのは、虚言ではなさそうだ。
    発信器の持続時間はあと残り六時間はある。L市に入ってからの彼の行動もある程度は追える。
    データを部下のレヴァンドロフスキ君に送信すると、私は息を吐き出して、夜空を見上げた。
    ーー問題はない。出会ってしまえば、私たちの運命は動き出すのだ……全てはきっとうまくいく。

    私は再びK市街を見下ろした。
    ここで朝日を迎えたならば、きっと素晴らしい眺めを目にすることは間違い無いだろう……大都市に向かった彼も、ナイトトレインの中で、彼もまた朝の光を見るだろうか。
    私は彼と出会ってからのことを思い返していた。
    彼について、記憶しておくべきこと。
    黄金の光がふりそそいだ駅のコンコース。歩く姿に迷いはなかった。彼の信仰心、魅惑的な冷笑と疲れ切った表情。あるいはパプで見た上下する型のいい喉仏。それから……私は、自分の中にとどめておきたい彼の印象を一つ一つ思い出していく。
    何が彼を微笑ませるのだろう、と私は思う。少なくとも朝日ではない。
    夜の冷気に包まれながら、私は朝日をまった。
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