白骨は自由の縁に成り得るか「天竜人の骨?」
「そう。しかも呪われてるんですって」
補給のために立ち寄った冬島は、非合法な物ばかり扱う大きな市場が有名らしい。ログが貯まるまでの間は自由行動、くれぐれも妙な物は買わないように―――念の為の注意が効いたのか、ペンギンは怪しい露天商に見せられたアイテムに興味は湧いても買いはせずに帰ってきたようだった。
「持ってると不幸になるとか?」
ペンギンを挟んで反対側、シャチがカウンターにジョッキを置いて身を乗り出す。酒も進んでいるので顔が赤い。今日は2人で船に戻ると言っていたので、このまま潰れたらペンギンに持って帰らせよう。
「いや、なんでも不吉な預言をするらしい。骨って言ってもそのまま骨を売ってる訳じゃなくて、小さい箱に入ってて中身は見えないんだ。指の骨が入ってるそうだが、まあ怪しいもんだな」
「指の骨ェ?指がどうやって予言なんかするんだ」
「中から音がするんだよ。コンコンって。箱の中を骨が叩いてるんだと」
「えっペンギン預言聞いたのか!?」
「店主が試させてくれたんだよ」
「へェー、大盤振る舞いじゃん」
「だよな。で、預言って言っても骨が喋るわけじゃなくて、質問に答えてくれるんだ」
「口もないのに?」
「まァ聞けって。中からコンコン叩く音がするって言ったろ?3回叩いたらYES、2回ならNOなんだと」
「なるほ、ど、うわっキャプテンどうした!?」
飲み込み損ねた酒が口から溢れ出て、コートにみるみる染みていく。ペンギンが慌てて拭くものを探しているが、手で制して袖で適当に拭った。
「なんでもねェよ。続けろ」
「いやでもキャプテン、興味あるんですか?なんか引っかかるところでも?」
「少しな。とにかく一度聞いてからだ」
「はァ、じゃあまあ…正直怪しいとは思ったんですけど、試すだけならタダだと思って箱に聞いてみたんですよ。『お前は本当に天竜人か?』って。そしたらコンコンコンって音がして。確かに箱の中から聞こえるんですよね。次に『今夜の飯で悩んでるんだけど、この辺の屋台でいいと思うか?』って聞いたらNO。『じゃあ途中にあったレストラン?』って聞いたらこれもNO。『えー、港にあった酒場とか?』って聞いたらこれはYES。そこで店主が箱を引っ込めちゃって。さすがに怪しかったので買わなかったんですけど、酒場に来てみたらキャプテンがいて。まあ当たりだったのかな〜って」
「それでここに来たのか」
おれは市場に興味が持てずに港をフラフラしていたが、久々の浮上でテンションの上がっているクルー達は市場の近くに滞在するとばかり思っていた。だから市場から離れたこの店でペンギンと鉢合わせたのには多少驚いたのだ。まさか怪しい預言を信じた結果だったとは。
「不吉な預言をするって言われてるのに、素直に質問してんじゃねェよ」
「そ、そうですよねすみません。好奇心に負けちまって」
「いやでも、YESかNOでしか答えられないんでしょ?ペンギンみたいに不吉な答えもクソもない質問すりゃ良いんじゃないですか?」
「酒場でトラブルに巻き込まれりゃ不吉な預言として成立だろ。おれがいるだけで済んでよかったなペンギン」
「うっ、確かに。軽率でした…」
「それで、その店はどこにあった?」
「えっキャプテン興味あるんですか!?」
2人が目を見張る。普段のおれだったら怪しすぎると切って捨てる話題だ。自分でもそう思う。箱の中から音を出すだけならいくらでも方法があるだろう。だが、おれの頭の中には懐かしい恩人の手が―――電伝虫をトントンと叩く、傷だらけの長い指が思い出されていた。
ミニオン島で別れたあと、あの人の死体はどうなったのだろうか。
ポーラータングを手に入れたあとでミニオン島に寄ってあの人の痕跡を探したが、そこには何も残されていなかった。海軍が回収したのだとばかり思っていたが、そうではなかったら。あるいは海軍が回収したとして、どこかに埋葬でもされたのだろうか。だとしたらどこに運ばれたのか。
天竜人の骨なんてそうそう出回る物ではない。マリージョアの外で手に入るとすれば、権力を捨てて地上に降りたという一家の、父親か母親か、あるいは。
「確かめたいことがある。明日その店に案内しろ」
翌日、死ぬほど気まずそうなペンギンを連れて訪れた店はいかにも怪しい風体だった。簡単な骨組みの屋台には屋根代わりに極彩色の布がいくつも垂らされており、所狭しと商品が並ぶ。
「おいばあさん、天竜人の骨ってのはどれだ」
「いらっしゃい。昨日のボウヤだね、友達連れてきたのかい?ちょっと待ちな」
店主が後ろの棚を探している間に、ペンギンが小声で話しかけてきた。
「キャプテ〜ン、おれが言うのも何ですけど、多分偽物だと思いますよ…」
「おれもそう思ってる」
「じゃあなんで」
「ほらボウヤ、これだよ」
店主が差し出してきた箱によってペンギンの話が遮られる。指の骨を入れるだけにしては大きな、アラベスク文様の箱だった。おれの手のひらにも余るだろう。箔付けのためにでかい箱なのか、他の指も入っているのか、骨以外も入っているのか―――あるいは、指自体が大きいのか。
手を伸ばそうとすると、箱は素早く引っ込められた。
「売り物だからね、持っていかれちゃ困る」
「確かにな。だが、本当かどうか怪しいもんだ。確かめないことには買えねェ」
「隣のボウヤが昨日試したよ」
「おれは試しちゃいない。買うか決めるのはおれだ」
店主は嫌そうに俺を睨みつけた。が、覇気も込められていないカタギの睨みなんてそよ風みたいな物だ。軽く睨み返してやると店主は震え上がった。
「分かったよ!試すだけだからね、まだ渡さないよ!質問は2つまでだ!」
店主が突き出してきた箱を観察しつつ、片手を後ろに回して“ROOM”を展開する。こちらをチラチラ見ているペンギンをアイコンタクトで黙らせて“スキャン”を走らせた。箱の中には確かに指の骨が入っている。随分と大きな骨だ。指の根元からあるとはいえ人差し指でこのサイズなら、身長は3メートル近くあるかもしれない。
「夕飯はパンにするべきだと思うか?」
ゆっくりと中の指が動く。箱の底を叩くと、コツコツと音が響いた。指の他にギミックが仕込まれている様子はない。仕組みはまるで分からないが、本当に中の指がひとりでに動いているらしい。
「あんたはおれを知っているか」
ややあって、箱がかすかに動く。“スキャン”のおかげで、指がまるで迷うように箱の中をうろつく様がよく見えた。コツ、コツ、コツ。ゆっくりと音が響く。
「おれは…あんたを知ってる。そうだな」
おれの質問に、ペンギンが唖然とする。
「えっ、キャプテン!?」
「黙ってろ」
指はますます迷っているようだったが、しばらくすると一度関節を畳んでギュッと丸まった。ややあって、ゆっくりと開いた指が箱を叩く。コツ、コツ、コツ。
「私は何も知らないよ!」店主が吠えた。
「私はその箱に何もしてない!中身も指が入ってるってことしか知らない!闇市で買ったのを流してるだけだ!本当だよ!」
「この箱をどこで買った」
「この島の市場だ!」
「店は」
「もう無い!買ったのもいつか覚えてない!店主もずっと前に死んでる!どこから仕入れたかなんて知らないよ!」
店主を強く睨みつけると、肩が大きく跳ねる。涙をダラダラ流しながら、しかし店主は「本当に知らないんだ」と繰り返すばかりだった。
「あの、キャプテン…」
後ろで小さくなっていたペンギンが、おずおずとおれを覗きこんでくる。
「もう少し『優しく』聞いてみますか?船に戻れば得意な奴にも頼めると思いますし」
「いや、いい。これ以上の情報は出てこなさそうだ。それより頼みたいことがある」
「何ですか?」
「電伝虫だ。海軍に繋がる奴を手に入れたい」
「何の用だ」
「あんたも察してるだろ?この符牒を使った時点で」
「…私の家族に関することか」
「そうだ。結論から言うが、あの人の遺骨か死体が細切れにされて出回っている可能性がある」
「なんだと!?どういうことだ、トラ」
「名前を言うな、お互い面倒なことになるだろ。あの人の死体はどうなっている?」
「…公式には葬れなかった。私の家…一緒に暮らしていた家に墓がある」
「それは間違いなく本人の死体か?欠けた部位は無かったか?」
「間違いなく五体満足だった。私が確認したわ!」
「じゃあ今はどうだ?」
「貴様、私に息子の墓を荒らせとでも!?」
「何も荒らせとは言ってない、確認するだけだ」
「詭弁だな」
「事実だけを言うが、俺の手元に天竜人の物だって触れ込みの骨がある。右の人差し指の骨だ。特徴が一致するし、今となっちゃ俺とあの人しか知らないはずのことを『知って』いる」
「…」
「お前はイースト出身だったな。死体を骨になるまで焼いてから埋めるだろう。墓の中に骨があるならそれでこの話は終わりだ。返事もいらねェ。だが足りないパーツがあるなら、あるいは骨が残っていなかったのなら、おれはそれを探すつもりだ」
「仮に無かったとして、海のクズへ私が正直に返答すると思うか?」
「思うさ。ここでおれを無視すれば、少なくとも指の骨が1つ揃わなくなる」
沈黙が落ちる。
長い溜息が聞こえたあと、通信が切れた。
船長室の机の上に置かれた箱からは、カサカサカリカリと忙しなく音がする。まるで外の状況が分かっているかのようだ。市場でおれの質問に答えてからずっとこの調子なので、骨だけになると疲労の概念が無くなるのかもしれない。麦わら屋に会う機会があったら、骨屋に確認してみるのも手だろうか。
「おれの部屋だ。おれ以外には誰もいない。心配することはねェよ」
机に座って声を掛けると、カリカリという音は小さくなった。
「骨のくせにうるせェ人だな。この箱は開けても大丈夫なのか?」
コンコンコン。
おれはゆっくりと箱を開け…ようとしたが、箱には蓋が無かった。繋ぎ目も見つからない。面倒になったので机に立てかけてあった鬼哭を手に取り、天井部分だけを切り落とした。残った壁面に指先を引っ掛けるようにして、中から骨がそろりと出てくる。まるで骨自体が意思を持って生きているようだ。
箱の縁にでも引っ掛かったのか、骨はバランスを崩して机に転がり出てきた。カラカラと軽い音が響く。
「へへ…あんた、骨になってもドジが治ってねえんだな」
骨が威勢よく机を2回叩く。
「あんた、やっぱりコラさんだろ」
センゴクからの回答はすぐに来た。
骨は墓に無かった。いつからからは分からない。墓を建てた時点では間違いなく本人の骨を納めたので、その後ですり替えられたのだろう。元帥になってからは忙しく、墓守もする暇が無かった―――怒りと後悔に満ちた声を適当に流して、おれは通信を切った。
恐らく、センゴクは表立ってコラさんの骨を探すことができないだろう。隠居とは名ばかりの身でそんな暇は作れない。死亡済みの一海兵の死体、それも後ろ暗い立場の人間ともなれば尚更だ。
こういう時、おれは自分の自由を存分に謳歌することができる訳だ。七武海も辞めて久しい今、おれを縛る物は何も無い。もちろんワンピースを手に入れるのを優先してはいるが、その『ついで』に恩人の死体について調べるのも、アタリがついたら探しに行くのも行かないのも、全てはおれの一存で決められる。
とはいえ、おれにも忖度すべき…いや、忖度したい存在はある。
「あんた、字は書けるか?」
コツコツコツ。
「ペンは…持てないか。いや、指先をインク壺にでも漬ける方が早いか?」
机の端にあるインク壺を引き寄せて差し向けると、骨は慌ててずり下がり、勢いで後ろにひっくり返った。ペン先を紐で骨に縛り付けてみたが、バランスが取れないのかヨレヨレの線を描いた挙げ句に転げ回っている。
「ダメそうだな…」
骨も小さく縮こまって、まるで肩を落としているようだった。思わず苦笑してしまう。脳内の隅にボワン!と骨屋が現れて『まあ肩無いんですけどね!』と笑い始めたが、無視しているとスゥー…と消えた。次会った時は最初に一発殴ろう。本人に咎は無い?知るか。俺は自由に生きるんだよ!
「それで?あんた死んだんじゃなかったのか?」
コンコンコン。
「やっぱり死んでるのか」
コンコンコン。
「他の部位はどこ行ったか分かるか?」
コンコン。
「指以外の部分のことは分からないのか」
コンコンコン。
「意識が繋がってねェのか」
コンコンコン。
「センゴクに聞いたが、墓に入った時点では五体満足だったそうだな」
…。
「ああ、分からないなら1回叩いてくれ」
コン。
「死んだあとずっと意識があった訳じゃねェのか」
コンコンコン。
「いつから意識があるか覚えてるか?」
コンコン。
「その時には箱の中だったか?」
コンコンコン。
「なにか…手がかりになりそうなこと覚えてるか。なんでもいい」
骨はしばらく指先を虚空に彷徨わせたが、しばらくして机の隅に積んであった世界地図を指差した。机に広げてやると東の海の端を示し、そこから凪の海を跨いで新世界寄りの箇所まで指で線を引くように動いて止まった。ーーー地図上は何も無い場所だ。
「ここにいたのか?」