雪山に咲く縁 前編成嶺が逝き、その娘も土に還った頃。
老温と阿絮は人里を離れ、雪山の奥深くへと姿を消し、庵を建てて、静かに肩を寄せ合う暮らしを始めた。
「これで、誰にも煩わされず、お前と私だけの世になる」
老温はそう呟き、阿絮も深く頷いた。
二人の中では、縁のある者はもう誰もいないはずだった。そう、思い込んでいた。
──そして百年。
ある日、庵の前に雪を踏みしめる音がした。
老温は即座に気配を察し、阿絮とともに身構える。
「どなたか…御在宅でございましょうか…」
その声に、老温の目が細くなり、阿絮は無言で庵の戸口に立つ。
老人は名乗った。
「平安…と申します。平安商店の者…祖父の名は…七爺様の部下でございました」
その名を聞いた瞬間、阿絮の顔色が変わった。
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