こういうのをなんていうんだっけ。
「えーっと、医者の不養生?」
「返す言葉もない……」
酷暑なんて当たり前に聞く時期に、熱中症でぶっ倒れた寂雷へ尋ねる。いつもは血色がいいとは言えない男はぐったりしたまま少し顔が赤かった。
夜勤、熱帯夜、水分補給もままならない忙しさ、レポートやら研究やらエトセトラ。倒れてどうぞって感じの環境だよなと思うけど、まあ言わないであげよう。
氷嚢で太い血管があるあたりを冷やし、水分や塩分だのを補給させる役目を任されている。ボクより、麻天狼の二人に頼めばいいだろうに。少なくとも、医者の不養生とは言わないでくれるはずだ。
「……、飴村くん、手当のやり方、ちゃんと知っているんですね」
「ダイスもゲンタローも、熱中症とかやりやすいタイプだから。覚えたんだよ」
「そうでしたか」
思い返すと、兆候はきっとあったんだろう。忙しいはずなのに何くれとなく連絡してくるこいつだけど、メールが主なのに電話が増えていた。とても疲れたと言いながら電話をかけてきた時は本気で正気を疑ったものだ。早く寝なよと言い聞かせた覚えもある。今もだけど、コイツ本当に寝ないな。
「寂雷は冷えピタとか置いてないの?」
「……救急箱の中に」
「入ってない」
「……切らしてしまいました」
声に覇気がない。突っかかる余地があるんだけどいいや。病人相手の口喧嘩はきっと楽しくない。
「そー。じゃあ濡れタオルで我慢してね」
洗面器もタオルも流石にあるだろう。なかったらどうしよう。寝ぼけて破壊しましたとか言うかな。ちょっと言いそう。
ベッドのそばから離れようとすると、寂雷が目を開けた。
「……どこへ」
「タオルと、洗面器とってくる。水と氷も少し使うからね」
ボクはボクでこういうやり方を一通り覚えた。だいたいはポッセの二人がしてくれたのを見て覚えて、なんだけど。
「……氷嚢で、ちゃんと冷やせています」
「?うん、だからおでこも」
「……もうちょっとあとで」
「……うん?」
何か言いたいことがあるんだろうってのはわかった。なんか、こう、モゴモゴしてるのが伝わるから。でもボク麻天狼の残りの二人の性格傾向じゃないんだ。奉仕精神の塊みたいなのを期待しないでほしい。えーっと、ゲンタローとかこういう時どうしてたっけ。
記憶を手繰り寄せて悩み、とりあえずということでベッドのそばに再び腰を下ろした。
「熱、お昼ご飯食べる前にもう一回測るからね」
「……はい、お願いします」
しおらしい態度に据わりを悪く感じるとか、声が弱々しいとか、まあ色々ある。静かに、おとなしくしてる寂雷を見るのがボクである必要性はよくわからない。喋るでもないし。仕事するわけでもない。
念の為と持っている飴はまだ出番はない。ボクみたいに、コレで体調が回復しない寂雷は休養するしかないだろう。
お昼ご飯、何作ろう。お粥とかうどんが定番メニューなんだよね、病人は。卵って冷蔵庫にあったっけ。ネギとかあればそれはそれで味の変化が出るから助かる。お味噌……醤油……、寂雷は料理できるタイプだから調味料の心配はさほどいらないはずだ。食材だけ心配しよ。スマホでレシピサイトを漁っているとゲンタローからのLINEが入った。
看病お疲れ様です。あなたも水分補給をしてくださいね。そばについていると、病人は安心しますから要求が出てこないならそばにいるのがきっといいでしょう。頑張って。
「うーん?」
何を、頑張る?
料理かな。まあいいや。行動の指針があるのは助かる。
「寂雷、ご飯作るまではここいるから。寝て」
声をかけたら寂雷がほんの少し笑って頷いた。
「……ありがとうございます。少し、寝させてもらいますね」
医者っていうか、赤ちゃんじゃん。安心したみたいな顔をしてやっと寝た寂雷を見つつ、自分の思考に首を捻った。まるでコイツが不安だったみたいに思ってないか、ボク。でっかい子供に尋ねたくとも、寝ちゃったんだよねぇ。
まあいいや。シブヤに戻ったら、何を頑張るのかゲンタローとダイスに聞いてみよう。