「お前は人間だから、あと何十年かしたら死んじゃうよね」
「そうですね。ほら乱数くん、そちらの手も見せてください」
さっき帝国軍だとかいう輩がいっぱい来た。寝床にしている大樹を切ろうとするから追い払って、少し怪我をした。寂雷はそれをわざわざ治療しに来てる。
ボクはドラゴンだから自己治癒できるんだよ、と説明したのはいつだったかな。そんな前じゃないはず。
裂傷の箇所を綺麗にしてくれてる寂雷は、そういうの忘れているのかな。清潔な綿も消毒のアルコールもタダじゃないだろうに。
近くの村でお医者さんしてる寂雷は名医、ってやつらしい。
「ゲンタローとダイスが戻ってきちゃうから早めに終わらせてね」
「治療をしたらちゃんと村に帰りますよ。一二三くんと独歩くんが待っていますから」
人間にほど近い姿に擬態してても、ドラゴンの力は気を抜けば人間を傷つけるし殺しかねない。人間の寂雷は、ボクが戯れ付くつもりだったとしても、爪と牙によって首と胴が泣き別れにだってなるのだ。いやだよ、人間の血って片付けるの大変なんだから。さっきの帝国軍の血の鉄臭さも、あたりに残っている。
鉄の匂い、割と不快なんだ。
ゲンタローとダイスは、ボクが追っ払った帝国軍たちを追いかけている。ダイスはともかくとしてゲンタローは人間に厳しいからな。帝国軍の騎士たちと喧嘩してるかもしれない。お腹空く前に帰ってくるかな。
「ボクの寝床にわざわざ近付いてきていいの?」
「患者さんがここにいますからね。医者がくるのは普通です」
そんなものなのかな。綺麗に包帯を巻かれた手を眺め、道具を片付ける寂雷のそばからふらふらと離れる。寝そべりやすい木の枝まで飛び上がった。
この大樹は心地いい。やっぱり守って良かったと思う。深緑の葉が揺れ、木漏れ日が注ぐ場所は人間に壊されるには惜しいんだもの。
「ドラゴンというより、昼寝好きな猫ですね」
長身の寂雷でも頭が届かない高さの枝の上で見下ろす。地面に立ってると見上げるばかりだから気分もいい。
「猫でも、このサイズだったら猛獣じゃないの?」
「大きい猫もいるんですよ」
寂雷は物知りだから、大きい猫っていうのも知っているらしい。村から一度も出ないまま死んでしまう人間もいて、村の外の世界を知らないままっていうのも珍しくない世界だ。
知っているっていうのは、それだけですごい。
「帝国軍って、お前の村にも来るの」
「どうでしょう、帝都に帰る途中に寄るかもしれません」
「……お前の死体持ってこられても、ボクは困るんだけども」
物騒ですね。寂雷には特に響かないみたいで、うっすら笑っていたりする。寂雷のところの一二三という人と独歩という人は割といい人だと思う。こいつに対して盲目的過ぎることを除けば、だ。この天然気質の医者が、ドラゴンを治療したと難癖つけられて帝国軍に殺されでもしたら絶対ボクのところ来ちゃうよ。
追っ払うだけじゃなくて全滅させてしまえば良かったかな。
「それとも、お前もうここにずっといる?」
「……えぇと」
「ゲンタローとダイスには、ボクから言うから」
「……一二三くんと独歩くんが、心配しますから」
まあ、そう言うよね。
「だよねぇ」
大きく伸びをし、森の端を眺めてみる。今は異常なし。ゲンタローたちもまだ戻らないようだ。
「送ってあげる。独歩たち待ってるんだよね、お料理してるかな?」
「またジャムを持って行ってください。一二三くんも美味しいと言われると喜びます」
隣に降り立って、翼も尻尾も小さく畳んだ。ほとんど人間、って見た目は村にも近寄りやすい。
「厄災って言われるドラゴンにご飯くれる人間も珍しーねー」
「美味しいものは美味しい、ですから」
笑いかけてくる寂雷を見上げ、そうだねと答える。そういうものだと、納得というよりは理解に近い思考なんだと思う。
ゲンタローとダイスも、美味しいものを食べたらきっと気分も落ち着くだろう。帝国軍を殺し尽くす前に、戻っておいでと言ってあげなくちゃ。
「ジャム楽しみだな。パンケーキの焼き方一二三に教えてもらおー」
「今年はマーマレードのジャムが良い出来ですよ」